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ボニー&クライド

作者: YMMMMMY

CW最終課題です。


   『走馬灯』

 

通りは真っ暗だった。私たちの家以外ぜんぶ死んだみたいに静かだった。

プールに札束が散らかってプカプカ浮いているのを横目に、ソファでくつろぐのはなんていうか、ちょっとしたスリルを味わわせてくれそうだった。

「おい、つぶすなよ」かまわず手のひらを顔にはわせた。ヒマラヤみたにでこぼこしているのを手のひらの触覚が感じ取っていった。彼はうっとうしそうにしていた。

「こいつらは俺というちっぽけな存在を壊してやろうと必死なんだ。おい、つぶすなよ」そうして言うのが余計それをやめさせないってことを、そろそろ気づいた方がいいって百万回は思ったかな。

 こうして彼のニキビをつぶすかつぶさないかの、彼が怒るか怒らないかの、その瀬戸際のスリルが私の楽しみの一つだった。

「ねぇ、私ったらこの前ね、何をしてたと思う?わざと目隠しで綱を渡ったんだな。で、気づいたら空を歩いてたって、この話前にもしたかな?」彼は信じないけど、この話をするのはなんだか楽しかったな。

 貧乏ゆすりしながら彼が言った。「そろそろあいつらを黙らせないといかねぇよな、おい、つぶすなったら」彼はこういうときってまったく話を聞いてくれないんだよね。

 手のひらが山脈から離れて空をさすった。のそっと彼が立ち上がって、バカ騒ぎしてる連中の方に向かっていく。まったく、また天井の穴が増えたな。

 銃声が何発か響いて、怒号も続いて轟く。バカ騒ぎを始めるのはいつだって彼。で、それを終わらせちゃうのもいつも彼なんだよ。

「おい、おまえら俺たちがしなきゃならねぇってのはこんなバカ騒ぎだったのか。おい違うだろうがよ、なぁ?」

酒でへべれけになった連中にそんなことを言ったって効果があるとはちっとも思えないんだけど、それでも彼の号令はいつだって連中の酔いをきっちり醒ましてしまうんだよな。

「あぁ、そうだった。俺たちがしなきゃならねぇのは、そうだった。うん――そうだったな」

「そうだったよ、クライドこんなことしてる場合じゃなかったよ。なぁ?」まぁ、おおかたバカは酔いが醒めたってバカのママなんだよ。で、こうなったあとの流れもお決まりだったな。

 彼がフォードのキーをジャラジャラいわせてコートを羽織る。なんたって夜は寒いし、これから出かけるんだからね。玄関に行くまでの数歩、見上げた天井の星は瞬いて見えた気がしたな。

 

*     *     *


風がびゅうびゅう窓から入ってきては頬を叩く。こんなに寒いっていうのに窓が全開なのは彼が煙草をくわえているからだけれど、というのも彼に言わせれば伏流煙みたいな毒素は体によくないし、私に配慮しているんだって。そこまで気を使えるならそもそも吸わないってとこまで気が回ってもいいんじゃないかって、これも二百万回は思ったかな。で、私に言わせれば喫煙者の私にそれを気遣う必要はないってこと、それよりもこのびゅうびゅうとやかましい風をなんとかしてほしいってことのほうがよっぽど重要だったんだな。

 深夜から車を延々と走らせて、町に着く頃にはもう朝方だった。くだらない連中ABはバカ騒ぎで疲れ果てたのか後部座席で仲良くおねんねしていた。そのまま永遠に眠っていてもらえるとありがたいんだけどって、これはもう三百万回は思ったよ。

「おい起きろよ。着いたぞ。おい、起きろったら」彼の低い声で連中は飛び起きた。まったく彼の言うことにだけは素直に従うってところが連中の長所といえば長所なんだ。

「いつも通りにいくぞ。おい、おまえらわかってるよな?その寝ぼけた頭でしくじりやがったらただじゃおかねぇってことは、これまで四百万回は言ってきたよな」

「おう、わかってるぜ。わかってる――うん」

「あぁ、そうだよ。しくじりなんかしないよ。なぁ?」

 うんだ、なぁだ連中には言葉ってものがないんだ。それでも返事だけは達者なんだから呆れ果てちまうんだよ。

 それにしても今回のターゲットは銀行だなんて、前回の雑貨屋強盗からはとんだ飛躍だった。それでもいつもとやることはそんなに変わらないんだろうけど。とりわけまぬけ連中にもわかるような手はずにしていたんだろうね。私が車に残って、彼と連中が強盗に入る。戻ってきたら奪った金品を車にかつぎ込んであとは逃げて逃げて逃げる――それだけ。州境さえ越えてしまえば警察も手出しできないんだ。単純だけどこれが一番手っ取り早い。で、こういうのはちんたらしてたらよくないんだ。彼もそれをわかっていたから車を降りて準備していたわけだけど、ABはまだ夢見心地に二日酔いで冴えきってない様子だった。こんな連中を引き連れて銀行強盗だなんて彼も相当なスリラーだったよね。

