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俺もさっさと行きたいが、網羅がMOを調節するからと勝手にいじり始めたので、しかたなく地面に座ってそれを見ていた。


「網羅ってのは変わった名前だな」

「ああ? いんや、俺の本名はモーリだよ。網羅は仕事上のニックネーム。トールが付けた。お前だって、了以は本名じゃないだろ?」

「・・・(村上了以が本名だけどな)そうだな」

「お前は、ほんと、馬鹿正直だな。記憶がなくても、変わらないんじゃ元々の性格なんだな」

「うるせーよ」

「ふ、拗ねるなよ。さあ、MOの調節終わりだ。これで、俺とお前が乗っても、そこそこのスピードは出る」

 

網羅は、先にMOにまたがると、後ろに乗れとあごをしゃくった。


「なんだかな。MOは俺のだろ。何で後ろなんだよ」

「文句言うな。お前、今日こいつから落ちたそうじゃないか。誰だってそんな奴の後ろに乗りたくはないだろう?」

 

それを言われては反論の仕様が無い。

一体誰がチクったんだ。


「振り落とされない様に、しっかりと捕まってろ」


言うが早いか、急発進・急加速で、危うく振り落とされそうになった。

慌てて網羅の腰に両腕をまわす。


夕貴の後ろの方がまだ安心だ。


俺は、五月山の方向に首をひねった。でも、見えるのは何も無い。

もう一度、五月山を見たかった。

しかし、猪突猛進というか、『行きたい』と言うまもなく、網羅のスピードは緩む事無くあっという間にカムツーについてしまった。


「ずいぶん遅かったな」

 

バイクの整備をしていた夕貴が出迎えてくれた。

(そりゃそうだ、来る時間より、整備の時間の方が長かったんだから)


「直海は?」

「今、母親と話している。後はトールに任せればいい。俺達の仕事は終わりだ。帰るぞ了以」


また、俺の意志なんかどうでもいいって言う態度。前の俺って、いつも夕貴の言いなりの奴だったのか?


「待てよ。俺は直海に話しがあるんだ。先に帰ってくれ」


とたんに、不機嫌に目が釣りあがる勇気。


「何の話だ?」

「直樹は喜多の事を知ってた。直海も何か知ってるかもしれない」

「なあ、キタって誰?」

 

まだ、上に上がってなかったのか、網羅が興味津々って顔で聞いてきた。


「何でもない。あんたには関係ない。とにかく俺はまだ帰れない。先に帰ってくれ」

 

言い捨てて、事務所に通じる階段を駆け上がった。


二階の事務所のドアを開けたとたん、けたたましい直海の声が響き渡った。


「なんでよ! どういう訳! 直樹とはもう会うなっていうの?

あたし達は双子なのよ。おんなじ血が流れてるのよ。そんな事できるわけないでしょう」

「ちょと落ち着きなさい。」

「落ち着いていられるわけない。兄さんの直樹の事をずっと隠してただけじゃなく、会うなって云われて落ち着けると思うの?」

「ママは、ずっと会うなとはいってないでしょ。直樹さんは今大事な研究をしているのよ。聞けば、もう少しで研究の成果が期待できるとか。そんな時にあなたが行けば、集中力を無くしてしまうでしょ」

