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喜多の夢を見た。


夢のなかであの五月山での会話が再現されていた。

5月にしては暑すぎるくらいの天候だったが、下界と違って五月山の頂上は涼しかった。 


俺は途中まで、タクシーで来た。

後、100mほどの所で降りて、少しだけ歩いた。

山の澄んだ空気が気持ちよかった。

自分のイカレタ心臓と折り合いをつけながら、ゆっくり、ゆっくり歩いた。


喜多は先に来ていた。

俺は頂上から、下界の少しだけもやがかかった景色を見ながら話した。


「お前との約束守れそうに無いわ。お前のいるアメリカに一度、行きたかったんだけどな」


喜多は、俺をじっと見たまま何も言わなかった。


「俺の心臓は欠陥品らしい。後半年もてばいいほうだ。移植の方法があるらしいが、いつその順番が回ってくるか」


そこまで話して、目から汗が出てきた。

出てくるな出てくるなって、思ったのに後から後から洪水だ。


喜多が、近づいてきて白いハンカチを貸してくれた。

その白が眩しくて、また、泣けてきた。


「喜多、なんか言ってくれ。俺、今日は、お前にさよならを言わなくちゃと思ってきたんだ。でも、言いたくないよ。お前は、明日、アメリカに行くのにな。俺、言いたくないんだ」


喜多は俺の手からハンカチをそっと取って、俺の顔を拭いた。


「お前は、死んだりしないよ。俺がきっと直してやる」

「うっっく、俺やっぱばかだ。研究で忙しいお前を最後まで困らせて、心配させるようなことを言って、ごめんな。おれ、最後までちゃんと元気に生きるから、生きるから。ごめん」

「大丈夫だ。了以。大丈夫」


その後、どうしたかな俺?

あれ?



「おい! おい、了以! しっかりしろ! この馬鹿! 起きろ」


痛い。心なしか、頬が痛い。

いや、心なしじゃなく、すごく痛い。


「いたいっ!」

「この馬鹿!」


首に巻きついた腕が暖かい。

どうりで、夢の中の喜多が暖かかったわけだ。


「どうやってここに?」

「あたしが、入れたのよ」


夕貴の背後から女の子の声がした。

見ると、捜索依頼の女の子。

こっちはどうやら本物らしい。

なるほど、そっくりだ。

さっきまでいた直樹と服装も髪も一緒にしたら、見分けがつかない。


「お前があの子と建物の中に入った後、入り口を張ってたんだ。そこへ、直海君が来た。事情を話して俺達も中に入れてもらったんだ。彼はどこだ?」

「しらん。俺が聞きたいくらいだ」

「多分、総合研だと思うわ。さっきそこの所長に呼び止められて、あとで呼ぶから帰ってろっていわれたもの」

「それで、君はここに戻ってきたわけ?」

「いいえ、それだけじゃないわ」

「その顔から察すると、何かを掴んだのか」

「了以、何の話をしているんだ?」


直海は俺をじっと見て、俺はどこまで知っているのかを図ろうとしていた。


「お兄さんが全部話してくれたよ」

「やっぱりね」

「やっぱり?」

「直樹の考えてることぐらいなんでも解るわ。あなたを調べるにしても、なんとなく後ろめたいのよね。それで、言い訳がわりに私達のことをしゃべっちゃったんでしょ」

「そうなのか?」

「ええ、そうよ。全く、半端な子ね」

「なんか、君の方がお姉さんみたいだね」

「兄か妹かなんて、産まれた順番だけでしょ。直樹より私の方が、世の中を知ってるわ。あの子がずっとこの中で研究にだけ時間を費やしている間、私は両親と一緒に世界中を回っていたのよ」

「直樹は、君が育ての親とはうまくいってないような事を言っていたけど」

「そう思いたいのよ。そうして、私をお伽話の悲劇の主人公にして、自分が助けなきゃと思わなければ、研究が進まないのよ」

「その研究が人体冷却法だって言うのは本当のこと?」

「ええ、死んだ母親の研究を完成させないといけないってことも本当よ。それについては、あの子は研究が完成できれば、私をひきっとって一緒に暮らせるからと頑張っているのよ。でも、そんな簡単なことじゃないのよね」