「おい、起きろったら、しくじりやがったら容赦しねぇぞ。言うのはこれで四百万二回目になるよな……」彼はよくわからないところで几帳面で適当なんだ。

 やっとのことでABが車から降りていった。目だし帽を被ってジャンパーの内ポケットにはきっちり拳銃を詰め込んでいる。こういう自分自身を守ろうって時にはしっかりしちゃうんだからくだらない連中だよ、ほんと。

 で、船頭の彼というとくだらない連中とは対照的だった。目だし帽で顔を隠すどころか手にはおもいっきりショットガンを握っていたんだ。彼はこの世を心底嫌っていて、やりたいことってのはこんなくだらない世の中を壊してやることだっていうんだ。必死にこの世を破壊してやろうってことに心血を注いでいる。正面からこの世に向かっていくのに目だし帽だとか、拳銃をギリギリまで隠しておこうとか、そういうことは必要ないっていうんだな。やっぱりとことんスリラーだよね。

 私が車の中で一服している間にくだらない連中もようやく準備が整ったようで、いよいよ銀行に入っていこうってところだった。彼が先頭を切って歩いていき、その後に陰みたいに連中がついて行く。さっきも言ったけれど、私はいつも車の中で待機してるだけ。彼と連中が失敗せずに戻ってくるかどうか、ハラハラしながら待ってるっていうのも確かにスリリングなんだけど、そろそろ飽きてきちゃったんだよな。で、つまり私が言いたいのは、そんなくだらない連中よりも私を連れていってほしいなってこと。だって、こんなくだらない世の中で楽しさを求めたいなら、常にスリルを感じていなければならないんだってことは、誰だって知ってることだよね。私っていうのはそこんとこのブレーキが壊れちまってるってことが唯一の欠点なんだけど、それで後悔したことなんてないんだよ。目隠しで綱渡りをしていて、気づいたら空を歩いていたみたいな、そういうことが私には必要だったんだ。だから私はこのときのこともぜんぜん後悔なんかしてなかったな。

「ねぇ、待ってくれないかな」窓から顔を出して彼を呼び止めた。

「どうしたんだ。なにか問題でもあったのか?」彼は真剣な表情で言った。

「いいえ、特に問題ってわけでもないんだけど、わたしは目だし帽なんて被らないし、ジャンパーに銃を隠したりなんかしないんだってこと。で、つまり私が言いたいのは、――私を連れていってくれるなんておもしろいことにはなりそうにないかな?」

 彼の返事が来るよりも早く、くだらない連中がなにやら言いたそうにソワソワしだした。というのもいくらまぬけな彼らでも私に皮肉られたってことには気づいていたんだね。で、彼の女である私には言いたいことも言えずにソワソワしていたってことなんだ。やっぱりとことんくだらない連中だよね。

――しばらく続いた沈黙は彼が破った。

「わかった今回は俺とボニーの二人でやろう。おまえらは車に残っていてくれ。ボニー、しくじるんじゃねぇぞ」

「わかってる」

 できる限りの真剣な表情で言ったけれど、この先に待ち受けるスリルを考えるとすぐにでも踊りだしそうだったよ。

 まぬけ連中は納得いかなそうに口をもごつかせて車に乗り込んできた。まったく彼の言うことにだけはきっちり従うんだよな。

「まぁ、クライドがそういうならしかたねぇな。うん」

「あぁ、そうだよな。なぁ?」

 納得いかないという感じで車に乗り込んできた連中は、座った途端安心でもしたのか、さっきまでのソワソワした素振りも見せなくなってすっかり後部座席でくつろいでいる。くだらないよな、ほんと。でも、このときの私はそんなこと気にならないくらい最高に舞い上がってたんだ。なんたってこれから彼と二人できり銀行にデートしにいくんだって、考えただけでもスリリングだったよ。 

