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十七話


 その後二週間かけ、天空城はゆっくりと北上した。多分徒歩では一ヵ月以上かかる道のりをたったこれだけで踏破できるのだから、やはり天空城は素晴らしい。二週間では混沌とした書状の群れをとりあえず送られてきた時期ごとにまとめるので限界だった。


 そして今日。ダンジョン出立から一カ月半ばかりで、俺はサレオス伯領に帰ってきた。城壁に上り、セレーネと二人で眼下を眺めた。雪しかない。


「相変わらず何もないね。セレーネはうちに来たことあったっけ」


「ない。けど通ったことはある」


「ダンジョンの位置はわかるか?」


「案内して」


 知らないなら先に言えばいいのに。ダンジョンの方へ天空城を誘導すること一時間、雪が少しだけ高くなっている場所を見つけた。あれが入り口だろう。完全に雪で埋まっていて、中がどうなっているかはわからなかった。


 天空城からの荷下ろしは一瞬で終わった。入口前に俺が下りると、火魔法で雪を全部溶かした。濡れた地面が渇いたころ、合図を送る。するとセレーネが転移魔法で送り込んだ。いきなり現れたので、目がおかしくなったかと思った。


 流石に壮観だ。搬入の時は正気を失っていたせいで気づかなかったが、食糧は十トンくらいになる。付け加えて、人を下ろす分使用量も減るということで、被服も少量だが分けて貰った。


「白金貨五十枚、そのうち返す」


「受け取らない」


 独り言のつもりだったのだが、気づけば背後にセレーネが立っていた。さらにその後ろには、二十人ばかりの大荷物を抱えた集団がいる。これが学者連中だろう。いかにも好奇心の強そうな風貌の者ばかりで、俺にもそういった目線が突き刺さる。


 セレーネは俺と彼らの間にいて、取り持つように言った。まず、俺を指さした。


「これ、ジャック=サレオス伯爵。北方辺境の領主」


 この地は北方辺境としか呼ばれてこなかった。サレオス伯領と言うのは俺の封土となって以後についた呼び名である。その呼び方がセレーネは気に入らないらしかった。無意味に複数の呼び名があるのが心底嫌いらしい。

 彼女はちらっと俺に視線を送った。なるほど。


「君たちのことはセレーネから聞いてるよ。何もないところだけど、研究室を用意できるようにする。頼まれたからね」


「ジャークは行政研究家っぽいところがあるし、元々は国で内務長官をやっていた。研究とか、そういうのに予算も出してくれていた。つまり仲間。仲良くしたげて」


 学者たちはおぉ、と安堵したような声を漏らした。なるほど、上が友好的なのは彼らにとって死活問題だろう。アホがパトロンだと訳の分からない介入をしてくるし、学者というのは往々にして横槍を何よりも嫌う。


 ただ、俺には彼らを今すぐには受け入れられない事情がある。学者たちにも聞こえるよう、少し声を張った。


「セレーネ、ちょっと待ってて欲しい。ダンジョンの空室状況を確認してくるから」


 彼女は頷いた。学者たちも気を悪くした様子はない。地上部に彼らを招き入れてから、俺は二階へと降りた。


 ダンジョンの中はぱっと見変わりはない。シアンの部屋も執務室もドアが破られた形跡はないし、血痕もない。それでも真っ先に向かったのはシアンの部屋だった。恐る恐る扉を開けると、ベッドは空だ。心臓が跳ねる音がした。


