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夕貴が、手にはめていたアンティーックなネジ巻時計のネジを、2回ほど回した。
「電話と同じ年代もんだな、そ。」
「ああ、これも、トールの趣味だよ」
5分ほどして、自転車に乗った20代前半くらいのボーイッシュな女がやってきた。
茶髪の短髪、真っ黒なショートジャケットに、細身のデニム、
胸は、真理といい勝負だと思うが、できれば、近づきたくない。
「ハイ! 夕貴、了以、元気?」
「何とかね」
「あれ、珍しく弱気ね夕貴。原因は了以の記憶喪失?」
「もう、聞いているのか」
「ええ、こういう事は早く聞いておかないとトラブルの元よね」
「時間が無いんだ。この子を頼む。依頼人が探していた子とそっくりなんだが違うらしい。何か裏がありそうなんで見ていてくれ」
「ええ、いいわよ。さあ、きれいな美少年ちゃん。お姉さんと行こうか」
驚いた。
「その子が女の子じゃないって解るのか?」
「あら、健忘症の了以ちゃん。あたしが、美少年キラーだってことも、忘れちゃったのね」
「美、美少年キラー…」
「さあ、お姉さんと楽しいことしましょうね」
「おい、大丈夫かこの子?」
「仕方ないだろ。自分で話しをしそうも無いからな。一寸は痛い目にあってもらわないと」
美少年の顔が変わった。
ああ、そういう事か。
この子を脅しているわけね、何気ないのが恐いな、夕貴って。
「さあ、行きましょう」
美加の手が美少年の肩に止まった。
「や、やめろ! 僕に触るな」
「いやね。お姉さんはちーっとも恐くないのよ」
「いいから、来るな!」
あーあ、完璧に怖がってる。
自分を見るようでいやだな。
ほら、俺も鳥肌が立ってる。
「おい、もう、やめようぜ」
「了以? 仕事を放棄するのか」
「そうじゃない。弱いものいじめみたいなことは、だいの大人がするものじゃ無いって言ってんだよ」
「これは、仕事だ。俺達は一刻も早く、直海を探さないといけないんだ」
「足が、あるだろ。足が。近道しないで実直に行こうぜ」
「きゃーどうしちゃったの了以。今日はかっこいいじゃない」
「冗談じゃない。俺達には時間制限がついてるんだ。今、この子から話を聞かなかったら、無駄に時間を浪費するだけだ」
あらら、いつのまにか少年が俺の後ろに隠れていた。
おまけに、ぴとって背中に張りついている。まあ、女の子じゃないからいいか。
「その子を渡すんだ、了以」
「いやだね」
俺は、少年の手を取って、ダッシュした。
美加の自転車に追いつかれそうになったが、間一髪の所で、
「そこの建物に入って!」
という少年のおかげで逃げ切れた。
どういう訳か、少年は科学庁の敷地の建物に入るキーをもっていたのだ。
「この建物は、科学庁の別棟で僕しかキーをもっていません。僕以外の人間が入るには僕の許可が必要です」
「という事は、どういうことだ?」
「すいません。だますような真似をして。僕は、科学庁専任の科学者です。そして、僕の双子の妹が直海です」
「お前の名前は?」
「直樹です」
「どうして、だましたんだ」
「お話は、僕の部屋に行ってからしましょう」
建物の中は真っ白い壁。
奥に向かって斜め下に傾斜している木目の廊下。
直樹は、廊下を下りきった所にあるエレベーターに案内した。
「変わった、廊下だな」
「ええ、なるべく、外から入ったものが持ち運びやすい様に設計してあるんです」
「なるほど、食糧なんかだと、箱を引き摺る分には楽だな。」
「ええ、そいう事です。僕の部屋は地下にあります」
地下には部屋は一つしかないらしい。
エレベーターのドアが開くと、もう、直樹の部屋の中だった。
「広いな」
息を呑む広さの部屋というのだろうか。
夕貴の家の、敷地全部ほどの広さの一室。
「ええ、でも、一人で住んでいますから。広すぎるくらいですね」
俺は、3人がけソファーの真ん中にでんと座った。
「さあ、女装してまで直海に成りすました動機を聞こうか」
テーブルを隔てた目の前の一人がけソファーに座って、直樹が話し出した。
「実は、昨日の夜更けに直海から連絡がありました。明日ここに来るから、部屋から出るなと」
「じゃあ、直海は自分の力だけでこの島に侵入したんだな」
「あ、いいえ。侵入の手助けをしたのは僕です。島の入り口の磁場を少し操作しました」
「そして、直海をこの部屋に入れたのか」
「いえ。直海とは会っていません。彼女がこの官公庁内に侵入したまでは解っているんですが、彼女がここでは顔パスの僕に成りすまして侵入した以上、僕がここから動くことは出来なかったものですから」
「ああ、それで自分が直海に化けて、彼女を探そうと思ったわけだな」
「ええ、そうです。まさか、彼女の母親がこんなに早く、手を打ってくるとは思いませんでした」
「なんだ? 彼女の母親? お前の母親でもあるだろ?」
「いえ、僕たちはここの研究所で生まれた私生児です。僕たちの生みの母親は産後の病院の火事でなくなっています。生まれて4ヶ月後に直海だけ今の両親に引き取られたんです」
「その、聞いてもいいか?」
「僕たちが一緒に引き取られなかったわけですか?」
「ああ、いや、その家族の経済的理由だろうな。悪い」
