十二話
二週間後。俺は元魔王国首都にして、現魔王国臨時政府首都、新魔王城に来ていた。城という名前だが、どちらかと言えば宮殿と市街地だ。防御機能は皆無で、戦乱に弱い。城壁建造計画もあったのだが……作る前に人界侵攻を始めてしまい、結局作らなかった。
飛行魔法をフル活用して二週間とは気が滅入る。街道を無視して一直線に飛んだとは思えない。
天空城の移動速度と俺の巡航速度はだいたい同じだ。移動に三週間とすると、猶予はあと一、二週間か。今のところ明確な足取りは掴めていないが、首都近辺に居るのは間違いないらしい。
新魔王城には城壁の代わりに、四方に伸びる街道沿いに衛兵詰め所がある。勝手に入ることもできるが、無駄な諍いを起こすつもりもない。北門周辺に降り、自分のブローチを衛兵に見せた。
衛兵は中身を見て、すぐに問題ないと把握したらしい。しかし、その割に彼は何も言わなかった。よく見ると衛兵の額には汗が滲んでいた。
「伯爵様……失礼ですが、家名をお教えいただけますか」
「サレオス。伯爵ってのでわかると思うけど、北の方ね」
「……ジャック=サレオス伯爵様、ご本人でよろしいですか? 元内務長官の?」
肩書に恨みがあるわけではないが、元、と付けられると少し不愉快だった。
「そうだよ。わかったら早く通してくれ」
自然と語気も強まってしまう。眉間に皺が寄るのを感じた。衛兵は顔を青くしながらも、職務からは逃れられない。
「大変申し訳ありませんが、今しばらくお時間を。伯爵様がお見えになられた際は、上に判断を仰げとの命令が出ているのです」
衛兵の声は震えていた。可哀想に。それにしても”上”とは何処の馬鹿だ。ああ、四大公か。なら仕方あるまい。頷くと、彼は飛び上がるように詰め所へ駆けこんでいった。
遅い。酒場が閉まったらどうしてくれる。時刻は既に十七時を過ぎ、太陽も今さっき暮れてしまった。
できるだけ表には出さないようにしているが、やはり自然と周囲を威圧してしまったらしい。俺は誰もいない個室で怒りを滾らせていた。やっぱりあんな分家に大公なんて過ぎた物だったんだ。もっと真剣に止めておけばよかった。延々唸っていると、扉の開く音がした。
「失礼。サレオス卿を王城にお連れせよ、との御命令を受けております」
いきなり物騒なことを言い出したのは、若い男だった。見覚えはない。
「俺が何かしたか?」
「……これを」
差し出された小さな懐中時計の中には、懐かしい女の子の肖像が描かれていた。なるほど。
「そういうことなら、行こう」
「失礼、名乗れもせずに」
「気にしないさ。近衛騎士団にはそういうこともあるだろう」
彼は目を軽く見開いたが、すぐに顔を伏せ部屋から出て行った。後を追って部屋を出ると、そこにはもう誰もいなかった。
察するに、四大公の差し金で俺が留められているのは間違いない。それを知った魔王政府――臨時政府側が、大公に先んじて接触してきたというわけだ。どうせ大公も臨時政府も“自分を支持してくれ”という話がしたいのだろう。誰がやるものか。俺は田舎に引っ込むのだ。
暴君か我儘貴族の気配を纏い、俺は出口にやってきた。
「伯爵様、どうか」
衛兵が止めようとしてくる。俺は有り余る怒りを口調に籠め、意図的に語気を強めた。
「知るか。四大公か臨時政府か知らないが、そもそも伯爵なら通行許可などいらないはずだ。違うか?」
「しかし――」
「数分なら待ってもいい。でも、流石に待たせ過ぎだ。悪いがこっちも急いでるし、通してもらう」
「用件は! 新魔王城に、一体何の御用が――」
「詮索か? 誰に言われた。お前たちは伯爵の歩く道を妨げるのか?」
衛兵は恐る恐る道を開けた。
すまないな。だが、急いでいるのは事実だ。政治ゲームに付き合っている場合じゃない。向こうから接触してきたなら利用する。今から王宮へ向かい、セレーネの居場所を聞き出す。いくら行政能力が低下したとはいえ、重要拠点の現在地くらい把握しているだろう。
俺は衛兵の脇を通り過ぎ、大通りへ向かった。