突然夕貴が耳に手を当て、何かを聞き取る動作をした。

その耳には門番に渡されたイヤリングがあった。


「了以。早くここを出よう。直海君も一緒に帰るんだ」

「どうした?」

「今、トールから連絡が入った。もうすぐここに、警察庁から20人ほど警官が来るらしい。直海君のことがばれたかもしれない。はやく、この島を出ないと」


俺達は、来た時と同じエレベーターの扉に向かった。


「あれ?直海君は」


俺達について来てない。


「ちょっと! こっちよ。やっぱりここにあったわ」


部屋に戻ると、直海は、対面キッチンの中にある地下収納庫を開けていた。ひと一人がやっと入れるくらいの広さだ。


「これは?」

「地下道よ。直樹がこっそりと作ったものよ。ここからなら警察と鉢合わせにならずに出られるはずよ」


垂直に降りた階段を、直海が降りていった。

降りるとすぐに、狭いが地下に入る道があるようだ。


「よし、夕貴行けよ」

「お前が先だ」

「なんで?」

「また、いなくなられたらかなわない。俺が最後に入る」


あえて反論はしないことにした。

さっき、こいつをまいて直樹と逃げたのをまだ根に持ってるらしい。


「わかったよ」


階段は思っていたよりは、幅が広く降りやすかった。

やっとのことで地下道に通じる狭い入り口の中に入ると、十分な広さがある通路が見えた。

所々に薄暗い明かりもあった。

直海がボールペンのようなものを取り出した。

懐中電灯らしい。先を照らしながら進む。


俺は、夕貴を待った。

夕貴が体を入れてしまってから、収納庫のふたを閉めた。

その後、ガコンという音がした。


「今の音は?」

「ああ、収納庫が閉まると、自動的に側にあった小型冷蔵庫が上に来るようになっているらしいな。この地下道が見つからない様に細工してあるんだろう」


直樹は、どういうつもりでこの地下道を作ったんだ?

俺を、眠らせた後、これを使って外に出たのか。


500mほど歩いたところで、道が二手に分かれていた。


「う~ん。困ったわ。これ、どちらかが科学庁で、どちらかが住居地区に行くのよね」

「どっちか、解らないわけだ」

「ええ」

「直樹は科学庁に行ったんだろう?」

「多分」


それなら、俺は科学庁に行かなくては。


「住居地区は、直樹の部屋から見て、南の方角だ」


夕貴が右の道に入ろうとした。


「ここね、直樹の部屋から直線的に来たように見えても、微妙に角度を調節して方角が分からない様にしてあるのよ。方角で判断しても無理よ」

「よし、二手に分かれよう。どちらかが、捕まっても何とか対処できるように」

 

夕貴が俺を見た。

納得の行かない顔つきだ。


「ばかな事を言うな、今のお前に何が出来る? 俺がこの子と一緒にいて、もし捕まったとして、一体どうやって俺達を助けられる?」

「そ、それは」

「へえ、了以の症状って、そんなに致命的なのか?」


右手の道の奥から野太い声。


「誰だ!」

「遅いぞ、網羅」

 

またもや知り合いらしい。


「仕方ないだろ。俺はさっき別件を終えてきたばかりだぞ」


地下道の幅をせましとばかりに来たのは、野太い声にぴったりと比例した程よく鍛え上げられた筋肉質の体型の持ち主。


「あら、こちらもあなたたちの仲間の人なの?」

「ああ。仕事のメンバーだ」


こともなげに夕貴が答える。

やっぱりそうか。これで4人目だ。俺を知ってると言う奴等に会うのは。


「よう、了以。2週間ぶりだな。元気そうで安心したぞ。頭はいかれちまったと聞いたがな」


ひどいことを言われているが、返す言葉はない。俺もそうだと思うから。


「網羅!」

「そんなに怒った顔をするな夕貴。さあ、行こうぜ。そのお嬢さんの親が、トールの所に来たらしい。早く連れて行かないと、仕事にならないといってたぜ」

「わかった、早く出よう。案内してくれ。網羅」


話が、俺抜きでどんどん進んでいく。ないがしろにされた気分。

直樹は俺のことを何か知ってる。喜多の話をしていたんだ。昨日のことが思い出せない俺にとっては、直樹に会って少しでも情報を手に入れたい。


出口まで一緒に行って隙を見て戻ろう。

そう、決心した時、俺に釘をさす夕貴の目と言葉。


「変なことを考えるなよ。ここにいる仲間のことも考えて行動するんだ」


そうか、網羅や美加に迷惑がかかる。

俺には考えもつかない事だった。


自分の考えの子供っぽさに赤面するだけだ。

夕貴と一緒にカムツーに帰るしかなかった。

ここの住人だと言う網羅が、一緒に来るらしい。


「俺は元々今日は外出許可をもらってたんだ。久しぶりにトールの顔でも拝もうと思ってな。俺が了以と一緒にMOに乗るから、夕貴はお嬢ちゃんを宜しくな」

「ああ、そうしてくれ」


網羅の申し出を、俺に同意を求めるでもなく、二人で勝手に決めるのはどうかと思う。

俺は、直海と同じく子供扱いだ。

不平を申し立てる暇も無く、夕貴は直海を後ろに乗せるとさっさと行ってしまった。


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