聞くべきじゃなかったと思った。
直樹の表情を見ろよ。全く、俺ってのは気が利かないよな。
「そんな顔をしないで下さい。別に気にしていませんよ。
直海の両親はとても経済的に豊かな方達です。そうでなければ、引き取ることは出来ませんし。問題は僕の方にあるんです。僕は平均的な子供のIQを一桁越えてるんです。
そのために、3歳のころからこの塔で生活しています。死んだ母親の研究を継承しなくてはならないそうです」
「継承って、そんなものは大人がやればいいことじゃないのか?いくらIQが高くても、お前が一人前の科学者になる時間を考えれば、他の科学者が継承した方が成功の率が高いと思うけどな」
「母のせいです。彼女は、僕らを産む前に、研究を子供に譲るという遺言を書いていたんです。ご丁寧に、生まれる前のぼくらのDNAを調べて、僕と直海しか研究に触れることが出来ない様に操作しました」
「それがあったから、自分の意志ではここから出られないのか?」
「はじめは、一人がつらくて脱走しようと思ったこともありました。でも、直海の存在を知り、彼女と会ってからは研究を完成させようと思っています。彼女の為にも」
「よく、わからないな。どうして、母親の研究が妹の為になるんだ?」
「実は、彼女の両親は、官公庁の人で、いわば彼女は僕が脱走した時の為の人質だと言うことが解ったんです」
「彼女はその事を偶然に両親の会話を聞いてしまって知ったといっていました。ぼくは、ここから官公庁のホストコンピューターに忍び込んで事実を確認しました」
「で、妹は何をしにここに侵入したんだ?人質がいなくなったらお前のほうだって疑われるはずだな。
あ、いや、そうじゃない!官公庁は直海の侵入をまだ気づいていない。両親にしたって、直海がいなくなって、ここに侵入したと言う事実が知れたら困るから、俺達に依頼してきたのか」
「その通りです。あの人たちは、直海の養育費だけでもとても裕福な生活が出来るくらいもらってますから。それに、僕と直海がお互いのことを知っていることや、会ったことがあることは誰も知りません。でも、会わない方が良かったのかもしれない」
「どうして?」
「直海がここに来たのは僕のせいなんです。直海に実の母親のことや、研究のことを調べたデータを入れたファイルを見られてしまったからです。彼女はきっと、僕たちの生みの母親がどうして殺されたのかを調べるつもりです」
「病院の火災じゃなく?」
「母の死因は火災ではありません。いろいろと不都合なことは闇の中です」
俺は、思わず喉をならした。
空調がきいているのはいいが、空気が乾燥している。
「すいません。隣りが研究室なんですが、機械には湿気が大敵なんで、多少乾燥気味に調節しています。いま、飲み物をもってきますね」
直樹は立ち上がって、キッチンのコーヒーサーバーに入っていたコーヒーを注ぎ、俺に持ってきてくれた。コーヒーは大好きだ。
そう言えば、今日は一滴も飲んでなかった。
しかし、この坊やを信用していいものか。
目の前に出されたコーヒーが早く飲め、早く飲めと俺を誘惑してくる。
「大丈夫ですよ。なにも入っていません。僕を助けてくれた人を騙すような真似はしません」
といって、自分の分のコーヒーを飲んだ。
そこまで年下の男にされては、誘惑には勝てなかった。
一口飲んだその味は、苦みがほんのりと利いていて、とてもうまい。
乾いた喉に染み渡る。
「僕たちの母親は、人体冷却保存の方法を研究していました」
「それって、冷凍保存した人を生き返らせる研究ってことか?」
たしか、喜多のアメリカでの研究課題はそれじゃなかったか?
あれ?
あの日、俺達は冷凍保存のことを話題にしなかっただろうか。
「母は、僕たちを出産する前に親しい研究仲間に、研究に重大な欠陥があったといったそうです。でも、そんな発表はなかった」
「それを発表して欲しくない誰かの仕業というわけか?」
「ええ、多分」
「直海は、今どこにいる?」
「火事のあった病院だと思います。」
「まず、医療ミスの事実を調べる為か」
「はい」
「わかった、お前はここにいろ。出歩いたりしたら妹が危険だろ。俺がきっと、探し出して連れてくるから」
「ええ、でも、無理だと思います」
「大丈夫だ。心配するな。とにかく、ここを出て夕貴と合流しなくちゃな。あいつ、めちゃくちゃ怒ってんだろうな」
俺は勢いよく立ち上がった、つもりだったが実際はちょっとも動けなった。
体がずーんと重い。
体重が一気に何十倍にもなったような感覚だ。
「だから、無理だと言ったんです」
「な・・・?」
「やっぱり知らなかったようですね。あなたはコーヒーや紅茶などのカフェインが入った飲み物をのんじゃいけなかったんだ。トールはそれを貴方に教えておくべきでした」
・・・もう、瞼もあがらない。
「喜多博士はすごいことをやってのけたね。あなたが覚醒して、隙が出来るのをじっと待ってた。待った甲斐があったよ。やっと了以が手に入ったんだ」
どうして、直樹が喜多のことを知っているんだ。
知っているんなら、聞きたいことが山ほどあった。
でも、意識が遠のいていった。
まだ、独り言を話している直樹の声を聞きながら、意識がフェードアウトしていった。