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第一話『新たな人生を歩む者』

 僕はある日死んだ。それはよくある話だ。交通事故。その経緯は死んだ僕にだって分からない。駅のホームで電車を待っていると、誰かに押されたのだ。不意を付いた事だから僕も対応出来ずに線路に落ち────そして、死んだ。


 死ぬのは一瞬だったよ。ああ、人間の命って儚いんだ。そう思ったよ。どうしてそんな事を思えるのか、だって?簡単な話さ。僕は今、死んでいる。だけど、死んでいないからさ(・・・・・・・・・)。正確には死んでいるのかもしれないが、自我があって意識がハッキリしているのだから死んではいないのだろう。


「気分はどうだい────少年。」


 目の前にいる幼い子供のような容姿をした、けれどとてつもない存在感を感じられるその何かは僕に声を掛けた。


「大丈夫ですけど。」


 僕がどうでも良さそうに答えると、子供は笑った。愉快そうに。何がそんなにおかしいのだろうか。


「君、面白いね!僕を見て、驚愕をしない人間なんて初めて見たよ!」


 それはどこか人間を小馬鹿にしていて、頭にきたが気にしないことにした。どうせ気にするだけ無駄だ。


「その判断は良いと思うね。────君は僕に楯突くべきじゃない。」


 最後の言葉だけが何と冷ややかに語られることか。感情が全て凍ってしまったようだった。何か前例があったのだろうか。それよりもこの子供は────僕の心を読んでいるのか?


「勿論、僕はそれだけの存在だからね。人間の心を読むことなど容易いものさ。まあ、僕が読もうとしない限りは、読めないけどね。でも君がようやく少しの焦りを見せてくれたから、心を読み続けることにするよ。その方が面白そうだし!」


 流石、と言ったところだろうか。この子供は身勝手だ。それも本当の子供がする身勝手とは異なる。強者、権力者の身勝手だ。それは何もかもが許される。それを知っていて、この子供は身勝手なのだ。


「安心していいよ。揶揄(からか)っただけだし。意外と君も冷静な判断をするんだね────。少し興醒めだよ。」


 またも冷ややかな発言。何故、そこまで面白さを求めるのか。感情を失うだけの何があるのか。僕は少し知りたくなった。


「そこは触れてはいけない、とは思わないのかい?僕は君の知識欲に少し引いているんだけどな。」


「勝手に心を読んでいるんだから、お互い様じゃないのか?」


 適当に方便を言って誤魔化す。勝手に心を読んでいるのは本当なのだが。辞めてほしいものだ。今、考えている事もあの満面の笑みの子供には全てが伝わっている。


「で、どうしたいんだ?」


 この場で心を読まれない方法は話を先に進めること。正確には話を逸らすことだ。これでこの話は終わるだろう。


「えぇー。もうちょっと君の心の事について話していたかったのになー。君の……好きな人とか?」


「早く、話を、進めろ。」


 冷静に答えたつもりだ。それが如何に感情的になっていようとも悪いのは目の前の子供一人だ。こんな奴に振り回されているのが僕としては気に食わないが、それでもそれだけの存在ではあるのだろう。話だけでも聞いておくとしよう。


「うん、それが良いよ。じゃあ、本題に移ろうか。」


 意外と諦めは良いようだった。相手に悪い印象を与えて話が続かなくなるのが嫌なのだろう。もしかするとここに一人でいるのは寂しいのかもしれないな。僕にとってはどうでも良いことだが。


「君は、死んだ。それは知っているよね。」


「あぁ。僕は死んだ。」


 確かに僕は死んだ。ホームから転落して、電車に撥ねられて肉塊へと変化したのだろう。電車は大いに遅れて、社会人、学生ともに恨まれただろうが。


「それに理由があるとしたら?」


「……あるのか?」


 少しだけ、だ。少しだけ興味があった。何故、僕が誰かに押されたのか。明らかに不審な押され方だったのだ。電車が来ている時にタイミングよく人に掌を当てて焦るものだろうか。故意的だったのだ。


「いや、無いよ?」


「…………。」


 いい加減腹が立ってきた。この子供をどうしたら気分が晴れるだろうか。どうせ死なないのだろうし。この姿も仮の姿なのだろう。


「当ったり~!さっきから思ってたけど、観察力があるよね。それもまあ、面白いかな。僕としては十分に満足だよ。」


「話を。」


「はいはい、分かったよ。……君は死んだ。それは紛れもない事実であって、覆る事は無い。死んだものはもう戻らないんだ。」


「……そんな事は知っている。」


 死んだら死体となり、それが再び動き出すことは無い。死体は死体であり、それはもうかつての姿とは異なるのだ。一生というものを終えた亡骸なのだ。


「いや、分かっていない。死んだらその死体に魂は残っていない。その存在が死んだ事で終わった(・・・・)じゃない。移った(・・・)んだ。別の生を受けてその魂は生き続ける。姿を変え続けて。」


