12
見なければ良かった・・・。
筋肉隆隆の男が、うつ伏せになって、パンツ一丁で寝そべっていた。
これは見なかったことにしよう。
ケットを元に戻し、そーっとベッドから出ようと右足を一歩を踏み出した時、左足の足首をぐっと掴まれた。
「うわああっ!」
ひき蛙のような格好でベッド下に落ちた。
左足だけは捕まれたままである。
「おはようも言わずに行くのか? 冷たいなぁ」
左足の甲に生暖かくざらついたものがあたった。
見たくないが、顔だけひねって、足を見た。
やっぱり、俺の足を舐めている。
「俺はおいしくないぞ!」
「そうか、良い味してるけどな。朝飯の代わりに、食べてもいいか?」
「ぬかせ! いい加減に足をはなせ」
「昨日は、モテモテだったようだな」
「え?」
「お嬢ちゃんとのデートはよかったか?」
「っ最高だったよ!」
よせば良いのに、いい様にされている屈辱感が挑発するようなことを言ってしまう。
「そういう時は、俺も誘えよ」
「あんたは、直海の趣味じゃなかったらしいな」
「そうか、昨日の女はやっぱり直海だったんだな」
にやりと笑って、網羅が足を離す。
「あんた、それを知りたくて?」
「俺は、もうD4に帰らなくちゃな。また、次の仕事で会おうぜ了以。それまでには俺のことぐらいは思い出して置けよ」
「網羅!」
何を考えているか不安になって、呼び止めたら、
同時に机上の画面に真理が出た。
「了以、おはよう。あら、網羅もいたのね。部屋にいないから、もう帰ったと思っていたのよ。まあ、いいわ。朝食の用意が出来たわよ。二人とも早く顔を洗って降りていらっしゃい」
「夕貴は?」
「もう、降りて来ているわよ」
真理が、少し画面からずれると、ダイニングテーブルに座って、本を読んでいる夕貴の姿が見えた。
「ああ、レディ。俺はもう帰るよ。世話になったな。」
「そう、じゃあ、朝食はテイクアウトね。地下で待っていて」
「サンキュー」
画面がアウトする。
網羅が、じゃあなといって出ていった。
俺は、見事に手形が着いている足首をさすりながら、網羅がなぜ昨日の女が直海だということを確認したのかが、気になって仕方なかった。
夕貴は、網羅は俺に気があるんだといった。
しかし、網羅の行動はいつも何かが裏にある気がする。
昨夜の直海のように。
彼女は俺を騙した。
直海は直樹だった。
直海は直樹が作り出したもう一人の自分。
直樹として、俺を監禁した後、直海になって勇気の前に再び現われ俺を助けた。
俺は何で、直樹と直海が同一人物だと気づかなかったんだろう。
「直樹は、おそらく、ホルモン調整をしていたんだろう」
振り向くと、開いたままのドアをノックする仕草をした夕貴が立っていた。
「おはよう」
「おはよう。良く眠れたか」
「ああ、目覚めは悪かったけどね。夕貴、ホルモンのバランスって簡単に変えられるのか」
「さあ俺は医者じゃないからな。だが、トールが言うには錠剤一個で、半日ぐらいは見た目が変われるということだ。直樹はそれを使っていたんだろう」
「それは、いつ聞いた?」
「お前が、昨日カムツーで直海と話している時。俺とトールは直海の輪郭をデータにとって、直樹の輪郭のデータと比較した。二つは、一分の狂いもなく一致した。双子といえども、100%の一致は考えられない。つまり、二人は同一人物と考えるしかない」
「何で、それを俺にいわなかった?」
「直樹の目的を知る必要があったからだ。二人が同一人物だと分かっていたら、お前は昨夜、直海の誘いを受けなかっただろ。」
「それは、そうだけど」
なんか、符に落ちない。おとりとして使われただけなんだが。
「さあ、もういいだろう。話の続きがしたいんなら、まず朝食を食べてからだ。直ぐに降りてこないから、真里の機嫌が悪い。」
