5
また、五月山の頂上が画面に出る。
新緑でみずみずしい空間に、学生服の俺と、普段着に白衣を着けた喜多がいた。
プライベートで日本に帰ってきたのに、山の中腹にある国の研究所によらされたといっていた。
着替える時間もそこそこに急いできたんだろう。
白衣は国立研究所のロゴがはいっていた。
そんなどうでもいいことは覚えている。
だけどあの時、俺が自分の病気のことを話した時、あいつがなにか予想もしないことをしたような気がする。それが思い出せない。
画面の中の喜多はゆっくりと微笑んでいた。
何に対して笑っているんだろうか。
そして、再生が終わった。
二人とも、言葉も無いと言った様子だ。
トールは、カリカリっと頭を掻いた。
夕貴は力なく、側の椅子に座った。
トールはじっと、暗くなった画面を見ている。
夕貴はもう、見たくないらしく、画面に背を向けていた。
しかし、自分の大腿部をこぶしで叩き始めた。
怒りをどこにぶつけていいのか分からないと言った様子だ。
「落ち着け、夕貴」
「これが落ち着いていられるか! 俺は確かに昨日、こいつと一緒にD4に降りて仕事をして、ここにも来た! ひとっつもそんな画面が無いのはどういうことだ!」
トールも夕貴も俺をじっと見ている。
「ああ、よく知ってるよ。俺もな。だけど、ローザがいかれたなんてこともありえない」
そういって、俺の記憶を映し出したコンピューターをなでた。
「じゃあ、了以のこのばかげた記憶の入れ替わりはなんだ!」
「・・・そうだ、お前の記憶を見てみよう。そうすれば、俺達の話が作り話でないことが了以に解るんじゃないか」
夕貴の昨日を見る?
願ってもない話だ。
「俺も見てみたい」
「決まりだ。夕貴」
夕貴がゆっくりと、コンピューターの前の椅子に座った。あ、ローザだっけ。
「夕貴、手を置いてくれ」
夕貴が両手をローザの前ののっぺりとした金属板に置こうとした、その時、電話の音が鳴った。
「ちょっと待っていろ、依頼の電話だ」
トールが、部屋中央のテーブルに置かれた、電話線の無い黒電話から受話器を取った。
この世界には電話線が無い。
なのに通じているのか?
「なあ、あの電話って、本当に通じてるのか?」
「それをお前に聞かれるのは二度目だ」
「え?」
「あれは、海の中から博物館員が見つけたものだ。300年前ぐらいに主流だった電話機だ。ただし、外観だけだ。中身はトールが作り直してある」
「それで、電話線が無いのか!」
「なんだって? でんわせん?」
「ああ、電波を通す線」
「今は、そんなものは必要ない。それにしてもお前、そんなことよく知ってるな」
「ああ? だっておれん家はこの黒電話を使ってたからな。じいちゃんが好きでさ、毎日のように磨いてたからぴかぴかに光って、きれいだったぜ。なつかしいな~」
「お前が、遠いな」
「夕貴?」
「昨日まで、俺といた了以は一体どこにいってしまったんだろうな」
夕貴のきれいな顔がもくもくと曇る。
まるでもうすぐ大雨注意報が出るようだ。
何か声を掛けたいが、夕貴にそんな顔をさせているのは俺だ。掛ける声なんかあるもんか。
「はい、ええ、わかりました。じゃあ、至急その子の顔を送って下さい」
話が終わると同時に、俺の真後ろのパソコン画面に人の顔が出てきた。
ストレートのロング髪をした、お嬢さんタイプの女の子。中学生くらいかな。
夕貴がそれをプリントアウトした。
「これが今回の依頼か?」
「ああ、依頼者は家出人『直海』の母からだ。IDは認証済みだ。今日の朝に不法侵入した形跡がある、今の島の水位が百億分の一単位だが狂っていることは、今確認した」
「今日の、警備員の動向は?」
「東口で一人遅刻したらしい。東口ゲート2のカードが磁気異常で作動しなかったのが原因だ。今日は、磁気波が比較的強いからな。仕方の無いことだ。直海はそれを利用して中に入った可能性があるな」
「わかった。じゃあ、今日は東口から入る。カードをくれ」
「おい? まさか一人で行くつもりか?」
「了以は今使い物にならないだろ? 足手纏いになる」
「しかし、一人での仕事は危険だ。多少頼り甲斐が無くても、了以の体は仕事を覚えている可能性が高い。連れて行けよ」
「お前、そんなにノー天気な性格だったか?」
トールもひどい言われ様だ。
「俺はいつも何してるわけ?」
「お前は、いや、いい。下手に意識させて、とんでもない行動に出られたら困る」
「俺は幼稚園児か?」
「それ以下だろ。ただでさえ余計なことばかりして俺を困らせていたのに、これ以上トラブられたら困る」
俺達は、ガレージに降りた。
「MO,了以を頼んだよ。あまり、スピードを出させない様にね」
トールがMOに向かって話し掛ける。
(だから、俺は幼稚園児かっての。)
再び空に出た。
下に降りる。
それは何て魅力的なことだろうか。大地を踏みたいという欲求は人の本能だろう。
それを、許されない人が、無理にあの人工島に入り込むんだろうか?