 ここに居なかったらどうしよう。そう思いつつ、執務室の扉を開けた。

 シアンは眠っていた。怪我一つしていないし、安らかな寝顔だ。でも、なぜ俺のベッドにいるのだろう。彼女の部屋のが壊れているようには見えなかった。


「シアン?」


 肩の辺りを揺すってみる。彼女はすぐに目を覚ましたが、ぼけっとした表情をしていた。


「だれぇ?」


「ジャックだよ」


 彼女は俺を見た。凝視と言っていいくらいに鋭い目をした。次に俺の手を取って、軽くもんでみた。最後に自分の頬を軽く抓った。


「え、もう?」


 一ヵ月半ぶりの再会にも関わらず、シアンは驚くほど平坦な反応をした。


 彼女はそこで完全に目を覚ましたらしい。色々報告しようとしていた彼女を制し、空室状況を確認した。

 シアンは五秒ほど目を泳がせて、はっきりした口調で答えた。


「今使ってるのは三十部屋よ。夫婦で一つって感じ」


「倉庫は?」


「全部完成してる。十部屋ね。一部屋で一トンだと思えばいいわ」


 完成していたのか。恐らく彼女が採掘してくれたのだろう。最悪今から突貫工事をする覚悟をしていたので、嬉しい限りだ。ともあれ、荷物も住居も問題ない。


 訝るシアンに事情を告げて、学者たちを案内してもらう。その間、俺はセレーネに食糧を転移輸送してもらった。ひと段落着いた頃には日が暮れていた。


 仕事が片付くと、セレーネは早々に天空城へ戻った。去り際の彼女に農具などを持ってきて貰うよう頼んだから、多分何とかしてくれるだろう。数か月後にまた食糧を届けに来てくれるらしいので、ありがたい限りである。


 俺は執務室で、シアンから報告を受けていた。


「積もる話の前に仕事を終わらせるわよ」


「うん。で、何かあった?」


「とりあえず危ないことはなかったわよ。で、ジャックがいない間に色々私がやった」


 彼女は俺が不在の間に、大きく分けて三つの政策を実行した。


 一つ目は徴税だ。通常の意味ではなく、ダンジョンに魔力を納めさせた。朝起きたタイミングで三割の納税を義務付けた。幸い、村人の側から反発は起きなかったらしい。どのみち使い道もないからだろう。魔族の平均魔力量は五十だ。シアンの六分の一。故に農民には魔力の使い道など、種火か飲料水しかない。そして水は無限に供給されるので、いよいよこのダンジョンでは魔力要らずになるから、生活に支障はでないだろう。


「で、いくらになった?」


「ちょっと待って。んー……おぉ。出発した時より三万くらい増えてる」


 一カ月半徴税したら四万くらいになるはずだが、やはり納税漏れが多い。同じことにシアンも気づいたようで、微妙な表情を浮かべた。


「強制徴収にしようか。朝八時に居住区にいる人から、現在魔力量の三割を吸い上げる」


「できるの?」


「できる。村人には説明しておいて」


「わかった。ところで、水源っていくらしたのよ。今のD魔力残量は?」


「水源は三万だった。だからまあ、トントンだよ。今の残量は五万だ」


 シアンは少し残念そうな表情を浮かべた。だが、一ヵ月半で投資分を回収したと考えればかなりのものになる。それを伝えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「じゃ、次ね」


 二つ目の政策は、食糧の配給制だ。さすがに元内務官僚だけある。彼女は村人との合意の元で限界まで食糧消費を切り詰めるべく、厳格に配給を行った。おかげで当初の予定は二か月しか持たない予想だったが、二か月半に延長できていたらしい。戻ってきた時の彼女の余裕はそこにある。


「あ、配給って言ってもあれよ。ちゃんと十分な量ではあるからね。ちょっと痩せた人はいるかもだけど」


「それは仕方ないさ」


「それでさ。配給制、今後も継続する?」


 ふむ。なるほど、難しいな。

 継続の意義は大きい。食糧の配給権を握っているのは生殺与奪権を握るのに等しい。統治がやりやすくなるのは間違いないが、それを愉快に思う人間はいないだろう。とはいえ、根本的な問題がある。今日運ばれてきた食糧はあくまでラクトル子爵家がサレオス伯爵家に渡したもので、村人の物ではないという点だ。彼らに今食糧を渡すことは、配給だろうが自由使用だろうが、伯家からの支援となる。これをシアンに伝え、俺は自分の考えを言った。


