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「昨夜、部屋に入って休もうとしたら、部屋のパソコンのメールボックスに、差出人不明のメールが入っていた。いたずらだと思って、ウィルスの可能性を調べたがそうじゃなかった。それで、どこから出されたのか調べてみた。時間はかかったが、お前の部屋から出されたものだという事が分かった」

「俺は、あのパソコンの使い方なんか知らない」

「ああ、多分、出したのは直樹だ」

「それにはなんて?」

「喜多博士のあらゆるデータだ。生年月日、親、兄弟、出身。いなくなる直前までの行動。行方不明になったころの周囲の変化。本当にすごい量のデータだった」

「俺のことも、その中にあったのか」

「お前と喜多博士が義兄弟だということ。お前が、心臓に重大な疾患をもっていたということ。喜多博士の研究が臓器培養と人体冷却装置であったこと。その、研究の資料が博士の不明後、すべて消えてしまって、今だ発見されていないこと」

「その資料が直樹が必要としたものか。それがあったら、直樹の研究は成功するんだな」

「喜多博士の研究は個人のものではなく、世界的に優れた研究者が団体で取り組んでいたものだ。そして、博士の行方が分からなくなる1年前に冷却装置本体の実験は成功してるんだ。後は冷却後、それを安全に開けて再度中の人を再生させる方法を、完璧なものにする研究がなされていた。喜多博士はその第一人者だった」

「喜多は、完成させたのか? その再生法を」

「そうらしいな。もっとも、研究資料を全部もって、博士は消えた。その後は、何人もの科学者が研究を重ねたが、その方法はいまもって、不完全なものしかない」

「どのくらい不完全なんだ」

「5割だ」

「半分しか、可能性がないのか」

「完璧になるまで、目ざめを待つカプセルが世界中に今、約100万体ある」

「俺は、成功した例な訳か」

「そうだ。だがお前の場合は100%の割合で成功したんだ」

「喜多が、直接俺を目覚めさせたからだ」

「俺が、お前を五月山の海中で見つけた」

「五月山の海中? 上は近づけないのに海中ならいいのか?」

「誰でもがいけるというものではない。俺は3年前まで、D4の周辺海域を調査する仕事をしていた。政府の下請け業だ。3年前の7月。五月山周辺海域の自然調査を任された。

そのころ、よく、その周辺で地殻変動が起きていたから、その原因究明を突き止めるためだった。しかし、五月山は放射能汚染がひどく、防護シートを張ってはいたが、生身の体で海中に入ることは危険とされていた。俺は、その頃開発されたばかりの人により近い性能をもつアンドロイドを使って、海中調査をした。それが、今、家にいるTYPEⅡだ」

「真里か」

「ああ、あれは優秀すぎた。俺が潜っていたらきっと見つけられないだろう、海底地形の変化を見つけたんだ」

「真里が、海底から送ってきたある2メートル四方の地形のパルスを、以前に採ったデータと比較すると、海底下1メートル程の形が変わっていた。その変化は、自然に出来た変化ではなかった。なにか、2m弱ぐらいの楕円形の物体が埋まっているような形だった。1mなら、小型の海中用シャベルで掘れる。俺は、真里にそれを持たせて、海底の土を掘らせた。そして、真里の目を通して、その様子を船上のパソコンで見ていた。5分もかからなかった、と思う」


そこで、夕貴は俺をじっと見た。


「俺は、それを見た時の戦慄を今でも、忘れない」

「俺が、いたのか?」

「当時、世界中で話題になっていた人体冷却装置が2体、そこに横たわっていた」

「2つ?」

「2体は、離れない様に並列に繋いであった。右の方の1体には日本語で、先に開けるように指示が書いてあるプレート板がはめ込まれていた。装置の解除コードがあったから、簡単に開けられる。もう一体には何も書いてなかった」

「待ってくれ、ちょっと待って。それは、それじゃ、もしかして、それに入っていたのは」

「そうだ。喜多博士だ」

「やっぱり、」

「だが、彼は俺にうそをついた。自分はトールという名前の科学者で、もう一つのカプセルに入っている人物には、全く見覚えがないと。調べると、カプセルには何の表示もないし、解除コードもわからない。とにかく、そのカプセルはほうっておけないし、D4はいまだ解除コードの最初の一文字さえ解明できてない状態だった。持っていっても、専用の収容施設に入れられるだけだ。トールは、自分ならコードの解明が出来るかもしれないといった。俺は、当時D4に住んでいて、外出許可をとった時に別荘代わりに使っていたこの家に、カプセルを運び込んだんだ。トールは最初はこの家に真里と、住んでいたんだ」