「夕貴。俺に島のことを教えてくれ。あそこには誰が住んでいるんだ?」
「ドーム4を維持させるのに必要な知識を持った科学者と、建設者と、5年サークルで入れ替わる住人、それに、毎日訪れる訪問者用の観光地区がある」
「それだけ?」
「ああ、それだけだ」
「じゃあ、5年サークルの住人て何?」
「5年毎に、中に住む住人は総入れ替えがある。等しく大地に触れる権利があると言う考えだ。中には、住居権を拒否するものもいるがな」
「買い物とか、する所はあるのか?」
「食料は全て配給制だ。他の食料を作る専門の島から、1週間ごとに支給される」
「そうか。すごいな」
「さあ、ついたぞ。東口の門番にIDカードと許可証をみせろ」
さっき、トールにもらったやつだ。これが無いと、入れないらしい。
そして、急に入れるものでもない。
ちゃんと申請して、何日の何時何分に入り、何日の何時何分までに出なくてはならないと言った細かい規制がある。
島は重量が決まっていて、それをコンピューターで制御している。
毎日、何人入れて出すかは、すべてそいつが計算してくれるらしい。
俺達は、今日の予定の仕事がキャンセルになって、たまたま、その後の依頼があり、都合よく入れた。
もっとも、仕事が頻繁に入るので、2日毎には中に入れるように申請して、許可証があるらしい。
バイクに乗ったまま入れるのかと思ったら、入り口近くの駐輪場に入れさせられた。
「なあ、これが無くちゃ女の子を探すのに苦労しないか?」
「中は乗り物禁止だ。この島の磁場に影響を与える危険があるからな。そうなったら、島中のシステムがおかしくなる」
「そうか、MOは磁力がモーター代わりだったな」
「そういう事だ。島にも磁気が流れているが、中には反発しあう磁気もあるんだ」
門番にIDカードと許可証を見せる。
次にそれを扉の機械にに通す。ホテルの部屋のカードロックのような仕組みらしい。
扉の中にも門番がいて、俺と夕貴は門番にイヤリングのようなものを渡された。
「これは?」
「耳に付けろ。これはこの都市のナビゲーションだ。立ち入り禁止危険地区がある。表示がないが、これを着けていればその場所に行くと教えてくれる。」
「危険って、どういう危険だ?」
「いろいろさ」
100mほど行くと、壁にぶち当たり、左右に道が分かれている。
右は住宅地。左は官公庁。
夕貴は迷いも泣く左に曲がる。
「なあ、13歳の女の子が官公庁に行くのか?」
「13といっても、磁気のちょっとした狂いを利用できる頭をもっているんだ。何か、知りたいことでもあって侵入したんだろう。調べものなら、官公庁目的しかない」
「住んでる奴の誰かに会いに来たって事はないのか?」
「依頼者の話だと、中に知り合いはいないそうだ」
「ふうん」
話しながら、周りの建物を見る。
思っていたより、街路樹が多い。
一見すると、静かな住宅地のような所だ。
歩いている人々もまばらで、半数は白衣を着ていた。
「ここは、別名、科学者の町と呼ばれている。見ろ、あの建物が科学研究所だ」
夕貴がさす方を見た俺は一瞬足が止まった。
一層茂った木々の合間に見える白い建物は、白い概観のお城。
しかも、遊園地で見るようなかなりメルヘンチックな代物だ。
てっ辺が尖がり帽子で、色はピンク。
窓にはふりふりレースのカーテンが見える。
入り口にはなんと、お伽の国から抜け出したような兵隊さん。
