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十一話


 俺は村人とシアンに見送られ、最寄りの街を目指して飛んでいた。


 セレーネが城主を務める天空城は、一キロ四方の陸塊が丸ごと浮かび上がった謎の建造物だ。外周を囲っている城壁があるが、どちらかと言えば城よりも宮殿、館に近い。中央部には小さな塔とも砦ともつかないような物があって、そこがセレーネの居城だ。壁と砦の間には領民が住んでいて、全人口は数百人。


 それではなぜ「城」というのか。答えは簡単で、軍事上物凄い価値を持つからだ。積むだけなら数千人は積める。そして天空城に乗せて移動させれば、雪があろうが山があろうが無視できる。そのため史上多くの人物が狙ってきたが、ラクトル家はその度に城ごと逃げて独立を保ってきた。


 魔王国が全土を制圧してから渋々臣従したくらいなので、まず間違いなく魔王政府を無視して好き勝手動いているだろう。明るい未来を求めて、俺は碧空を睨む。セレーネは今どこにいるのだろうか。


 最寄りの街についた時、俺は目を疑った。城壁の一部が崩れている。門の前に立つ衛兵には覇気がない。紋章入りのブローチを見せ入場許可を得た後、俺は思わず訪ねていた。


「これは、何があった?」


「私のような衛兵の私見でよろしければ」


「頼む」


 衛兵はぽつぽつと語り始めた。どうやら、小競り合いが起きたらしい。近隣の領主が攻め入って、この町の領主が防衛した。確かこの辺りに大規模な領邦はなかったはずなので、街一つ同士、男爵規模での戦いだろう。この街の領主も亡くなったそうで、今は職人組合が臨時で政務を行っているらしい。


「伯爵様は旅の途上で寄られたとのことですが、あまり長居はお勧めできません。どうかくれぐれもお気を付けて」


「忠告、感謝するよ」


 魔界は、一体どうしてしまったんだ。


 通りには乾いた血がへばり付いていた。さすがに死体は片づけたようだが、清掃には手が回っていないらしい。街中を行く人は、みな不安そうにしている。さすがに食うに困ってはいないようだが、スラムに行けばどうなっているかわからない。

 死んだような街を歩き、目についた酒場に入った。他の客はいなかった。

 店主は人の好さそうな男だったが、少し疲れたような顔をしていた。


「とりあえず麦酒を貰えるかな」


「はい。王国銅貨五枚になります」


 五枚? 相場はせいぜい三枚のはずだ。訝りながらも渡すと、店主は困ったような顔をした。


「お客さん、最近来た人?」


「ええ。旅をしているので」


 伯爵という身分は原則隠すことにしていた。妙に畏まられては、集まる情報も集まらないと判断したのだ。今の俺はただの旅人である。


「そうか……最近は酒も飯も高くてね。銅貨五枚でも、この街では普通の値段ですよ」


 嘘をついている気配はなかった。やはり、物価が上がっている。酒は嗜好品に近いとはいえ、この北国では半ば必需品だ。まともな生活が成り立たなくなるのも、時間の問題か。


「話を聞かせて貰ってもいいかな」


「ええ、もちろん。どうせ客も来ませんから」


 店主も暇だったらしく、快く答えてくれた。


 麦酒を飲みながらの会話は弾み、多くの情報が手に入った。

 魔王亡き後、遠征軍は大混乱に陥った。ある者は逃げ、ある者は踏み留まる。指揮系統が滅茶苦茶になって、魔界に戻ってこられたのは全軍の二割にも満たないらしい。


 しかし、混乱したのは軍だけではない。むしろ、政府の方が酷いことになった。

 元々魔王の武力を背景として無理やり統一したのが魔王政府だ。魔王本人も軍団もいないとあらば、崩壊は時間の問題となる。文官の多くは貴族だったため、即座に自分の封土や、あるいは実家に戻って行った。


 残り少ない官僚たちは必死に働いたようだが、混乱の収拾はできなかった。魔王国は事実上瓦解し、諸侯同士が好き勝手に動いている。挙句、魔王の一族――ベリアレ家では内紛が発生。後継者争いはついに武力闘争にまで発展しかけたが、かろうじて踏みとどまる。ベリアレ家では休戦合意が結ばれ、一先ず政府が樹立された。


「で、魔王は誰になったんだ」


「魔王はいないそうです。魔王国臨時政府、だとか」


 ベリアレ家も落ちた物だ。分家の馬鹿は何が何でも自分が魔王になりたいらしい。


「臨時政府の長はですね、たしか魔王の娘とかいう、誰だったかな、えーと」


「エリザベート?」


「そう、その子です」


 無理だ、できるわけがない。詳しくは覚えていないが、あの子はまだ二十にもなっていないはず。実績も権威も経験もない。となると、傀儡だろう。操っているのは――きっと決まっていないのだろうな。


 ベリアレ家は魔界の名門である。元より公爵であったが、統一により本家は魔王に、四つの分家が大公となっている。


 今回の発火元はこの四大公だ。彼らは本家の地位を奪おうと宮廷闘争に励み、本家に協力して諸侯に睨みを利かせることも、政務に励むこともしなかった。むしろ全員で足を引っ張り合った。そうしたら魔王国が完全に崩れてしまったので、大慌てで一先ず休戦した。


「アホだな」


 店主も頷いていた。そんな半端なことをするなら最初から内紛など起こすべきではない。

 現在は一応四大公連合と臨時政府が魔界中央を抑えており、諸侯も一応は従っている。しかし、この街の現状を見ればわかる通り、小競り合いが頻発していた。


 俺は店を後にした。天空城の居所は掴めなかったが、一先ず中央は小康状態のようだ。だったら、セレーネは物資の補給を試みるはず。魔界中央の発展した地域にいるだろう。

 行き先が決まった。あの場所には思い出が多く、思わず懐古の念に駆られてしまう。

 何処までも遠い空の向こうに、魔王国首都が――新魔王城が見えていた。


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