「そんなこと無い。それに研究が軌道に乗ってるなんてうそよ」

「ママはちゃんと直樹さんの上司の方にお話を聞いたのよ」

「そんなの、あたしがドーム4に行かなくするための口実に決まってるでしょ」

「直海、お願いだからママのいう事を聞いてちょうだい。あなたが今度D4に不法侵入して捕らえられでもしたら、ママは、ママは、」


後は言葉にならなかった。

直海の母親は泣き崩れてしまった。

その様子と、直樹の『直海は人質』の言葉が結び付かない。

ここにいる直海の養母は、心底娘の身を案じているようだった。

やはり直樹の部屋で直海が言ったように、『直海は人質』、というのは直樹の思い込みだろうか。


「了以? どうした。忘れ物か?」

 ドアの所で固まっていた俺にトールが気付いた。


「ああ、うん。俺、その子とちょっと話がしたいんだ」

「直海君に? う~ん、今、取り込み中だからな」

「俺、話が終わるの待ってるから、あっちの部屋にいる。え~っと、何か飲み物をもらってもいい?」

「ああ、奥の部屋には冷蔵庫があるよ。自由に開けて、好きなものを飲むといい」


俺には、もう一つ解決しなくてはならない疑問がある。

直樹の部屋で出されたコーヒーを飲んだ後に、俺は意識を失った。

ゆっくりと、意識が暗くなっていきながら直樹のあの声だけはハッキリと聞く事が出来た。

『あんたは、コーヒーをのんじゃいけなかったんだ。カフェインがあるものは駄目なんだ』


そう云っていた。

確かめたい。

本当に、俺にはカフェインに対する何らかの障害があるのか、それとも、あれは直樹がコーヒーに何か入れていたか。


少なくても、俺の記憶の中では、心臓の病気はあっても何かに過剰に反応するというような、アレルギー的なものはなかった。


直海たちの後ろを通り、奥の部屋に入った。

見回すと、入ってすぐの右手の白い壁に、壁とは材質の違うドアが埋め込まれていた。

それは俺と同じくらいの高さだった。多分、これが冷蔵庫。

取っ手は無い。


どうやって開けるんだろう?

手をさまよわせたら、扉の色が一部変わった。


「え?」

『指示をお願いします』

「指示?? えっと、扉を開けて?」

『かしこまりました』


カチャッと、静かな音とともに冷蔵庫の扉が10㎝ほど真ん中から観音開きに開いた。


「すげえ、便利・・・」


扉をさらに開くと、体中にひんやりとした冷気がまといついて気持ちよかった。


中は、7段にしきられていて、ちょうど真ん中の段に飲み物らしいものが入った1リットル瓶が5・6本ほど横にして置いてあった。


一つ一つとってみたが、コーヒーのような、琥珀色をしたものは見つからなかった。

下の段をみると、見慣れたインスタントのコーヒー瓶があった。


「へえ、初めて自分が見た事のあるものに出会えたな」


少しうれしい。

今朝、目覚めてからは知らない事、知らないものだらけで、生きた心地がしなかったものだ。

さっそく、開けようと手にとってふたを回してみた。

かたい。


何かで接着してあるかのように、そのふたはぴくりとも動かなかった。


まわりにはそれを開けられそうな道具は何もない。

ただ、ゆったりと、大人が一人寝れそうなソファーが二つと、低いガラスのテーブルが一つ。

それ以外何も無い。


仕方ないので、自分で開けるのを諦めてトールに開けてもらおうとびんを片手にもった時、ドアを開けて入ってきた夕貴と目が合った。


「なにやってんだ?」

「夕貴、帰ったんじゃなかったのか?」

「MOさえ十分に乗りこなせないお前を,一人で帰ってこさせるわけにいかないだろ」

「それより何をしていたんだ?」

「ああ、ちょうど良かった。この瓶のふたが開かないんだ」


夕貴の顔の前にコーヒー瓶をだした。

夕貴はそれを手に取ると、どうしてというような目で俺を見た。


「これを開けてどうしようと言うんだ?」

「え? それって、コーヒーじゃないのか?」

「これは紛れもなくコーヒーだ」

「そうか、だったら、飲む以外に無いんじゃないの?」

「お前が飲むのか?」

「ああ、夕貴も飲むなら作るけど」

「お前は、カフェインアレルギーだろう」

「直樹も、そう云ってた。俺は、直樹の部屋で、コーヒーを飲んでから倒れたんだ。」

「やっぱりそうか、おまえ、首の後ろがまだ赤くなってるぞ」

「え? もそもそすると思ってたんだ。じゃあ、俺、やっぱりアレルギー持ってんのか」

「そうだな。なのに、なんでまた飲もうとする?」:

「俺には、カフェインアレルギーなんてなかったからだ。俺の記憶の中では、俺は毎日のようにコーヒーを飲んでいたんだ。お茶代わりにね」

「でも、お前は俺と暮らし始めてからも、一度だってコーヒーを飲んだ事はないぞ。コーヒー豆の匂いさえ嫌がってた」

「・・・なぁ、自分でもう一度飲んで確かめたいんだけど」

「了以! 食物アレルギーはそれが原因で死ぬやつだっているんだぞ」

「夕貴の言う通りだ、了以。一度アレルギーがでたら、薬が無いと直らない。ここには、そんな薬はないんだよ」

 