「これ、まじかよ」
「見たとおりだ」
俺と夕貴気はその城に向かった。
アーチ型の門があって、それをくぐろうとして、夕貴が突然止まった。
「どうしたんだ」
「直海だ」
夕貴の左肩ごしに俺も見えた。
50m程先に、直海のような女の子がいた。
「あ、逃げた!」
俺達をじっと見ていたその女の子は、ばっと走り出した。
俺のどこにそんな反射があったのか、その子が走りだしたのを見て、足が勢いよく前に出た。
あれっと思った時には、その子の腕を掴んでいた。
「離してよ!」
「俺だって、離したいのは山々だ」
夕貴がすぐ後に来たので、女の子をすぐに引き渡した。
「よくやったな」
「ああ、足が勝手に動いた。」
「そうか、まんざらトールの行ったことは間違いでもないな」
「俺は、こうやって夕貴と仕事をしていたのか?」
「まあな」
「ねえ、いつまで捕まえておくつもり!」
「君は、直海だね」
「・・・そうよ」
「君のお母さんから依頼があった。不法侵入は違反だよ。さあ、一緒に帰ろう」
「なによ。ちょっと、中を見たいと思っただけじゃない。ちっとも、この島に入る順番が回ってこないんだもの」
「違反は違反だ。警察に捕まったら少なくとも、10年は中に入れないよ」
へえ、そいう罰則があるんだ。
それにしても、おかしい。俺は、さっきその子の腕を掴んだよな。でも、出てない。体のどこにも、ジンマシンが。今までは触れたとたんに出てたんだけどな。
「さて、割と早く片付いたな。さあ、帰ろう」
「う~ん」
「どうしたんだ、了以。腹でも痛いのか?」
「ち・が・う」
直海をじ――――っと見た。
「おい、お前ね、ロリコン根性はよせ。おびえるだろ」
夕貴は女、子供に優しい方らしい。
俺にも少しは優しい態度と言葉で接して欲しいもんだ。
「お前、だれ?」
「了以?」
「だって、こいつ直海じゃないぜ」
「何を言ってるんだ? この子はちゃんと認めただろ。それに、この服と顔は、依頼者から送られてきた写真と同じだぞ」
「捜索人は女の子だ」
「そうだ。ぴったりだろ」
「ちがーう」
「了以。お前、やっぱりおかしくなってるんだ。帰って、寝ろよ」
「俺はな、さっきそのこの腕を掴んだんだ。なのに、出てないんだぞ!」
「何が?」
「ジンマシンだ!」
「???」
「俺は、女にちょっとでも触れると必ずジンマシンが出る体質なんだよ!」
「お前にそんなものはなかったと思うが?」
「じゃあ、証明してやろうか」
俺は、側を通った白衣を着ていた女性の肩をぽんっと、たたいた。
女性は、振り替えって俺を見た。
「あ、すいません。知人に似ていたものですから」
女性は快く、許してくれた。
「了以、あんまり恥ずかしいことをするなよ。うっ!」
振り向いた俺を見て、悲鳴を上げた。
当然だ。顔中に湿疹で真っ赤っかだ。か、かゆい!
「どうしたんだお前」
「だから言っただろ。女に少しでも触れるとこうなるんだよ俺は」
「じゃあ、この子は?」
「そうだな、あんなに強く腕を握ったんだから、ひどいぶつぶつになるはずなんだけどな。どういうことかな?」
逃げ出そうとしたが、肩を夕貴にしっかりと掴まれていて逃げ出せない。
しかし、口を開こうともしない。
それが益々怪しい。
「何かあるな」
「どうするんだこの子は?」
「とりあえず、美加に見てもらっておこう」
「美加?」
「ここの住人の一人さ」
まだ、いたのか俺の知り合い。