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「き! 喜多! 喜多! お前、やっぱりいた!」

 

俺は喜多に飛びついた。

そして、違和感。

あれ?

喜多の鼻は俺のあごの所だったはず。

今抱き着いている喜多は俺をすっぽり包んでしまって、反対に俺の鼻が喜多の肩の所に来ている。


「お前、背が伸びたの?」


喜多は、豪快に笑って、ぎゅと俺を抱きしめた。


「おい、いい加減冗談はよせ。トール!」


夕貴が、俺をひっぺがした。


「え? とーる?」

 

もう一度、目の前の男をじっくりと見る。


「あの~、もしかして、人違い?」

「俺達の雇い主のトールだ」


あきれたというような夕貴の声。


「なに、とーる?」

「俺は、ただのトール。君は?」

「俺は、村上了以」

「なるほどね。真理の報告通り、了以は了以であってそうでない。は、真実だねえ」


満足そうに腕を組んだ。


「どういうこと?」

「君が、昨日までの了以とは別人だということだよ」

「それの根拠を説明してくれ、簡単に」

「いいよ。君の名前には姓と名の二つがあり、この二つでもって個人の名前だ?」

「当たり前だろ。」

「ところがそうじゃない。僕や、夕貴には姓と呼べるものはないよ。僕らだけでなく、この世界の人はみな名前といえば名の部分、つまりファーストネームだけだ」

「俺をからかってるのか?」

「疑うのなら、僕のパスポートを見せよう」


トールは、左手の中指にしていたリングを外して、一台のコンピューターの前に出した。


真っ暗だった画面が突然明るくなって、女の顔が出た。

真理に似ている。

真理よりはちょっと若めで、髪の色がきれいなブロンドだ。真理は真っ黒だった。


『パスポートを開示して宜しいですか?』

「ああ、頼むよ。ローザ」

「この人も、ここの会社の人か?」


真里のように別の部屋にいるんだろうか。


「ああ、これはね、真里のデータを基にソフトを作ったんだよ。だから、ローザはプログラムの中だけの住人だ」

「へえ」


返事はしたが、理解はしてない。

指輪は、ローザを呼び出す鍵なのか、もう、トールの右手中指に治まっている。


「ああ、出たよ。ほら了以、ごらん。これが僕のパスポート。

めったに人に見せるものじゃないけどね」


画面に出された写真付きの履歴書のようなものには、

NAME―TOOL

とだけ書いてあるだけだった。


「どう? 信じてもらえた?」

「でも、じゃあ、おんなじ名前の奴がいたらどうやって判断するんだ?」

「同じ名前のものは存在しない。大戦後、名前の表示を統一化したんだ。名前=登録記号と言うことだ」


俺の背中に冷たい夕貴の声。

なんだか怒っているみたいだぞ?

そっと後ろを振り返る。

やっぱり、怒っていた。

眉間にしわが寄っている。せっかく、きれいな顔なんだからもっと笑えよ。


「なんで、夕貴が怒ってんだよ?」

「お前達が、あんまりひどい会話だからだ! おい、トール! いつまでこんなことやっているつもりだ? 大事な個人情報まで見せて」

「おや? 気に入らない?」

「当たり前だ! 今日は14時から入りなんだぞ! 後1時間しかないじゃないか。了以の記憶を戻すためにここに来たんだ。早くしてくれ!」

「う~ん、夕貴。言いにくいことだが、」

「なんだ」

「今日の仕事はキャンセルだ」

 

トールはにっこりと夕貴に笑いかけた。


「そういう事は早く言え!!」


きっとわざとだぞ。

夕貴が焦っている所を見たかったんじゃないだろうか、この人は?


こういう人をかき回すことを娯楽にする神経も喜多に似ている。

夕貴のように、俺も喜多の犠牲になったことが多々あった。


けど、俺はアメリカで単位をスキップして研究所の一員として仕事をするほどの頭脳の持ち主の喜多が、俺にかまう時だけ同じ17才の顔をしていたから妙にうれしかったんだが。


夕貴は面白そうじゃないな。

じっと、トールを見た。

声が少し違う。

喜多は低い声だ。

トールは少しキイが高い。

だけど、似ている所が多い。

俺の知っている喜多は、俺より少し低いくらいで175㎝。

トールは、ちょっと高くて、188・9ぐらいだろうか。


手は、繊細な細さをしているところが似ている。

喜多は男にしては細いが、かといってがりがりというわけではなく、程々に肉はついていた。


トールも同じような体型だ。

喜多の髪は、小さいころは真っ黒だったが、渡米してからは向こうの水のせいで、色が抜けて赤っぽくなっていた。


トールの髪も同じような色だ。


「ねえ? 僕の話を聞いている? 了以」

「え? あ、悪い。聞いてない」

「あのね、無駄だとは思うけど、昨日までの記憶を見せてもらっていいかい?」

「記憶を見せる?」

「うん。この椅子に座って、両手をここに付けると、パソコン上に君の記憶が映像になって現れる」

「それって、プライバシーの侵害じゃないのか?」

「おや、難しい言葉を知っているね。その通りだよ。だから良いかいって聞いてるの」

「う~ん、少し嫌かも」

「嫌って言ってる場合か? お前は記憶喪失なんだぞ!」

 