「それは輪廻転生という事か?」


「君の世界ではそういうらしいね。宗教的な考え方もあるのだろうけど、生き返る魂も生き返らない魂もあるからね。一概に正しいとは言えない。君はその生き返る魂なのさ。」


 それは罪の重さで新たな生を受けるか、受けないかが変わるという事なのだろうか。


「君の世界の概念で語らないでくれ、こちらにはこちらの考え方があるのさ。それはどうでも良いんだ。僕が言っているのは、君は選ばれた。それだけさ。」


「……それで?」


 選ばれたから何だというのだ。僕はどうすれば良いのか。


「何も。君は導かれるがままに前世を忘れ、新たな生を受けるのさ。永遠に、ね。だが来世の事情が少々複雑でね。君には頼み事をしたいんだ。それによっては君に前世の記憶、そしてここで起きた事の記憶を残したまま行っても良いことにするよ。」


「その頼み……とは?」


 まともであることを祈りたい。無理難題を押し付けられるのならば、潔よく記憶を無くして来世に行くのみだ。選ばれたのならそれで良い。というよりも僕の前世からそれは決まっていただろうし、既に僕は選ばれているのだ。来世がある事は。


「相変わらずに気付くのが早いね。まあ、それは良いとして、頼み事は簡単さ。本を探して欲しいんだ。」


「どんな本だ?」


「形や見た目は君の世界にある本と変わらない。内容は見つければ分かる。だが、それを本だと気付ける者は次の世界でもそう限られている。極めて少数の人だけなんだ。」


 そんな本をどうやって探せと。無理にも程がある。本なんて見ただけで違いが分かるものか。そしてどれだけの本があると。


「あぁ、そうだね。確かに本は沢山あって区別がつかないだろう。だけど分かるよ。そんな本が素直に人の手にあると思う?」


「……そうか。何処かに隠されているという事か。」


「そういう事。だけどそれを教える事は出来ない。理由は簡単だ。まだ僕にも分かっていない。世界の全てを見れる訳じゃないからね。世界は広い。当然、見落としもあるという事さ。」


「万能は無い、か。」


 もう一度、そういう事だよ、と言った子供は少し黙った。それは何か考えているようだったが、何を考えているのかは皆目見当がつかなかった。初めてあった他人の感情が読める方がおかしいとは思う。


「どうして見つけたいんだ────と言っても答えないんだろうな。」


「生憎とね。僕はそこまで優しくない。所詮、自分の欲望には逆らえないんだよ。でも君がその本を所有するのであれば、僕は何も言わないよ。本は魂と共にある。」


 魂と共に……?呪いの一種か何かなのだろうか。地球には勿論、そんなものは無いから分からないが、それでも不可思議な現象である事は確かなのだ。


「その本は見つけ出しただけでは、本には取り憑かれないのか?」


「────無理だよ。」


 小さい声で、だがはっきりと言った。「無理だ」と。それが如何なる理由か聞こうとしたが、はぐらかされてしまった。潔く諦める。どうせ教えてはくれないのだろう。付け加えるように子供は言った。


「本は────欲望の塊だ。君もどうせ呑まれてしまうんだ。かつて(・・・)のように。」


「……過去にいるんだな?本に取り憑かれた者が。僕と同じように頼み事をされ、本を探した者が。」


 軽く溜息を付いた子供は「喋りすぎたみたいだ。」とそれ以上を話す事は無かった。結局、肝心な情報は分からずじまいだ。僕が生まれ変わってまずどうすれば良いのか。どうすれば見つかるのか。


「みつけようとしなくて良い。運命は数奇的なものだ。必ず君の元にその機会が訪れる。それに気付いて手に入れてくれれば良いんだ。でも────その彼らと同じようになりたくなければ、本を開かない事だ。それ使い手にとって希望にも絶望にも変わり得る。さて、新たな人生を楽しんでくれ。植村(うえむら)拓人(たくと)クン。」


 最後に子供は微笑んだ。それは遠くに行く子供を見送る親のようでもあった。これから何が起こるのだろうか、とそうした疑問が浮かぶが、不思議と不安は無かった。


 恐らく、何度も繰り返しているからだろう。輪廻転生という人生のサイクルを。

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