放たれた刺客
出された料理をほぼ食い尽くした頃、大広間の扉が開いてメインディッシュとやらが運ばれてきた。
かなり大きな台車の上に、これまた大きな銀の蓋がかぶせられたまま運ばれてくるそれは、見た目だけでもかなりのインパクトを我らに与えた。
『流石に大きすぎではないか?』
ここまででも十二分に料理を食べまくっていた相棒にとって、この量はさすがに食べ切れるとは思えない。
「大丈夫、楽勝だ」
料理が運ばれてくるまでの間、いつもの様に我をクルクル弄びながらそんなことを言う相棒の目は期待で輝いている。
『ところで相棒、料理と一緒に部屋に入ってきたシェフに見覚えがあるのだが』
「ん? まてよ……あれはさっき出ていったエリンじゃねぇか?」
その料理とともに部屋に入ってきたのはシェフの服に着替えたエリンだった。
「何やってんだあいつ」
「ふふ、驚きましたか? 今日のメインディッシュは我が娘が調理した物なんですよ」
「大丈夫なのか?」
こんな商会のお嬢様が、花嫁修業レベルならいざしらず客をもてなすレベルのメインディッシュなんて作れるとは思えない。
相棒がそうして不安げにしているうちに、目の前まで料理を乗せたワゴンがやって来て停まった。
「本日のメインディッシュを担当させていただきましたエリンです」
「お、おぅ」
情けないことに呆気にとられたままの相棒は適当な返事を返すだけである。
そんな事を気にもせず、彼女は軽く会釈してからその料理にかぶせてあった蓋を開ける。
「すげぇ」
思わず相棒が感嘆の声を上げる。
その大きな皿の上には人の足と比べると倍はある大きさの動物の足をまるごと使った料理が鎮座していた。
こんがりと焼き上げられた表皮には薄っすらと照りが浮かび、ほのかに感じる甘い香りが何とも言えず食欲をそそる。
その見事に焼き上げられた大きな動物の足を中心にして、周りにも色とりどりの野菜や果物が綺麗に添えられ彩りを与えている。
『盛り付けも綺麗に出来ておるな』
「ああ、とてもお嬢様とはおもえねぇ」
我らは前に住んでいた王都の料理店もかくやという料理の出来栄えに素直に感心する。
「エリン、このでっけぇ足は何の足なんだ?」
相棒は無作法にも料理の中心で存在感を示す巨大な足を指差し尋ねる。
「モーラスベアの足ですわ」
モーラスベアと言えばこの地域に住む大型獣の中でも凶暴で有名な獣だ。
この街のギルドでも討伐依頼が常に出されているのを、相棒の職探しの時に確認している。
あの時は結局、平和な田舎街ギルドでは相棒が『遊べそう』な依頼が見当たらず、町の外へ盗賊狩りに出ることになったのだが。
今考えると、そもそも依頼も出ていない時点で周辺に盗賊など本来は居ないという事に気がつくべきだったのだ。
『ふむ。あの依頼は討伐依頼というよりも食材調達依頼だったのかもしれんな』
我はギルドに張られていたモーラスベア討伐依頼の内容を思い出しそう呟く。
「どーりて、依頼書には新鮮なうちにギルドへ運んでほしいとか書いてあったわけだ」
相棒も同じことを考えたらしい。
その言葉にエリンは説明を加える。
「モーラスベアはこの地方では隠れた人気食材なのですが入荷する数が少ないので街の高級店で偶に扱われる以外だとほとんど出回っていませんの」
俺みたいに高級店を避けるタイプにゃ縁遠い料理だったってわけだ。
どれどれ、どんなお味か食べてみますか。
「それでは取り分けさせていただきますね」
エリンがタイミングよくその大きなモーラスベアの足をナイフを器用に使い、美味しそうな表面の肉を切り皿に取り分け相棒の前においた。
続けて「この肉球部分が一番美味しいのですわ」と言いながらざっくりと肉球も切り分ける。
「ありがとな。じゃあいただきます」
相棒は簡単な礼を言うと、まずは一番うまいという肉球を口の中に放り込んだ。
『どうだ相棒?』
我は肉球を一生懸命咀嚼する相棒に感想を聞く。
「美味い!」
相棒のその言葉にエリンが顔を輝かせる。
「この肉球すげぇ。噛みごたえが半端ない上に噛めば噛むほど味が染み出してくる」
「我が家に伝わる秘伝の調味料に、一刻ほど漬けておくことによって仲間で味が染みるのですわ」
料理店でもないのに秘伝の調味料とかあるのだな。
もしかして母親の実家が有名料理店なのではなかろうか?
