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漆黒の夢の守護者

マジックバッグを使った流通網を作り上げたいと熱く語るジアンに気圧けおされていた相棒だったが一口お茶を口に含むと少し落ち着いたようだ。


「マジックバッグを使っての流通網自体は王都周辺じゃそれほど珍しいもんでもねぇが、正直かなり高価なものだしこんな辺境の更に端にある村々じゃあ……」


「たしかに一部の裕福な村は入れた素材の時間を止めて持ち運べるマジックバッグを持っているので、この街まで新鮮な肉や卵を運んでくる事も可能なのですがほとんどの村にはそんなものはありませんし、仮にあったとしても村の食料の保存用として大事に使われているので輸送手段として使う村は無いのが現状なのです」


「マジックバッグも安いもんじゃねぇからな。さらに大きな得物を入れるレベルの物となると田舎の村程度じゃあ外に持ち出すなんて考えられねぇわな」


「そういうこともあって今までこの地方の食材は干し肉のように腐らない加工を施された食材以外は猟をしたその土地でしか食べることができなかったのです。そこで私たちは考えました、村が用意できない流通

ルートを我々が用意し、この地方の食材を国中に広めようと」


 ジアンの目がきらきらしているが禿げたオッサンのそんな表情はキモイだけだぜ?


「なるほどな。食材を運ぶマジックバッグを含めた輸送手段をお前らが用意して王都へ運び売るわけだ。護衛を雇う分を考慮してもこれだけ美味い食材だ、王都のお貴族様にはかなりの高値で売れるだろう」


 俺はさらにクッキーを食う。止められない止まらないとはこの事だな。


「そのフチリ鳥の卵で作ったクッキーも王都で売り出す予定なんですよ」


「こりゃ大ヒット間違い無しだぜ」もぐもぐ。


「マジックバッグを使った流通ルートが完成すれば新鮮なフチリ鳥の卵が簡単に手に入るようになりますからね。この街に専用工場を作って出荷する予定です」


「王都で作ったほうがいいんじゃねぇの?」


「いえいえ、私の目的はこの街とその回りの地域を活性化させることでもあるのですよ。ここは私が生まれ育った場所でもありますし」


「へぇ、王都にやって来た商会なんざたいてい地元をながしろにする所ばかりだって話だったから意外だな」


「まぁ、生の卵をそのまま王都に運ぶよりここで加工して商品にしてから王都に運んだほうが経済的という理由もあるんですけどね」


「そりゃそうだな」


 俺はさらに残ったクッキーを口の中に流し込んでから真剣な表情に戻す。


「だがよマジックバッグを使っての流通網自体は王都周辺じゃそれほど珍しいもんでもねぇが、正直入る量からしたらこんな辺境から護衛付きで運ぶんじゃあ割に合わねぇんじゃねぇか?」


 たしかにマジックバッグを使った流通というのは便利だ。


 何しろ中に入れたものは余程のことがなければ腐りもしないし劣化もしない。


 ただ問題はその容量なのだ。


 実際出回っているマジックバッグでも最大容量は大型獣一匹を入れるのが限度である。


 商会として王都に店を構え、その上で流通させようとするなら、それ相応の数のマジックバッグが必要になるだろう。


 そしてそのコストたるや、とても地方の一商家が賄えるとは思えない。




「バールレイさんにはまだ紹介していませんでしたが私には一人息子がいましてね」


 突然の話題転換に少し戸惑う。


「息子? 娘一人じゃなかったのか」


「ええ、あの子の上に一人、我が商会の跡継ぎになる者がおります」


「そいつは父親似か?」


 たしかに我も同じことを心配したが今言うことではないだろう相棒。


「周りからは嫁に似ていると言われていましたがそれが何か? ああ、目元は私にそっくりだとおもいますよ」


「そうか、特に意味はないんだ。話を続けてくれ。話の流れからするとその息子とやらが今回の話のキーなんだろう?」


 何時もはボーっとしている相棒にしては珍しい頭のキレだ。


「はいその通りです。我が息子『ラミス』は現在辺境の古代文明遺跡を巡っておりまして……その、俗に言われる探索者をやっております」


『ほぅ、探索者とな』


 我は思わず声を上げてしまった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 探索者。


 それは古代遺物を専門に扱う探検家である。


 この世界にはかつて高度な文明が栄えていた。


 前述したようにマジックバッグに使われている魔法陣等もその失われた文明の時代に作り出されたものであり、今の時代ではその仕組すらまともに解明されては居ないブラックボックスだ。


 探索者達は世界中に残る古代文明の遺跡に潜り、その中に残った過去の叡智を探し求めることをなりわいにしているものたちの総称である。


 その探索者も未踏の地が減り、新たな叡智の発見が無くなるに連れどんどん数を減らし、今では冒険者が兼業として遺跡探索を行うのがほとんどであるがその成果は芳しくはない。




「探索者とは今時めずらしいじゃねぇか」


 相棒が感心したような声で言う。


「しかしよ、今の時代もうそこら中の遺跡はすべて掘り尽くされて何も出てこやしないって話だろ? だからこそ専業で探索者だけをやってる奴なんて余程の物好き位だって聞いてるぜ?」