夕貴が眉間にしわを寄せて詰め寄る。


「違う!俺はちゃんと記憶を持ってる! 夕貴とトールと、ここの世界を知らないだけだ」

「昨日まで、一緒に仕事をしてきたんだぞ! 知らないって言うんなら立派な記憶喪失だろうが!」

「俺が、ここで仕事をしてたって言う証拠があるのか! お前達がうそを言ってる可能性だってあるだろ!」

「そう思うなら尚更、記憶をたどってみるべきだろうが! それとも、見て真実を知るのが恐いのか!」

「なんだと!」 

「まあ、まあ。ちょっと落ち着いて、二人とも。こういうのはどうだろう。

了以が、まず一人で記憶を見てみる。

そして、僕らに見せてもいいと判断したら呼んでくれ。僕らは隣りの部屋にいるから。

このパソコンは、なんのキイ操作も要らない。手を置いたら始まるようになっているから一人で出来るよ」

「・・・それだったら、いいよ」


夕貴と違ってやさしく、諭すような声。

喜多が大人になったらこんな感じになるのかな。

いや、もっとクールだろうか。


大丈夫だよと言って、俺の肩を軽く叩き、トールが夕貴を連れて出ていった。

俺はやっぱり夕貴の言うとおり、恐いんだろうか。

直ぐには手を置くことが、出来なかった。

昨日の俺は俺が思っているような自分じゃなかったら?

夕貴のパートナーとしての俺しかいなかったら?

喜多なんていないことになるんじゃないか?

そうしたら、俺は気が狂っているかなんかで、夢の出来事をさもあった様に話しているだけ?

それって、病気だよな・・・。


「くそ! ぐじぐじ悩むな!!」


意を決して、両手をパソコンのキイボード横の手形がある両端に置く。

同時に画面が立ち上がった。

緑だ。

画面一面、緑の一色。


「五月山?」


そこは、新緑が眩しい五月山の頂上。


「!!!喜多! 喜多がいる」


見ながら、思い出していた。

そうだ、5月のゴールデンウィークが過ぎてから、喜多がアメリカから帰省してきた。

その時に五月山で落ち会った。


珍しく、喜多の方から頂上の電波塔に行こうと誘われたんだ。

そしてそこで俺は、喜多に俺の病気のことを話した。

話して、それから、それから。


「何か、重要なことを言われたような」


喜多と自分が確かに画面のなかにいて、何か話しているのに、その会話の中身は全く思い出せなかった。


画面が真っ暗になった。

これ以上は、機械でもたどれないというわけだろうか。


これは、昨日の俺を映すんだとトールが言った。

今見た事が本当なら、昨日の俺は五月山で喜多と会っていた。


それは、俺が夕貴の相棒ではないと言うことだ。

そして、俺がこの世界の住人ではないという事実だろう。


画面に映ったのは夕貴が言っていた俺ではなく、やっぱり俺が知っている俺しかいなかい。


でも、夕貴がうそを言っているとも思えなかった。

うそを言っているなら、わざわざこんな機械を使わせたりしないはず。


それでは、この世界はいったいなんだ?

俺は、もしかして、もう死んでいるんだろうか。

ここは死後の世界か?

それなら、つじつまが合うんじゃないか?

家が、空に浮かんでいるし。地球は水浸し。


バイクも、バスも空を飛ぶ。

そのうち、神様って奴が出てきて、詳細を教えてくれるんだろうか。




「おい、了以。どうしたんだ? 了以?」


肩を激しく揺さ振られた。


「どうしたって、なんだよ。」

「だって、お前泣いてるじゃないか」


言われて初めて気づいた。俺は恥ずかしいことに、ぼたぼたの涙を流していた。

思い出したんだ。心臓に欠陥があって、後半年しか生きられないと医者に言われたことも。


「ば!ばか、見るな! 来るな!まだ呼んでないぞ!」

「もう画面がアウトしてるだろ。」

「あ? ああ。すぐ切れちまった」

「そうか、それで?」


それでと自信満々に聞かれて、口篭もる。


「了以?」

「俺は、俺はやっぱり夕貴とは無関係だって事がはっきりしたよ」

「なんだって?」


夕貴の目が険しい表情になる。

ほんの数時間前に会ったばかりだが、バスの上に落ちた俺を探してくれて、五月山に連れていってくれた。

ちょっと、冷たいそぶりが得意だけど、側にいていやだと言うわけでもない。

でも、事実は事実だ。


「俺は、夕貴の相棒じゃない」


夕貴は、俺の首もとのシャツをつかみ、ひねった。


「お前は、俺の相棒だ!」

「まあ、夕貴よせよ。手を放せって、了以の首が絞まってしまうだろ」


トールがそっと夕貴の手を掴み、俺から放した。


「了以。よければ、さっきの映像を見せて欲しい。そうすれば、俺達も納得できると思うんだ。その上でこれからのことを話さないか?」


俺は夕貴を見た。

夕貴は何も言わなかったが、それが一番いいに違いない。


「ああ、いいよ」


もう一度、手を置くのかとおもったが、一度出した画面は自動的に残される仕組みだったらしい。


それなら、黙って俺がいない所で見ればいいのに、あくまでも俺の意志を尊重してくれる二人。

俺達はお互いがうそをついてない?


これはどういうことだろう?


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