 私はさっそく後部座席に乗っけていた自動小銃を手にとって車から降りたんだ。何しろ朝だったし、銀行自体はまだ開店すらしてなかったんだよ。

 彼は連中に周囲を見張っているように伝え、銀行の方まで歩いていった。私も彼に並んで歩いた。銀行は覗いたところ開店準備中だった。ガラスの扉は閉まっていたけれど、彼がショットガンでぶっ飛ばせば関係なかったな。

 扉をぶち破ると案の定、銀行員たちはびっくりしてそれぞれ飛び跳ねたりしていたね。彼が続けて天井にショットガンをぶっ放した。電球が粉々になって悲鳴が聞こえた。無駄な行動のようにも思えるけど、こうすることで変な動きをするようなことがあったら、撃たれるんじゃないかっていう恐怖を植え付けてるんだよ。実際、銀行員たちは寄り添い合ったりしつつも誰一人としてぴくりとも動かなくなった。色んなポーズのマネキンが並んでるみたいでおもしろかったな。

「変なマネはするんじゃねぇぞ。言っておくが一人でも不振な動きをしやがったら全員殺すからな」 銀行強盗っていうのは強盗側が有利に思えるけど、正直言って銀行員全員に向かってこられたらひとたまりもないんだよ。でもこうやって一人が何かすればみんなが死ぬみたいなことになるともう誰だって何かしでかすのはやめとこうって気になるんだよな。

「おい、そこのお前この鞄にありったけの金を詰め込んで5分以内に戻ってこい――そうだな、時間内に戻ってこないのであればここにいる全員が死ぬことになるな」彼はくだらない嘘はつかないんだ。

 選ばれた不健康そうな男はよりいっそう顔を青くして震えていた。まったく、こういうときに素早く動けないような奴は何をやったてだめなんだよ。

「おい、はやく行かねぇと真っ先にお前の隣の女が死ぬことになるってことは分かってるんだろうな?」

 彼は男の横にいる女がその男にとって大切なんだってことを一見して気づいていたんだね。

男はもうほとんどうらなりになって金庫室に飛び込んでいった。確認も兼ねて付き添いは私が行くことになった。

男がせっせと鞄に金を詰め込んでいくのを睥睨しながら、私は彼の方を見ていたんだ。私は彼の危険な香りに誘われてここまできたんだってことを、再確認していたんだよ。

 男が金を詰め終わったので背中に銃口を突きつけながら金庫室を後にする。ゆっくりと彼の方に近づいていって鞄を手渡したそのときだったんだ。男が私を後ろから羽交い締めにしてきたんだ。正直言って驚いたよ。なんたってあの不健康そうな男にそんな勇気があったなんて微塵も想像していなかったんだもんな。でもこういう奴って勇気の出しどころをだいたいにして間違ってるんだよ。なんたって私が羽交い締めにされたその一コンマあとには、女は穴だらけになって死んでたんだ。男は何がどうなったのか正直わからないって顔をしていた。ほんとの話、傑作だったな。

男は羽交い締めにしていた私のことも忘れてその場にへたり込んでしまった。これだからまぬけなんだよ。それに比べて彼はくだらない嘘はつかないんだ。

 もう私たち以外誰もいなくなった場所を後にして私たちは車に乗り込んだ。くだらない連中は私たちをみて目を丸くしてたけど、鞄の中の大金を見たらそんなことも忘れて浮かれていた。

 また延々と車を走らせて州境を二つは超えたんだ。眠くなった私は車の後部座席で寝ころんで窓を見上げた。流れてはしゃぐような高速の光を薄目でみながら私は眠りに落ちたんだ。


*     *     *

 

 初めて彼とデートしたあの日からもう随分経って、私たちは何度もデートを重ねた。とってもスリリングな日々が続いていたんだ。すっかり世間にも目をつけられちゃって、あっちこっち逃げまくったな。で、今はルイジアナ州ビヤンヴィル群にまで来ていた。

 アーカディアは今にも雨が降り出しそうって空模様だった。降るか降らないかのその瀬戸際って感じだった。そのスリルは十分に楽しんだけれど、なんていうか私は太陽が大好きだったんだよ。だから曇りとか雨の日って嫌いだったな。