「はははっ、そうかもしれませんね」


 ジアンが少し自嘲気味に嗤う。


「で? 見つけたのかい?」


 相棒が一瞬で空気を変えてジアンもその嗤いを止める。


「お察しのとおりです」


 そう言うとジアンは懐から一つの書類の束を取りだすと机の上に広げた。


『ほほう、これは……』


 書類の中に書かれていたものは一つの魔法陣。


「私の息子が発見した新型の魔法陣です」


 事案が指し示すそれは我の記憶にも無い物だった。


 似ているものといえば先程からずっと話題に上がっているマジックバッグの魔法陣だろうか。


「確かにマジックバッグの魔法陣に似ているが、こっちのほうが遥かに緻密だな」


 相棒は顎に当てていた手を離し、ジアンの方へ顔を上げる。


「んで、この魔法陣を使うとどうなるんだ?」


 事案がその言葉を受けて次の書類を開く。


『なるほどな』


「これはマジックバッグの設計図か?」


 その書類には大きめの箱の様な絵が書かれており、様々な所にサイズを表す数字が書かれている。


 バッグと言うより箱と言ったほうが正しいか。


「正確にはこの新しい魔法陣を使った完全新作の大型収納マジックケースです」


「ということはやっぱりさっきの魔法陣は?」


「ええ、先程の魔法陣はマジックバックの魔法陣の上位互換の魔法陣なんですよ」


『やはり上級魔法陣か』


 我もなかなかお目にかかったことがない上級魔法陣に興味がそそられる。


「んで、その上級魔法陣を見つけてきたのがオッサンの息子ってわけだな」


 相棒が我の言葉をそのまま引用してジアンに匙を向ける。


「上級魔法陣? ああ、これの事ですか」


「王都ではそう呼ばれていたからな」


「ええ、これはラミスが見つけてきたものです。何やら散々探索された後の遺跡で偶然にも未探索の部屋を見つけたようでしてね。そこでこの魔方陣が描かれた大型のケースの様なものを見つけたらしいんです

よ」


 探索され尽くした場所で新たな発見をするとは、よほど腕がいい探索者なのかもしくは類まれな幸運の持ち主なのか。


「つまりこれを使ってオッサンは王都との流通路を作るつもりか?」


「はい、これなら大量のマジックバッグを持ち歩く必要もありませんから流通に掛かる人数も減らせますし、何より運べる量が通常のマジックバッグに比べて20倍以上も入るのです」


「へぇ、そりゃすげぇな」


 先程見た設計図からすると、それほどの大きさもない収納ケースに大型獣で二十匹分もの物が入るというわけだ。


 流通革命などというレベルではない革新だろう。


「で、その技術は独占するつもりなのかい?」


 相棒が三白眼を細めていやらしい笑い顔を浮かべてそう問いかける。


 長い歴史の中、高度な技術の独占は後に碌な結果を産まない事は分かりきってはいるはずだ。


 この質問はジアンに対する彼なりの試金石なのかもな。



 しかし相棒の質問にジアンは少しも考える素振りも見せず即答した。


「この魔法陣については既に公開の準備を進めております」


「ほう、独占して利益を得ようとは思わないってか?」


 相棒は剣呑な表情を緩めジアンの言葉を待つ。


「ええ、この技術は世界を変える可能性を秘めています。それを私のような田舎の商人が独占してしまってはこの国にとって益はありませんでしょう?」


 ジアンはそう答えて相棒に笑顔を見せる。


「私の目的はあくまでこの地方を良くすることです。その為に国中の流通路が活性化するのは願ったり叶ったりですから」


 ジアンは夢見る男の目をして答えた。


 どうやら彼は自分の住む領内のみの活性化だけでなく国全体を活性化しようとしているようだ。


 なんという大きな夢を持つ男なのだろう。


 こんな辺境の街の一商人におさまる器ではない。


『この男、かなかな出来た商人ではないか』


 我の感心する声に相棒は「理想だけじゃ命を失うだけだ」とボソリとつぶやいて答えた。


 だが、その相棒の顔は嬉しそうな純粋な笑顔だった。


『そんな憎まれ口を叩いてる割には嬉しそうだな』


「ああ、俺はこんなオッサンみたいなやつは嫌いじゃない」


『そうか』


「だから、俺は決めたぜ」


『ふむ、お前が決めたことを我は邪魔はせぬよ。そういう契約だ』


 我が言葉を言い終わるのを待たずに相棒は椅子から立ち上がり片手をジアンに差し出す。


「オーケー、オッサンのやりたいことはわかった」


 ジアンは相棒の手を両手で包み込むように握手をするが、イマイチ状況が飲み込めないでいるようだ。


「ん? わかんねぇか?」


『お前は何時も言葉が足りん』


「しかたねぇな。今俺が手を差し出した意味は簡単だ」


 そう言って相棒は三白眼を少し細め何時もの意地の悪そうな笑みを口元に浮かべて告げる。




「俺がお前の夢を守ってやる」


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