「わかった。じゃあ降りる」
「ん? お前、昨日の服のままじゃないか、着替えろ。」
「ああ、着替える気がしない」
「どうして? 疲れているからか」
「いや、なんか・・・」
いろいろと複雑で、喜多の服を見たくなかったからだ。
「俺のを貸してやる。待ってろ」
すぐに、白いTシャツとこげ茶のチノパンをもってきてくれた。
急いで着替えて、下に降りた。
真里の機嫌は俺が豪快に食べまくり、料理を誉めちぎった後ようやく直った。
食後にはコーヒーではなく、日本茶が出た。
「お茶にも、カフェインがあるんじゃなかった?」
「これはカフェインレス茶よ」
「覚えてないでしょうけど、あなたが夜眠れなくなるっていうから、わざわざD8まで買いに行っているのよ」
「そのD8にしかないの?」
「D8はこの世界の冷蔵庫だ。食べられるものはすべてここで生産される。」
「D8以外では、作れないのか?」
「作れないんじゃない。作る必要がないんだ」
「そんなに大きいドームなのか」
「いや、ドームの大きさはすべて同じだ」
「それじゃ、D4と同じ広さの土地で作るのか、ドームはいくつある?」
「人が住んでいるドームは全部で100個だ」
「それじゃ、D8だけの生産では間に合わないだろう?。」
「十分だ。D8は完全ハウス栽培だ。人工太陽で各ハウスごとに日照時間を制御してある。通常の生育時間の十倍の速さで食物が出来るんだ。つまり、収穫が毎日行われるという具合だ」
「なんか、すべてが機械じみていて味気ないな。じゃあ、このりんごもハウス栽培か。俺、そのハウス栽培してるところをみてみたいな」
「あら、似た者同士だから興味があるのね」
「似た者同士? どういう意味?」
「だって、了以もハウス生まれでしょう。しかも、頑丈なかぎ付き」
「真里!」
夕貴の声が遠い。
俺の瞳孔は大きく開いたままだろう。
ハウス生まれ。ハウスをカプセルだとすると?
俺は喜多の用意したカプセルに入っていた。
見つけたのは夕貴。
かぎ付きの冷却装置。鍵は開いてなかった。
開いてない状態だったんだ。開けることが出来るのは喜多だけ。
喜多が開けた。
俺は、喜多の手で目覚めた?
「了以! 真っ青だぞお前。そこのソファーに横になれ」
「いや、いい。おれ、ちょっと、」
心が急いて仕方ない。
早く行かなくては、行ってしまう。
行ってしまう。
喜多が、行ってしまう。
地下に転げるような勢いで下り、MOに飛び乗った。
メットをかぶってMOが作動するのを待つ。
『・・・』
インカムからはなにも聞こえない。
MOが動く様子もない。
「どうしたんだ! 動けよ! 何とか言ってくれMO!」
俺にはこれを、自由に動かしていた時の記憶がない。
なんてもどかしい!
思い出せ!
思い出せ!
自分の頭をバンバン叩く。
「よせ! 何をやっているんだ」
夕貴に頭を叩いていた手を取られる。
「思い出そうとしてるんだよ、こいつの作動の仕方を! だから、手を放してくれ」
「むだだ。たとえ思い出せたとしても、MOは動かない」
「なんで!お前がやったのか!」
「了以。・・・いや、俺には無理だ。MOは元々はトールが作ったトール専用のものだ。解除コードはトールしか知らない」
「トールがここに来たのか?」
「ここには来てない。昨日、カムツーの地下に入れた時にでも、解除コードをタイマー式で入れたんだろう」
唇をかんだ。鉄の味がした。
「了以」
呼びかける声はやさいしい。多分今までの中で一番。
「お前は、知ってたんだろう? トールが喜多だって事に」
夕貴は顔色一つ変えなかった。
やっぱり知ってたんだ。
「何で、隠していたんだ。俺は喜多に言いたいことが山ほどあったんだ!」
夕貴は一度、ふーっと長い息を吐くと、話し出した。