それに雨の日はデートに行かないってルールが彼の中にはあったんだ。しくじってアル・カポネみたいに捕まっちまうのはごめんなんだって。そんな感じに今日もアーカディアの行きつけのホテルで一日を過ごす予定だった。正直言ってつまらなかったな。

 そういえばAB以外にもくだらない連中は次々と仲間になったり入れ替わったりしたけれどみんな捕まるか死んでしまった。残ったのは私と彼だけ。これは正直言ってうれしかったな。彼には自分のためだけの太陽でいてほしかったんだ。

 仲間になった奴のほとんどは彼を畏怖していた。なんたって彼は嘘をつかないし、選択という行為に躊躇が伴わないんだ。

 でも私は彼を怖いだなんて思ったことなかったな。誰にも彼を渡しはしないって、永遠に焦がされていたいって本気で思っていたんだ。

 仲間がいなくなってからも私たちは相変わらずデートを楽しんだ。たくさん奪って、たくさん壊してやった。私は毎日がスリルで満たされていればそれでよかったんだよ。彼といれば退屈しないし、それが自分の生き方だったんだ。

 でも彼はどうやらそうでないらしかった。破壊という一点に執着していたんだ。で、何が言いたいのかっていうと、彼は銀行強盗とか人殺しとかそういうのじゃもう世界は壊せないんだってことに気づいていたんだ。結局自分はこの世界の不純物に過ぎないんだって風に思い始めていたんだな。

私はそういう彼が嫌いになりかけていた。壊せなくてもいい。彼にはずっと、そう、盲信的に飛び続けていてほしかったんだ。それって結構難しいんだってことは知ってはいるんだけどね。

「やっぱり今日もどこにも行くつもりはないのかな。私はどっちかっていうと、どっか行きたいんだけど」

「前にも言ったよな。雨の日は良くないんだ。俺はアル・カポネみたいになりたくないからな」

「そっか……」

 長い沈黙が流れたんだ。彼は雨の日にどっか行こうよ、なんて提案されちゃうと、途端に機嫌を損ねちゃうんだよ。さっきもいったけれど、私はそういう彼が嫌いだった。

「ねぇ、行こうよ。銀行じゃなくてもいいんだ。ねぇ、どこか、そうだ私が連れて行って」

「行かねぇっていってるだろ」彼は怒鳴った。正直言って、そういうのってまいっちまったね。

 その日、結局どこにも行かずじまいだった。でも私も反省してたんだ。彼には決して譲れないものがあって、それが彼の中での契約的な役割を果たしてるんだってことに気づいたんだよ。

 彼はベッドに寝転がっていた。窓の外では夜が暗く短く翳っていった。で、そういうのを見ていたらなんていうか自分でもよく分からないけど、とっても幸せな気持ちになったんだよ。もう今にも踊り出しそうなくらい彼が愛おしくてたまらなくなったんだ。

 私は彼が寝っ転がっていたベッドにジャンプした。で、そのまま彼の顔とか首とか、とにかくキスしまくったんだ。

「おい、一体なんなんだよ?」彼は困惑して顔を赤らめていた。正直言って、それはとってもかわいかったな。

 彼のシャツのボタンを一つずつ丁寧に外していった。彼はなされるがママにしていたんだ。彼の細い首、鎖骨、胸、ウエスト、その全部が愛おしくて気づいたら私たちはまたキスをしていた。結構長い時間してた気がするな。舌と舌を絡めて、歯の裏を舐めた。息が苦しかったな。

 唐突に彼は私の首筋に噛みついた。彼ってセックスする時はいつも首と鎖骨とか、とにかく噛みついてくるんだよ。私はそういう彼が好きだったな。彼につけられた歯形がスリリングな契約性を持ってるような、そんな気がしていたんだ。

 彼の顔に手をはわせる。そういえば、しばらくこれはしてなかったな。

「おい、つぶすなったら。これは俺がこの世の中を心底嫌っているっていうことの現れなんだ」そういうのが私にそれをやめさせないんだって、これで、かれこれ一千万回は思ったな。

 しばらく見つめ合って、私たちはおかしくなって笑ったんだ。

 共通していたのは、そう、この世界がクソつまらないってことだったんだ。彼はこんなご時世にもお金はたくさん持っていたし、酒も食べ物もたらふく飲んだり食べたりしていたけれど、そういうのって彼に言わせればぜんぶ毒素だってこと。出来損ないの怪物みたいだよな、ほんと。で、私はというと、この世界には圧倒的にスリルが足りないんだって思ってたことなんだよ。