「俺はすぐには出してもらえなかったんだな」

「ああ3年かかった。だからトールはお前より3つ、年を取った」

「解除コードを忘れていたわけじゃないんだろ。その、3年間のおかげで俺は生き返れたんだな」

「そうだ。俺は医者じゃないから、詳しくは分からない。トールに研究する場所を提供しただけだ。だから、どういう風にお前の心臓を治したのかはしらない。だが3年後のある日、1ヶ月ぶりに外出許可をもらって、ここに来ると、ダイニングルームで真里のつくった料理を上手そうに食べていたお前がいた。本当に、すごい食欲だった。お前の前には、ぐったりとした表情でテーブルに突っ伏したトールがいた」


『やったな、ついにコードが分かったんだな』


顔を上げたトールは複雑な顔をしていたよ。


『ああ。だが、気になることが一つあるんだ』

『何だ?』

『自分の名前は了以だという事しか、覚えてないらしい』

『そうか。しばらくしたら戻るって事はないのか?』


トールは力なく、首を横に振った。


『開ける時に酸素の供給が少なかったらしい。そのための記憶障害だろう』

『そう責任を感じるな。そもそも、お前がいなかったら開けることさえ出来なかったんだ』

『夕貴、頼みがある』

『うん?』

『俺は、これを幸運だと思うことにした。俺や了以はいわば、タイムカプセルで未来の世界に来たようなものだ。この世界には親や兄弟もいない。科学的なことしか興味がない俺だって、お前がいなかったら、相当参っていたと思う。了以には過去を思い出してもきっといいことはないと思うんだ。それより、最初から、この時代に生まれたんだと思わせることが一番だろう』

『どうするつもりだ?』

『俺が、会社を作る。俺と一緒に仕事をはじめないか?了以も、そこの従業員で俺達と一緒に働いていたことにしたいんだ』


「俺は二つ返事で承諾した。D4から出たかったからだ。ドームの人間はすべて、そのドームが経営する仕事をする。個人経営の会社に所属することは、ドームを出る事が可能に成るということだ。トールは実に簡単に会社を作った。優れた頭脳で、D4内のあらゆるトラブルのサポート的な仕事を請け負う会社だ。どこから、探してくるのか、網羅や美加のような使える人物をあっという間に集めた。そして、カムツーという事務所が出来るのに、そう時間はかからなかった」

「俺も、ちゃんと働いていたのか?」

「ああ、お前と俺は最強のコンビだった。お前はスピード狂でね、よく、MOをコントロールしてはD4から逃げる不法侵入者を捕まえていた。体を動かすことが好きだったんだな。いつも、動き回っていた」

「俺は、陸上選手だった。走ったり、飛んだりするのが好きだった。走る時に風が体に当たるのはそりゃ、気持ちよかった。でも、心臓に欠陥があることが分かってから、走ることを止めさせられた。治るんなら、我慢したさ。でも、あと半年も生きられないと分かっても走れなくて。いっそ、思いっきり走って死ねたらと思ったよ。何度も」

「トールは、お前が、元気に走り回って仕事をしている姿をみて、幸せだったんだ」

「夕貴、トールはどこに行った?」

「言えない」

「どうして!」

「網羅がスパイだった。」

「え? スパイ?」

「そう、喜多博士の行方を調べていた一人だ。雇い主は、D4の科学庁。直樹の所属先だ」

「直樹と組んでたのか?」

「冗談じゃない! あんな奴等と僕を一緒にするな!!」


階段から、直樹があらわれた。


「直樹」

「喜多博士はどこだ?」

「教えられない」

「あんた、喜多博士がいなくなって、どんなに大変なことが起こるのか分かってるのか?」

「何も、起こらない」

「何を言ってるんだよ! 今ごろ、カムツーに長官みずから行ってるぞ。その内ここにも来て、了以を連れて行かれたらどうするんだよ!」

「って、お前だって、俺のこと監禁して調べようとしただろ! なにが、一緒にするなだよ」

「僕が、調べようとしたのは、カプセルの人間が再起動した時の副作用だ。あんたを監禁して、どうにかしようなんて思ったこともない」

「うそをつけ!」

「うそじゃない。了以! 早く逃げてよ! 長官は地下のカプセルをすべて開けたがってるんだ! その鍵を握る人物がトールと貴方だって気づいたんだよ!」

「お前が俺と喜多のことを調べたからだろう」

「ちがう! 僕は、ずっと秘密に調べていたんだ。それを、網羅が、地下道から侵入してシークレットファイルを持っていってしまったんだ。僕は、僕の目的は、最初からカプセルを開けさせないことにあったんだから!」

