ジアンの夢
「んじゃ案内よろしくお嬢ちゃん」
ラドクを見送った後、そのまま若いメイドに案内されて応接室に通された。
昨日の大広間と違ってこっちはいかにも商人が商談をするために用意された部屋といった感じで、装飾や調度品なども強く主張しない落ち着いた物になっている。
「ふぅ、昨日みたいなキラッキラしたパーティルームなんぞより俺にはこっちのほうが性に合ってるな」
メイドが部屋を出ていった途端に相棒がドッカとソファーに座り込みだらける。
『あのような立派な部屋はお主には猫に小判だからな。しかしこの部屋に置いてあるものも目立ちはしないが一級品ばかりではあるがな』
相棒は我の言葉にざっと部屋中に視線を巡らせるが、特に興味を引くような物は無かったらしく頭の後ろに手を組んで目を閉じた。
「芸術品じゃ腹はふくれねぇよ」
そうぼやく言葉を聞いていたかのように部屋のドアがノックされ、先程外に出ていったメイドの娘が何やら食べ物を載せた台車を転がしてやって来た。
「おお、何かいい匂いがするな」
先程までだらけきっていた相棒が急に起き上がり目をきらめかせている。
「この地方名産のお茶とお菓子を用意いたしましたのでお召し上がりください」
メイドはそう言うと相棒の前の机に盛ってきたお菓子の入った皿と空のカップを置いてから、そのカップに薄い黄色がかった茶を注いだ。
『ふむ、珍しい色合いの茶だな』
「なんだかいい香りじゃねぇか」
我らはメイドが用意してくれたこの地方名産のお茶とクッキーを食いながらジアンを待つことにする。
といっても食すのは相棒だけではあるが。
「このクッキーすげぇ美味ぇな」
傍らに立つメイドに満面の笑顔で感想を述べる相棒。
「このお茶も最初は初めて嗅ぐようなスッとするような香りで不思議に思ったけどよ、このクッキーを口に入れてから飲むとまた味わいが深まるのがすげぇな。この街の食い物は本当に『当たり』ばっかりだ」
「ありがとうございます」
メイドの娘が自分が褒められたかのように嬉しそうに少し頬を染め頭を下げる。
「そのクッキーはこの地方特産の大型鳥フチリの卵を使っておりますので、現状この地方以外だとまだ出回っていない商品なのです」
「おお、あのフチリ鳥ってやつか。昨日も肉を食ったけどアレも美味かったなぁ」
相棒は昨日の味を思い出したのか恍惚の表情を浮かべた。
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相棒は余程気に入ったのか、一気にクッキーを食べきりお茶を飲み干しメイドの娘にお茶の追加を頼んで、それもまた平らげておかわりを要求していた。
メイドの娘が部屋を出ていくのを見送った相棒は満足げな顔で自らの腹を撫でる。
「やっぱ甘い物は別腹だな」
『お主は何個も腹を持っているのだな』
「便利だろ?」
『我には必要のないものだからな』
「けっ、うまいものを楽しめないなんてお前は人生……? ペン生を損してるぜ」
『我はお主が美味いものを食って得た魔力をいただいておるから、それで十分だがな』
「寄生虫かよ」
『ほほう、言ったな小童。その寄生虫のおかげで今まで生きてこれたというのに』
相も変わらずそんな無駄話をしていると応接室の扉がノックされ、メイドの娘と共にラドクとジアンが入ってきた。
「バールレイ様、昨日はありがとうございます」
「こちらこそありがとよ、昨日の料理美味かったぜ。あと今食ってたクッキーも最高だった」
「そう言っていただけるとありがたいですな」
そう言いながらジアンが俺の前の椅子に座る。
「ところで本日は何用でございましょう」
「ラドクには話したんだが、俺は昨日の帰り道に暗殺者どもに襲撃されてよ」
「暗殺者ですと!」
ジアンが驚いて立ち上がろうとするのを手で制して相棒は話を続ける。
「まぁそいつらの事はどうでもいいんだわ。あんな奴ら何人かかって来ても問題ねぇ」
相棒は新しく入れてもらったお茶を一気に飲み干しもう一杯おかわりをメイドに要求した。
どれだけ飲めば気が済むのだろうか。
「そんなことよりもだ、先日の盗賊団とその暗殺者が繋がっているみたいでな」
「繋がっている?」
「正確には黒幕が何処かにいてあの盗賊団と暗殺者どもを雇ってアンタと俺を襲わせたってことだ」
ジアンがハッと息を呑む。
「盗賊団に依頼したヤツの依頼内容はアンタの命とその荷物の奪取だったそうだぜ。何か心当たりはあるか?」
その言葉にしばし目を伏せてジアンは考えを巡らせている様子だ。
ジアンが悩んでいる間に相棒はいつのまにやら運ばれてきていた追加のクッキーをさらに食いながらお茶を飲んでいた。
胃の中がクッキーとお茶でそろそろあふれるのではなかろうか?