 暖かい泥水みたいなベッドで、チョコレートみたいな甘い匂いがした。私は呼吸もままならないような沼に差し込んだ太陽に焦がされていたかったんだ。ただ、それだけ。

 

*     *     *


 今朝のアーカディアは嘘みたいに快晴だった。私は昨日のことはこの先一千万年は忘れないだろうなって思ってたな。

「ねぇ、今日はどこか行くの?」

「そうだな、行こう」

「どこへ行くの?」

「どこか遠いところへ行くんだ。誰も知らない、俺たちのことも知られてないところへ行くんだよ」

 窓から差し込む青とかオレンジの光が、彼のきれいな顔を照らしていた。彼の顔からニキビはすっかりなくなっていたんだ。

 どこへ行くにしても私たちは知られすぎていた。もうこの国には帰ってこないって、そう決めたんだ。誰も知らないところへ、言葉も通じないようなスリリングなところへ行こうってそう思った。考えただけでどきどきしちゃったね。

 彼はベッドに座って煙草をふかしながら、札束を数えていた。まぁ、数え切れないくらいの大金だったね。で、彼は何をしたのかというと窓からそれを全部捨てちゃったんだよ。バラバラになった札束は風にまかれて色んな方向に飛んでいった。彼ってときどきとっても魅力的だよな。

「さぁ、いこう、ボニー」

いつも通りフォードのキーをジャラジャラいわせて彼が言ったんだ。

 ホテルのチェックアウトを済ませて、車の後部座席に乗り込んだ。もうここに帰ってくるつもりはなかったんだな。札束を投げ捨てたのはエントランスとは反対側だったけれど、風に乗せられてこっちにまで飛んできていた。

ホテルの外は正直言って人だらけだった。なんていうか、その、こういうのってくだらないよな。

 彼はどこに行くのかも言わずに車を走らせた。私もどこへ向かってるのかなんて聞かなかった。ただ彼と一緒にいられれば、もうそれで満足だったんだ。こういう時間がいつか美しく変わると知っていたんだ。

 なんとなく車窓から外を眺めていた。人がたくさんいて、それぞれに人生があるなんてこと、よくわからないけれど面倒くさいよな。

窓の外を見ていると、突然に人々が私たちの車の方を見たんだ。正直言ってあんまり驚かなかったな。

 なんたってパトカーが四台後ろから追いかけてきていたんだよ。

彼はそれを知っていたかのような、気づかないような、とにかくそのまま車を走らせていた。

「ボニー、煙草に火をつけてくれないか」私はマッチを擦って火をつけてあげた。この時間が永遠に続けばいいなって本気で思ってたな。

「なぁボニー、海を見に行こう」

彼はブラークミンズに車を走らせていた。窓から丸い風が入ってきて頬を撫でていく。海に行ったら魚になりたいなって思っていたけれど、この風を感じられるなら鳥もいいなって思ったね。

 結構な時間車を走らせていたんだ。いつの間にかパトカーは見えなくなっていた。警察ってほとんど間抜けの集まりなんじゃないかな、ほんとの話。

 車の後部座席に寝っ転がって、半開きの窓から外を眺めた。窓の外はもうほとんど夕暮れになっていた。景色が凄い早さで過ぎ去っていって、それって私たちの人生みたいだったな。

「ねぇ、私、海に行ったときに黒い虹を見たんことがあるんだって、この話前にもしたっけ?」

 彼は煙草をふかしながら、窓の外を眺めていた。彼はこういう冗談はとことん通じないんだよな。

「海が見えてきたな、ボニー」彼が、とっても嬉しそうに笑いながら言った。彼ってときどき、とってもいじらいしいんだよね。

 ほどけそうでほどけない何かが、瞬間にパッと落ちる稲妻みたいな、そんな風に奇麗にほどけていく気がしたんだ。目が眩むほどまぶしい太陽に何もかも飲み込まれてしまうみたいな、そんなことばかりを私は考えていた。

 窓か眺める海は夕焼けに照らされて真っ赤に燃えてるみたいだった。太陽って、なんだかぜんぶを焦がし尽くして、何もかも無かったことにしちゃうような気がして私は好きだったな。