「開けさせないこと? 開けるためにの間違いだろ?」

「ちがう! 僕の母親の遺言は、カプセルの未開封だったんだ。母は、開封された時の人体の欠陥に気づいた。でも、それを全ドーム会議で発表する前に死んだ。僕の真の研究課題は、カプセル人間の欠陥指摘だったんだ。でも、D4の中枢の考えは、僕とは反対だった。あの人たちは、中の人間のことなんてどうでもいいんだ。ただ、あのカプセルを空にして、自分達が入りたいだけだ」

「どうして?」

「病んでるんだよ、心が。今のままが満足できなくて、少しでも、条件のいい時代に生まれ変わることが願いっていう、さもしい心の持ち主の集団だ!」


直樹の表情は険しい。

直樹の言うことが本当だとしたら?


「喜多博士はすべてのカプセル解除コードを解読できる唯一の科学者で、そのカプセルの作動の仕方も知ってる。連中にとっては神様のような存在に見えるんだろう」

「そこまで、分かってるんなら、喜多博士の居場所を教えてよ! 彼なら、全世界にむけて、カプセルを開けると、中の人間がどんな副作用を持つか発表できるだろ」

「無理だ」

「なんで!」

「彼は、誰の力にもなれない」

「どうして!」

「喜多博士は存在しないからだ」

「そりゃ、彼は、21世紀の人間だから、ここでは登録だってされてないけど、今は、そんな事を言ってる場合じゃないだろ」


直樹はそう解釈した。

でも、俺は、胸騒ぎがした。

夕貴の言っている意味はそういう事ではないような気がした。


「夕貴、喜多はトールなんだろ?」


本当に喜多は生きているんだろう?

と聞きたかった。でも、はっきりと言われるのがいやで、恐くて、それを聞くのがやっとだった。

夕貴はすぐには答えなかった。

それは、俺にショックを与えないような言い方を考えているかのように思えた。

やがて、ゆっくりとした口調で、幼子に諭すように俺に向かってこう言った。


「了以。トールは、喜多博士であってそうでないんだ」

「あんた! 今更ごまかすのかよ!」


直樹が夕貴に詰め寄っているのが、視界に入る。

俺は、一歩も動けない。

俺は確信した。

カプセルから目覚めた人間は、以前と同じ人間ではない。

それが、欠陥と呼ばれるものだとしたら?

俺の目覚めの代償は、多分、アレルギーだ。

カフェインアレルギー。

そして、それなら、喜多の目覚めの代償は?


「了以、ここにいたって、喜多博士の居場所は分からないよ。僕と一緒に来てよ!」

「よせ、了以は動かない方がいい」

「なんだよ! ここにいた方が危ないだろ! 喜多博士と同じように、了以だって狙われてるんだ。だって、カプセルから出られたたった二人のうちの一人なんだぞ」

「喜多博士が見つからない以上、了以がカプセルから出た一人だという証拠はない。ここにいるのが、一番安全だ」

「喜多博士は逃げられない!今ごろ、D4からの要請で、全ドームの政府機関が動いてるんだ。どこに逃げたって、だめだ。もう、自分で出てくるしか道はないよ。全世界の人の前で、カプセルの非開封を呼びかけるしかないんだ」


夕貴は困った子だというような顔で、直樹を見た。それが、直樹を刺激したらしい。


「あんたには何を言っても無駄だね。俺が、喜多博士を探す。了以! 一緒に来て」

「俺は」

「了以は、喜多博士に会いたいんだろ。先に、博士を見つけないと、どんな目にあわされるか!連中は普通じゃない。自分達が生きたいがために、俺の母親を殺すぐらいなんだぞ!」

「でも、喜多は…」

「ああ、もう! 無理にでも、来てもらうぞ!」

「!」


直樹の手に鋭い切っ先の果物ナイフがあった。朝食のテーブルの上にあったものと同じもの。そのナイフは俺の方に向いていた。


「直樹、やめろ。了以を傷つけるのは俺が許さない」

「はん、喜多博士にいわれるのなら分かるけどね。あんたは、いったい了以の何だってんだ。相棒を気取ってるけど、2年間、一緒に暮らしたことをすっかり忘れられているぐらい、薄っぺらい関係なんだろ!」

「直樹!」

「き~!!

あんたね!

あたしの起動システムをのっとったのは!