「食糧支援の間は配給制を維持する。その上で、支援の代償に何か条件を飲ませたいところだね」


「条件?」


「そう。彼らは無税――あぁ、農産物への話ね、魔力じゃなくて。であることに対して慣れている。これを変えようと思う」


「収穫に対して? それとも農地に対して?」


「ここら一帯はすべて、村の周り以外は伯家の土地だ。いやまあ、原理的には村も伯家の物なんだけどね」


「そうね。でも強権的な統治をする気はないんでしょ?」


「うん。だけど、過度に甘くする気もない。彼らに伯家の土地を耕す権利を与える代わりに、収量の一部を貰う。要は小作人だ」


「農奴にする気はないのよね?」


「ないね。ただ、これは予想だから、違ったら言って欲しいんだけど。村を再建したいって人はいないだろう?」


「……そうね。その通り。むしろずっとここに住まわせて、って声が大きい」


 シアンは少し薄く笑った。心なしかその顔は嬉しそうに見える。


「ジャック、少し変わった? 昔みたいよ、今」


「そういう話をする機会があってね」


 一拍置いて、話をまとめにかかる。


「人頭税としてのダンジョンへの魔力納税。疑似的な農奴制による生産物地代――まあ、縛りはしないけど。この二つを軸にする。税率は生産量の何割が良いと思う?」


「二割。それ以上取ると生きていけないわ。ダンジョンに住まわせる恩恵と納税、相殺できるのはこの辺が限界ね」


「じゃあそれで。次にいこうか、シアンのやった最後の政策は何?」


「軍事訓練よ。と言っても、あんまり専門的なことは教えてない。教えられないしね。あくまで兵士として」


 微妙な表情になってしまう。その策は悪くないのだが、同時に著しく危険でもある。諸刃の剣だ。俺の懸念くらいは予想がつくらしく、彼女は薄く笑った。


「ジャックが助けた男がいたでしょ。村で」


「あぁ、あいつか。元気か」


「元気よ。それに伯家に恩を感じているし、忠誠心もあるわ。だから彼を中心にして、うちに忠実そうな人を選抜して鍛えたの。十人くらいね」


 なるほど、文句のつけようがない。唯一問題が起こるとすればシアンの人を見る目が節穴だった場合だが、そんなことはないだろう。

 何より、必要性が高い。春になれば再び賊が現れるかもしれないし、魔物が侵入してくる可能性もある。防衛態勢の構築は急務だ。


「ありがとう、シアン。俺がいない間の領主代行、ご苦労様」


「どういたしまして。そっちこそ、食料調達任務お疲れ様。そっちについても教えてよ」


 お互いに相好を崩した。ここからは私的な会話になる。と言っても話題はあまり変わらないのだが、それは職業病なのだろう。セレーネとの家単位での約定と俺個人の約束を話すと、彼女は呆れていた。


「お人好しね。どっちも」


「仲間だと思った相手に対して極端に甘いんだよ、セレーネは」


「今回はそれに助けられたってわけか。いや、これからもかしら」


「……天空城の物資頼りの状況、早く改善しないとな」


「そうね。あ、そういえば。学者さんたちへの税はどうするの?」


「魔力納税と研究結果の提出で良いだろう。セレーネとの約束もあるし、基本的には自由にやらせるよ」


「何か役に立つ人がいるといいんだけど」


「……そりゃないかなあ、有用な研究をしてる人は保護優先度低いらしいし」


「あぁ、まあ、そうね」


 彼女は遠い目をしていた。二十人いる。一人くらいは何か、何でもいい、農学とか医学とか、薬学とか工学とか、とにかく何かしら使える学問を研究している人はいないだろうか。


 それからは完全に私的な思い出話になった。ブローチも返した。行きは毎晩見ていたが、帰りはほとんど見なかったな。その話をすると、彼女は頬を膨らませた。

 かくして、夜は更けていった。


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