「着いたぞ、ボニー、さぁ降りよう。もうほとんどガスはなくなっちまった。」

「海に着いたの?」

「あぁ、着いたんだ。さぁ、はやく降りよう」

これから彼と浜辺でデートだなんて考えただけでもう踊り出していたな。

 私は浜辺までまるで子供みたいにはしゃぎながら駆けて行った。

砂を蹴って踊ったんだ。クルクル回る景色が美しく変わっていく。永遠じゃくてもいい。一瞬でも長くこの時間が続けばいいなって思ったな。視界を追いかける夕日が一本の線みたいになって、奇麗だった。私たちの人生もこの夕日みたいに繰り返しながら沈んでいくんだって気がした。

 気違いみたいに踊りまくって、疲れ果てた私は浜辺に倒れるように寝っ転がった。

なんてスリリングで楽しいんだろうって、この時ほどそれを感じたことは無かったな。

 私が踊り狂うのを見守っていた彼はゆっくり私の横に寝っ転がって、海に煙草を投げ捨てたんだ。

 そうして私たちは確かめ合うようにキスをした。煙草の味がしてちょっと苦かった。

もう本気でどこかへ行ってしまって、誰も知らないところで生きていくんだって、このとき確信した。

「ねぇ、見てクライド、黒い虹が見える」

 彼は無言で水平線に沈む夕日を眺めていた。彼ってこういうとき話を聞かないんだよ、ほんと。

「黒い虹ってのはアレのことか?」って彼がニヤリと笑って言った。正直言って驚いたな。彼がこういう話に返事をしてくれたのって初めてだったんだ。

「えぇ、そうなの」私は思わずクスっと笑ってしまったんだ。

 向こうの方で車の走る音が聞こえた。

 浜辺の向こうにパトカーが来ていたんだ。こんなところまで追いかけてくるなんてほんと、間抜けなんだよな。

「俺たちはどこへでもいけるよ。なぁ、そうだろう?」彼は本当に安らかな顔をして、煙草に火をつけた。向こうの方でパトカーから降りてきた警官が何か叫んでいた。くだらないよな、ほんと。

「ねぇ、走ろうよ。なんだか走りたいって気分なんだよ」風が髪の毛を通り抜けていった。  

なんていうか、鳥になりたかったんだよ。

私たちは何もかも投げ捨てるように走り出した。世界の方が私たちから離れていくみたいな、そんな気がしたな。きっと飛ぶってこんな気分なんだって思って、黒い虹たちを羨ましく思ったんだ。

 めちゃくちゃに銃声が響いて、気がついたら私たちは浜辺で寝っ転がっていたんだ。

 容赦ないよな、ほんと。彼の体から赤いのが漏れ出て、砂浜に染み込んでいくのが見えた。

 背中には波が寄せて、正直言って冷たかった。ゆっくり振り返って見た水平線には相変わらず黒い虹が架かってた。


*     *     *


 思えば走馬燈みたいな人生だった。

でもぜんぜん後悔なんてしてなかったな。もう戻れない、取り戻せないってわかっていたけれど、これが私たちの生き方だったんだ。

「俺たちはどこへでも行けるよ、なぁ、ボニー」彼はそう言ってコートのポケットからリボルバーを取り出したんだ。

「だから、ボニー、俺を連れて行ってくれないか」

正直言ってまいっちゃったよな。彼はいつも自分で始めて、自分で終わらせちゃうんだよ、まったく。

警官が向こうで何か叫んでいたけど、私にはもう彼の言葉以外、全然聞こえてなかった。            

彼が私にリボルバーを差し出した。震える手で私は受け取って彼の額にそれを突きつけたんだ。私たちはずっと、永遠に一緒だって本気で思った。

でも私が引き金を引くよりも早く、彼はもうここを去っていたんだ。いじわるだよな、ほんと。

 目からいっぱい涙が溢れてきた。波の音もだんだん聴こえなくなっていたな。

 彼に触れたいけど、もう体も動かないんだよ。

ほとんどかごの中から主人を見つめる鳥の気持ちになっていた。

体がフワリと軽くなって浮いていくような気がした。やっとこの世界とおさらばできるってことだったな。早く彼の元に行きたかったんだ。誰も知らない、誰にも知られてない世界に行きたかった。

顔をあげると長くて細い綱が崖の向こうまでかけてあって、向こう岸で彼が手を振っているのが見えた。私はワザと目隠しして綱を渡ったんだ。

慎重に、本当に慎重に渡ったんだよ。

で、気づいたら空を歩いてたんだって話、きっと彼は信じないだろうな。

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