表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/59

第一話


 魔界の辺境も辺境、誰も住んでいない僻地のダンジョンに魔王の訃報が届いたのは、ちょうど彼の死から一か月後のことだった。知らせを持ってきたのは、俺の唯一の部下シアンだった。

 彼女は澄んだ湖水のような髪を逆立てて、机に拳を叩きつけた。


「聞いてるのジャック! 魔王が死んだのよ、魔王が! あの魔王が死んだって! 勇者に負けたって!」


 死んだのか。殺しても死なないと思っていたけど、当然という気もする。

 魔王は武力で魔界を統一した。同じく武力で打倒されたのは、ある意味彼の本望だったかもしれない。

 

「葬儀はいつやるんだい?」


「無茶言わないの。早く動くわよ、攻め込まれたらどうするの」


「そりゃそうだけど、どうせ誰も魔王の死を悼んでないでしょ? 一応知人の死だからさ、葬式くらいには出席したいし」


「誰もそれどころじゃないって! 第一あんたを左遷した奴なんてどうでもいいでしょうが!」


 シアンが苛立ち交じりに机の脚を蹴り飛ばすと、メキッと嫌な音がなった。


「あ」


 仕方あるまい。元々このダンジョンに放置されていた何百年ものの木屑だ。正確に言えば、ダンジョン化する前からあったものだ。シアンを責めるつもりはないのだが、彼女はふるふると顔を赤らめ、目を逸らした。


「何よその目は」


 可愛いものを見る目だよ。罪悪感もあるだろうに、強がっている。それに彼女は、俺が左遷されてなお付いてきてくれた、どうしようもない部下だ。嫌うとか怒るとか、そういう感情とは無縁である。


 彼女はやる気なさげに座り込み、虚空に手を伸ばした。ちらっと目が合うと、俺は彼女の言いたいことを理解した。立ち上がり、彼女の腕を引っ張って立たせてやる。すると猫のように彼女は俺が元座っていた椅子に入り込んだ。してやられたな。

 彼女は肘掛けに腕を付き、頬杖をついた。


「で、本当にどうするわけ。わかってると思うけど、魔王のいない魔王政府なんて遅かれ早かれ瓦解するわよ」


「そうだろうけど、統一の夢は叶ってしまった。誰もその夢を振り切れないだろう。誰かがまた統一するだろうから、そしたらそこに従えばいいんじゃないの」


「それまでに私たちが攻め込まれないって、言える?」


 ふむ。

 ダンジョンとは要するに軍事拠点であり、城である。普通の城との違いは上に伸びるか下に伸びるかだ。つまりどこぞの勢力が拠点にしようと思えば、まず真っ先に狙う場所と言える。それでなくても危険視される可能性は否定できないか。

 遥か田舎の北国だからこそ、過ぎたるものを持っていると危険視されかねない。彼女もそれがわかっているから、こうも頻りに尋ねるのだろう。

 しかし簡単な解決法があった。


「ダンジョン捨てて逃げよっか。俺の実家は魔界の南の方にあってね、田舎だから多分戦争には巻き込まれない」


「そしたら、私は帰るわよ。帰る当てなんてないけど」


「なんでさ」


「だって、職務放棄でしょ? まあ雇い主が滅んだんだから、厳密に言えば違うかもしれないけど。そうしたら、ジャックは私の上司じゃなくなる。何かおかしい?」


 ははあ。俺は思わず舌を巻いてしまった。ここで重要なのは、今まで幾度となく彼女には上司を変える機会があり、そもそも退職する機会も無限にあったことである。帰る当てがないと言っているが、シアンはそういう笑えない冗談はつかない。実家と不仲と聞いた覚えはないから、貧しいのだろう。

 つまるところ、選択肢は二つ。彼女をほっぽり出して一人で実家に帰るか、ここに居座るかだ。

 目を覆った。

 世話の焼ける奴。もっとも本当に世話を焼かれているのは俺かもしれない。壁に寄り掛かって深呼吸をした。


「……わかった、わかったよ。とりあえずそうだなあ、盗賊には負けないくらいのダンジョンにしようか」


 シアンは頬杖をつき、興味なさげにこちらをちらちらと見ていたが、俺の言葉を聞くや否や顔をこちらに向けた。


「ほんとっ!?」


「ほんとほんと。ジャック嘘つかない」


「知ってるわよ、それで左遷されたんだから」


 軽く毒を吐かれ、俺は少しよろめいた。左遷されたことに怒りはないが、別に傷口をえぐられたくはない。

 シアンは白い歯を見せてはにかんだ。少し勝ち気な、それでいて安堵したような不敵な笑顔を浮かべていた。


「それじゃあ、これからもよろしくね。ダンジョンマスターさん」


 俺はその言葉を聞いて、頬の辺りを人差し指で掻いた。

 しまらない。彼女は気づいていなかった。


「そこ、ダンジョンマスターの席なんだけどな」

「え、あっ」


 彼女は狼狽したかと思うと、口元をまごつかせ、飛び上がって部屋から出て行った。


「……ま、これからかな」


 彼女がさっきまで座っていた椅子に腰かけ、俺もまた肘掛けに頬杖をついた。目を閉じ、俺はゆっくりと転寝を始めるのだった。なるようになるという言葉が、俺の頭で響いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