「ごちそうさん!」
その声に我が気がつくと相棒は既にあの巨大なモーラスベアの足をまるごと一本食い切ってしまっていた。
なんという底なしの胃袋か。
「とても美味かったぜ、シェフ」
相棒はシェフの格好をしたエリンに親指を立てて、とてもいい笑顔を浮かべていた。
エリンはその言葉に頬を少し赤らめて嬉しそうに微笑んだ。
自分の作ったものをこれだけ美味しそうに食べてくれるというのは調理人にとっては他に代えがたい悦びだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、さらにデザートまで平らげた相棒はジアン一家に何度もお礼を言ってから外に出る。
執事のラドクが「帰りの馬車をご用意いたします」と伝えてきたが我らはそれを丁寧に断り、腹ごなしに歩いて帰ると言い残して足早にジアン邸を後にした。
「こうやっていろんな街や国を巡って、その土地の名物を食うのはこれだからやめらんねぇよなぁ」
暗くなり家々の灯りや数少ない街灯を頼りに宿屋へ向かう。
「あ~、小便したくなってきたわ。さっきジアンの所で便所かりときゃよかった」
相棒が突然そんな事を言い出した。
周りを見渡すとちょうどいい路地を見つけたので我らはその路地に向かうことにする。
しばらく路地を奥へ歩いていくと
『お客さんがしびれを切らして出てきたようだぞ』
「前に三人、後ろに四人か」
『あと上にも』
「連絡係か。ご丁寧なことで」
どうやら先回りしていた部隊がいたのか路地の前と後ろで挟み撃ち状態になっていた。
「おめぇら何か用か?」
相棒は我をコートの下で握りしめながら尋ねたが相手からの返事はない。
一瞬後、返事の代わりに相棒に向かって煌めく刃が数本襲い掛かってきた。
「招かれざる客ってのはどこの世界にもいるもんだ。まぁ遊びたいってなら止めはしねぇがな」
その言葉と同時に相棒が魔法陣を空中に描く。
「セレクト! リフレクト」
相棒の掛け声とともに魔法陣が黒く輝き、次の瞬間飛んできた凶刃をそのまま放った刺客へ反射する。
予想外の出来事に反応が遅れた数人が、自らはなった刃をまともに受けて倒れた。
『自らの武器で倒されるとは無様だな』
「ちょろい……ん? なんだ?」
「ぐ、ぐうああぁぁ」
先程、反射した自分の放った刃を受けた刺客が突然苦しみだす。
毒でも塗ってあったのか、直後大きく痙攣したかと思うと泡を吹いて動かなくなった。
「やべぇもん使ってんじゃ無ぇよクソが」
相棒が吐き捨てるように言う。
残りは前に一人、後ろに二人。
「お前らじゃ俺に勝てない事はわかったろ? だからさっさと降参してくんねぇかな?」
相棒が降伏勧告をするが返事はない。
倒れた仲間を一瞥すらせず、残りの刺客達は今度は短刀を取り出し相棒へ向けて斬りかかる。
きっとその刃にも猛毒が仕込まれていることだろう。
「何度やっても同じことだぞ」
相棒は素早く新たに魔法陣を描き、自分自身に肉体強化の魔法を掛けてその攻撃を待ち構える。
下手に攻撃して自害されたら情報を聞き出せなくなる。
男たちの刃が俺に振り下ろされる。
上と下と横。三人がそれぞれ別の角度から打ち込んでくる。
なかなか訓練されてる動きだ。
『ふむ、どうやら情報伝達は上手く行っていないようだな』
刺客共の攻撃を見て我はそう呆れたように奴らの動きを見やる。
相棒がペン使いであるという情報を持っていたならこのような策を取るわけはないのだ。
相棒はその場で避けもせず、その凶刃を待ち受ける。
次の瞬間、相棒の体に当たる直前にその全ての刃が見えない壁に当たったかのように弾き飛ばされた。
完璧に討ち取ったと思っていたのか、男たちは驚愕に目を見開いている。
その隙きを見逃さず、相棒は一歩前に出て一人目の男の顔面を強化した拳で撃ち抜くと、その勢いのまま体を捻りもう一人の腹を回し蹴りの要領で蹴った。
二人の刺客はそのまま壁にぶつかり、一瞬で意識を失う。
残る一人はその間に立ち直ると倒れた刺客の一人に投げナイフを投擲する。
「ちっ、口封じかよ! セレクト!」
相棒は懐からペンを取り出し『拘束』の呪文を発動する。
もう一人の刺客にも投擲しようとしていた男はそれによって動きを封じこまれると口から血を吐いて倒れた。
自殺か。
「ちょっと遊びすぎたな」
最初から全員の意識を刈っておけばよかったのに、腹ごなしに少し運動しようと思ったのがまずかったようだ。
『屋根の上に隠れていた輩にも逃げられたようだな』
「ちっ、最後まで見届けるのかと思ってたのに拍子抜けだぜ」
『これで相手にお前の情報が完全に伝わっただろう』
我の言葉に相棒は「ふんっ」と鼻を鳴らしてから周りを見回す。
「騒ぎになる前にこいつらの死体も始末しておいてもらわねぇとなぁ」
そう言うと相棒は唯一の生き残りの男を抱え上げた。
「ギルドならこういう連中の尋問はお手のモンだろうから任せてみるか」
辺りは完全に闇に包まれた時間帯だが、ギルドの酒場はまだ開いているはずだ。
「面白くなってきやがったぜ」
相棒はそう呟くと足取りも軽くギルドへ向かうのであった。