我がそんな心配をしていると、中々考えが纏まらなさそうなジアンに相棒が一つ言葉を追加する。
「証文……って言ったか。ギルドの商人崩れがもしかしたらそれが目的なんじゃないかって言ってたが?」
「証文ですか、たしかにあの日は隣村の村長と漁師たちからフチリ鳥を含めた食材になる獣の独占取引について証文を交わした帰りでしたが」
「独占?」
「ええ、今度私達が王都へ進出する事はお話しましたよね?」
「ああ、聞いたな」
「その目玉となるのがこの地方独特の食材でして。その仕入先を確保するために私どもはここの所ずっとこの街の周りの村々を廻って契約を結んできたのです」
「たしかにここの飯はめちゃくちゃ美味かったからな。あれが王都で食べられるようになるんだったら、その店は大繁盛まちがいなしだろ」
「ありがとうございます。食材については今までは殆どギルドからの入荷のみしかございませんでした。特に生肉に関しては輸送手段の問題もありまして離れた村々からでは新鮮な状態での入荷は困難でして」
「そりゃ数日かけて運んでくる間に腐っちまうだろうからなぁ」
相棒はメイドにクッキーのおかわりを更に頼みながら相槌を打つ。
『この屋敷の在庫すべて食い尽くす気じゃないだろうな?』
我も流石に少し苦言を呈するが相棒はどこ吹く風で無視を決め込んだようで返事もしない。
そんな相棒の行動を気にもせずジアンは話を続ける。
やはりこの男も大物だなと少し感心する。
「バールレイさんはマジックバッグをご存知ですか?」」
「ああ、知ってるぜ。王都の魔法使いどもが副業で作ってるアレだろ?」
「そう、それです。あのマジックバッグは中に魔法で作られた空間を作り出すことで見かけ以上の収納能力を持つのですが、それ以上に重要なのは中に入れた物の状態を保つ事ができる機能なんです」
「あれは一体どういう仕組でそうなってるのか、作ってる当の魔法使い共ですらわからねぇらしいぜ。とっくの昔に滅びた古代文明が作った魔法陣を基礎にしてるらしいんだが」
「そうらしいですね、古代語で書かれた魔法陣の意味は未だによく解ってないのですが便利だということで使われていると聞きました。他にも色々な古代魔法や古代の遺物が残って使われているとも聞いていますが」
「よく判らねぇもんを使うのはあんまり気持ちのいいもんじゃねぇけど、このペンだって古代遺物の一つだからな」
相棒はそう言って我を取り出していつもの様にクルクル回す。
『……いつも言っているが、我で遊ぶでない』
「へいへい」
相棒は総返事をして我を懐へ仕舞い込む。
「で、そのマジックバッグがどうかしたのかい?」
「先程も言いました通り、この辺境の領地には豊富で良質な食べ物がたくさんあるのです」
ジアンは身を相棒の方へ乗り出すようにして語りだす。
「あ、ああ。それは昨日と今日で体感したよ」
「ですが、現状その素晴らしい『資源』をこの地では地産地消するしかない状況で、他領や王都へ輸出するためには完全に加工品にするしか手が無い状況でした」
ジアンは更にずいっと相棒の方に身を乗り出すと力強く相棒の目を見ながら言う。
「素晴らしい『資源』があるのに活かされない。そのせいでこの地方は貧しいままで国からも忘れられようとしている状況です。私はそれを変えたい!」
ぐっと両手を握りしめて立ち上がり熱弁するジアンに相棒も我も完全に引いていた。
「それでどうするつもりなんだ?」
相棒はジアンの熱弁に誘われるようにそう尋ねた。
そんな相棒を見つめジアンは自らの決意を込め、その問に返答した。
「私はマジックバッグを使った流通を作り上げてこの地の『資源』を各地へ広めたいのです!」
そう言って更に両手を力強く握りしめるジアンの瞳は夢を語る少年のように輝いていた。