部屋の入り口で困ったような顔をしたトールが立っていた。


「さあ、直海君が待ってるよ。話があるんだろう?」


俺は、夕貴の顔をもう一度見てから返事をした。


「わかった。いま、行く」


夕貴は何も言わずに、一緒にくると俺の隣に腰掛けた。

俺の話が終わるのを待つという意味らしい。


「私に何の話?」


直海の母親の姿が無い。直海とは話しが上手く折り合わなかったのだろうか。


「ああ、お母様なら、上機嫌でお仕事に行かれたわ。しばらくは、直樹とは会わないって約束させられたの」


意に添わない約束だったろうに、意外にさばさばしている。

それどころか、意味ありげな目で見たかと思うと、ふふっと含み笑いまでするじゃないか。

子供とはいえ女だ。何を考えているのか、と身構えた。


「俺は、直樹のことで聞きたいことがあるんだ」

 

直海は俺をじっと見て、


「そうだと思ったわ」


と、自分の予想が当たったことに満足したようだった。


「直樹は、あなたのことなら何でも知ってる。まるで恋をしてるかのように、楽しそうに調べてたわね」

「何故、俺のことを調べる?」

「さあ、それは知らないわ。」

「本当に?」

「ええ、何度か聞いたけど、一切教えてくれなかった。せっかく何日も滞在する許可を取ったのに、あなたのことで調べものがあって、ちょっとしか遊べなかったこともあるわ」

「じゃあ、ほんとうに何も知らないんだな」

「ええ、なにも」

「喜多のことも?」

「きた? ってなに?」

「いや、もういいよ。ありがとう。時間を取らせて悪かった」

「いいえ、どういたしまして。ねえ、了以。あなたにお願いがあるの」

「お願い?」

「ええ。今度会った時は、遊んでくれる?」

「遊ぶねえ。何をして?」

「深夜デート」

「あんまり、健全な遊びとは思えないな」

「約束よ」

 

にっこり微笑んで、直海は帰って行った。



「おかえりぃ、二人とも。夕食できてるから、手を洗ってから来てよ」


地下にMOを入れたとたん、真理の声が響いた。

夕貴が扉の絞め方を教えると、俺を手招きした。


1ボタンで、操作できるかと思っていたが、扉横に10㎝四方の機械がうめこまれていた。

それの中央に、親指を付ける。

すると、機械が作動してそこに番号1から0まで出てくる。

暗証番号の6桁を入れると扉が動く。


開ける時と閉める時の両方ともこの動作をする。


「お前と、俺しかこれに記憶させてないから。暗証番号はわすれるな」

「俺達が出た後は真理が閉めてくれるのか?」

「いや、お前のMOと俺のDOから操作できる。真理には指紋がないだろ。これは使えない。」


ああ、なるほど。アンドロイドだったっけ。


「わかった。じゃあ、俺もう一度やってから上に上がるわ。先に行っててくれ」

「早く上に上がってこい。真理は料理が冷めるのがきらいだ。機嫌を損ねると面倒だからな」

「ああ、俺も腹が減っているからすぐ行くよ。」

 

閉じた扉をもう一度開けた。

時刻は、車庫の時計で7時だ。

空がうっすらと赤くなっていた。

地上で見る夕焼けのほうがきれいだと思う。

カラスが編隊を作って飛んでいた。


一羽だけ方向が違う。

こっちに向かって飛んでいるようだ。

入ってこられたら面倒なので、急いで扉を閉める操作をする。

ゆっくりと閉まって行く。


「おい! 閉めんなよ!」


誰かが叫んだ。

半分ほど閉まりかけた扉からすごい勢いで飛び込んでくる大きい物体。

ドーン!!


家が、揺れた。

震度3ぐらいあったかもしれない。

壁に激突したものは、見覚えのあるバイク。

カムツーのガレージにあった。

しかし、乗っていたとおもわれる者がいない。


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