おかげで、スリープしちゃったじゃないのよ!

そのナイフは、あたしの調理のコレクショングッズの中でもピカ一のものなのよ!

さっさと返しなさい!」


すごい勢いで、真理が階段を降りてきた。


「くそっ!思ったより、TYPUⅡはシステムの立ち直りが早かったか。いくよ、了以!」


横腹にナイフの切っ先を感じながら、直樹に引きずられるようにMOに乗せられた。

後ろに直樹が乗った。


「僕が、解除と始動の仕方を教える。言う通りにキーを押して」


直樹の言う通りにMOのハンドル中央のアルファベットのキーを押す。

MOが、フワッと浮いた。


「どこに行くんだ?」

「とりあえず、ここから出て。その後行き先を言うから。あ、メットは捨てて、それを持っていくと、位置がばれるから。」

「夕貴、出口を開けろよ変なことを考えると、大事な了以に傷がつくよ」

「わかった」


夕貴が出口の操作版の所に行った。

すぐに、出口は開いた。


「了以はもう、帰ってこないよ。最後に何か言っといたら、夕貴」

「そうだな」


夕貴が、俺の方をまっすぐに向いた。


「了以。俺を許してくれ」

「夕貴?」

「さあ、もう、いいだろ。行こう」


夕貴は助けられなくて、ごめんと言う意味で言ったのだろうか?

聞きたかったが、MOはすごいスピードで出た。

振り向いた時にはもう、夕貴の家は遥か遠くの一点でしかなかった。


「どこに行くつもりだ?」

「D4だよ。博士がいる可能性が高いのは、あそこしかない」

「あそこ?」

「了以と昨日行っただろ。喜多博士と了以の家だよ。博物館」

「そんな所は、とっくに調べられているだろう?」

「ああ、今朝、網羅の報告後すぐにだったと思う。だから、その後は調べてないだろ。調べたところが一番安全だろうからね。」

「お前って、頭いいな」

「あのね。仮にも、僕は喜多博士と同じ研究をする人間だよ」

「ああ、そうか。でも、喜多の同じ年齢の時より、ずっと子供っぽいな。お前は」

「悪かったね。」

「いや、誉めてるつもりだよ。もう、女装はしないのか?」

「悪かったよ、騙して。でも、直海っていう人格がなかったら、僕は正常ではいられなかった。ずっと、D4で研究だけしていたら、政府に利用されてカプセルを開封してしまっていたかもしれない。直海は、俺にとって、人間らしい生き方をするために必要だったんだ」

「育ての親は、知らないのか?」

「ああ、育ての親といっても、二人とも忙しい仕事を持つ身だからね。二人が家にいる時だけ俺も家に帰っていた。それが、可能なところに養子入りしたんだ」

「そうか」

「あ、D4が見えてきたね。了以、東門の先、100mほどの所に止めて」


言われた通りに止める。

もう、直樹の手にナイフはなかった。


「こんな所に下りて、どうするんだ?」

「ここはね、外からは開かないけど、中からは開く、非常用の扉があるんだ」

「外から開かないなら、入れないだろ」


直樹は左手の中指にはめていた細いリングを取り出して、壁に向かった。

のっぺりと何もない壁だが、その壁のある一点の窪みにそれを埋め込んだ。


壁が、動いた。

スライド式に開いた。案外薄い壁だった。


「ずっと前に細工してたんだよ」

「簡単に出来るんだな」

「簡単じゃないよ。細工に10分もかかった」


10分もねえ。天才の言うことは違う。

そこから入ると、すぐに近くの地下道に入った。


「本当は家に行くには上を通った方が早いけど、地下にダミーをばらまいて、万が一に備えよう」


今度は内ポケットから小さい、ビー玉ぐらいの丸い金属を数個取り出して、下に置いた。

置かれたそれらは、たちまちそこいら中に散乱して、散って行ってしまった。


「あれは、ひとつひとつが違う種類の電波に引かれるように作っているから、それぞれが好きな方向に行くんだ。これで、しばらくは僕たちがここに入ったとばれたとしても、時間は稼げる。さあ、行こう」


地下道は直樹の作ったものとは違い、広くて、明るい。

地下鉄の繁華街のような煉瓦作りだった。


「了以。ここから、上にあがったら、もうすぐだ」


直樹の言う通りに地上に出ると、あの煉瓦色のマンションが見えた。

マンションの出入り口に人がいないかどうか、確認した。


「やっぱり、ここにはもう誰もいないよ。入ろう」

「待て!」



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