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十五話


 紅茶を飲みながら、優雅なひと時。自分伯爵だったなあ、という気分になる。シアンにも味合わせてあげたいのだが、多分セレーネとの相性は良くないだろう。いや、俺が研究者判定されるくらいだから、案外いけるかもしれない。


 穏やかな午後を過ごしていると、あ、と彼女は呟いた。


「どうしたんだい?」


「代価。人を引き取って」


「……ごめん、ちょっとよくわからないや」


「一から説明する」


 彼女は淡白極まりない口調で、現在のラクトル領について語り出した。


 ラクトル子爵家の領地は天空城だけだ。ただ、運輸面で莫大な利益を上げられるラクトル家は金に困らない。そのため、今までは研究者のパトロンができていたのだが、魔王の死で状況が一変した。


「研究者が研究できなくなった、か」


「お金だけ出せばいい状況じゃなくなった。今必要なのは、安全」


 今や天空城は知的エリートの避難所と化していた。それでもスペースが足りず、今は生きるのが難しい学者――魔法や医学のような実用性の高い学問以外の保護に注力しているらしい。

 しかし、本音を言えば彼らも保護したい。場所がない。ジレンマを抱えていたところで俺が現れて、好機と感じたらしい。


「そういうわけで、引き取って。ご飯は定期的に届けに来る」


「いやしかし、知っての通りサレオス伯領には物理的に何もないし、もちろん金もないよ。俺の全財産は白金貨二百枚しかない」


「ダンジョン持ってるでしょ」


「うん」


「そこに住まわせればいい。初めからそのつもりで言ってる」


「正気か? っていうか、今はダンジョンに村人も住んでるんだよ。オース村の」


「そう。なら一石二鳥だね」


「なんで?」


「研究者だってずっと研究してるわけじゃない。たまには息抜きもする。その時、村人に教育を受けさせられる。教育が大事なのは、ジャークならよくわかってるはず」


 そりゃわかる。これでも内務長官だ。わかるが、わかるがしかし。良いのかそれで。


「あの辺は危険だし、俺は武力もない。最近は呪いの森から魔物が頻繁に出てくるし、引き取るのは構わないけど、安全を保証はできない」


「それは仕方ない。でもジャークは最善を尽くしてくれる。信じてる」


 彼女の眼は澄んでいた。何も疑っていない瞳だった。わかっている。この提案は彼女の言う通り、一石二鳥だ。というか俺には得しかない。人口が増えれば納税魔力も増えるからだ。

 なんで俺がこうも受け入れがたく感じているかと言えば、それは個人的な問題である。


「俺に得しかない。セレーネはそりゃ、研究者を逃がせるけどさ。これじゃおかしい」


「何が?」


「平等じゃないっていうか。いや、はっきり言うよ。気が引けるんだ、すごく。ありがたすぎて」


 セレーネは難しい顔をした。基本的に物事をすっとばし過ぎるし、不合理な相手は大嫌いだが、こういう情を理解できない人ではない。目を閉じて唸り、頷いた。


「それは難題」


「ああ。これは俺個人の問題だ。ジャックが、セレーネに対して感じていることだ」


「なら個人的なことで済む、ジャークに負担のかかることを考える」


「悪いね。俺も何か考える」


 これで村人やシアンに迷惑をかけたくはない。彼女はその気持ちを汲んでくれたらしく、二分ほど首を傾げていた。すると不意に首が真っ直ぐに戻った。


「とりあえず、壁直して。最近攻撃されたから、ちょっと不安」


「え、大丈夫だったの? それ」


「問題はない。最初の一発以降は全部の攻撃を転移させた」


 何気なく言っているが、実はとんでもないことである。

 まあ本人が平気そうだから、大丈夫なのだろう。彼女はそれより俺の方が心配らしい。


「壁修理じゃ足りない?」


「ああ、うん。多分明らかに壊れてるところはなかったし、すぐ直っちゃうだろうな」


「なら何か考えておく。今はとりあえず、そっちをよろしく」


 彼女はピッと親指を突き出した。表情が一切変わっていないのがセレーネのセレーネたる所以である。まあ、俺は言われたことをやるとしよう。

 俺は外壁修理を始めた。


 然程傷ついていたわけではないので、城壁は数時間で治った。そろそろ魔力が心もとないから、館の修理は明日やるとしよう。それにもう暗くなってきた。ただでさえ上空を飛んでいるから、寒さが身に応える。

 セレーネの部屋に戻り、ノックした。


「おーい、俺はどこで寝ればいい?」


「ここ」


「は?」


 扉が開くと、寝間着姿のセレーネがいた。実に子供っぽい、白系のものだ。色気は皆無なのだが、反面可愛らしさが強調されていた。十歳くらいの子供に見えた。


「ここで寝る。空き部屋はない」


「いや、それはまずいって。未婚の貴婦人の部屋で貴族が寝るのはどう考えても結婚する類の状況だよ」


「する?」


 彼女の瞳は潤んでいた。言葉が詰まる。もしかしてそういうことなのか。いや、しかしな。いくらなんでもな。いくらセレーネでもそこはすっ飛ばさないだろう。理性が踏みとどまることを選択した直後、彼女は欠伸をした。やっぱりな。


「寝る」


「あ、うん。おやすみ」


 彼女は部屋のランプを消すと、ベッドにもぐりこんだ。しかしなぜだろう。布団から顔をだして、こっちを見ていた。


「寝ない?」


「いや、寝るけど。寝るけどさ。それはまずいって。ソファとかない?」


「身体を痛める。ジャークは長旅をしてきたんだし、ゆっくり休んでほしい」


「だからセレーネと一緒のベッドで寝よう、と?」


「うん」


「ゆっくり休めないね、それは」


 彼女は無言になった。だが、名残惜しそうに布団の端を握ると、むくっと起き上がった。俺はその肩に手を置いて押しとどめた。


「早まらないで。セレーネがそこで寝るのは確定事項だから」


「ジャークは伯爵、私は子爵。ベッド譲る」


「主人は寝室、客人は客間」


「……転移、最上級改良型」


 え。と言った時には遅かった。俺は気づけば布団の上で横になっていた。

 何が起こったんだかわかるがわからない。わかりたくもなかった。


「抱き枕」


 よし。俺は何も考えない。俺は抱き枕。俺は抱き枕なんだ。抱き着いてくるセレーネの腕の感触なんか、何も感じない! 俺の方が柔らかいくらいだ。だって俺は抱き枕だから!

 俺はわけのわからない妄執に脳を消耗し、気づけば眠りについていた。


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