招かれるペン使い
街道での盗賊団退治から数日後。
漆黒のペンである我とその相棒のエリッサはあの日助けた男より招待状を受け取った。
どうやら命の恩人である我らをもてなしたいとのことだ。
「報酬はすでに貰ってるからお礼なんざいらねぇ」と相棒は最初断ったのだが美味しい料理を用意するとの言葉に陥落した。
我が相棒ながら安い男である。
手紙を届けてくれた従者によると、あの男はジアンという商人らしい。
しかもこの街一番の大商会の主だという。
なるほど、あの時即金で金貨5枚を出せたわけだ。
相棒はそれを聞いて「やっぱりもう少し吹っかけておけばよかった」などと不満げにぶつくさ言っていたが後の祭りである。
ギルドに迎えをよこしてくれるらしいので盗賊団を引き渡して貰った報奨金をカウンターで受け取ってから我らはギルドの中でそのまま待つことにした。
ギルド内にある簡易なバーのカウンターで相棒がエールを飲んでるとギルドのドアが開いた。
『どうやらお迎えが来たらしいぞ』
「ああん、しゃーねぇな」
相棒は飲みかけのエールの残りを一気に飲み干すとカウンターの上に代金を置いて立ち上がる。
「お釣りは要らねぇ」
『ほとんど丁度の金額に見えるのだが?』
「うるせぇ、ほっとけ」
相棒はそう毒づいてから迎えとともに外に出るとギルド前に停まっていた立派な馬車にそのまま乗り込んだ。
馬車はこんな辺境の街には似合わないほどかなり立派な物だった。
「まるで王都の中で走り回ってる馬車みてぇだな」
相棒がそう呟くと御者席の男が「そりゃそうですよ。なにせ王都から運んできましたからね」と振り返り答えた。
ほう、王都製か。それなら立派なのも頷ける。
「なんでそこまでしてこんなもん運んできたんだ?」
「旦那さんが言うには『商売人は見栄を張る所は張らないと商談に勝てないからな』って事みたいですぜ」
「なるほど、一理ある」
相棒はそれだけ言って座席に深く座り込む。
本当にわかっているのだろうかいささか不安だが本人の興味はすでにそこにはなくなっているようでそのまま目を閉じた。
王都の超高級馬車には劣るが揺れも少なく、中々の座り心地だ。
ふと相棒を見ると目を閉じた口元がだらしなくニヤけている。
「これは『お礼』とやらも期待していいかもしれないな」とでも考えているのだろう。
こういう所は本当に締まりのない男である。
相棒は御者に見えない位置で屋敷に着くまでの間、その嫌らしい笑みを浮かべ続けていた。
しばらくして馬車が止まると客席の扉が開かれる。
そこはこの街では他に見かけないほどのかなり立派な建物があり、その前には執事服を着た老年の男が立っていた。
「ようこそおこしくださいました。私、この屋敷で執事長を任されておりますラドクと申します」
老年の執事は深く礼をしてから相棒を馬車から屋敷へ誘導する。
「ずいぶんと立派な建物だな」
「はい、この街では領主の館に続いて二番目に立派な建物となっております」
「流石に領主様より立派なモンは建てられねぇか」
その言葉にラドクは少し微笑んで「左様でございます」と答える。
我らはラドクの案内に添ってしばらく屋敷の中を歩き、やがて大きな扉の前にたどり着いた。
「こちらの部屋で旦那様がお待ちです」
案内されたのはこの屋敷でも一番の大広間のようだ。
『うむ、立派な扉だな』
「この中であのおっさんが待ってるのか。じゃあ入らせてもらうぜ」
相棒はラドクが中へ案内するのも待たず、その扉を遠慮なしに開けて中に入った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
部屋の中には先日助けたジアンと言う商人、そしてその嫁と娘らしき女性の計三人が待っていた。
禿げ上がったオッサンなのにめちゃくちゃキレイな嫁さんじゃねーか。
やっぱり金か? 世の中金なのか?
相棒が目を丸くし美人の奥さんたちを見てそんな事を考えているのが伝わってくる。
そんな失礼なことを考えているというのに笑顔のジアンが近くにやってきてその手を取る。
直後、オッサンに触られても嬉しくねぇと言いたげな顔を一瞬するが自制したようだ。
一方、ジアンは満面の笑みで「よくいらしてくださいました。さぁさぁ、立ち話もなんですからこちらの席にどうぞ」と相棒の手を引っ張り椅子へと誘う。
「俺は依頼を受けてそれを果たしただけだぜ?」
「ご謙遜を。あの程度の金銭ではとてもではありませんが私の気が済みませでしたのでご招待させていただきました」
ジアンはそう言うと次に横に立つ自分の家族を紹介し始めた。
「こちらが私の妻のエリーナ。そして娘のエリンです」
「この度は夫の命を救っていただいて誠に感謝しております」
栗色の長い髪をゆるくウェーブさせた優しげな青い瞳のエリーナさんが深々と頭を下げる。
こんなめっちゃキレイな人なのに何故このハゲオヤジを選んだのかと不思議そうな顔をする相棒。
そしてその母親の遺伝子のみ受け継いでいるとしか思えない娘にも同じように不思議そうな目を向ける。
エリーナをそのまま若くしたような容姿の少し幼さを残す綺麗な娘さんだ。
違いと言えば瞳の色が青ではなく茶色な所だろうか。
どうやら瞳の色だけは父親の遺伝子を僅かに引き継いでいるようだ。
『おい相棒。失礼だぞ』
我は自分のことは棚において相棒に注意をする。
「あ、ああ。でもよ……」
相棒が小さな声で反論しかけたが、それを遮るようにエリンが挨拶をする。
「エリンです。今日はよろしくお願い致します」
年の頃は十六位だろうか。そこから逆算するとエリーナさんはそれなりにお歳のはずだがまったくそうは見えない。
「本日はバールレイ様に先日のお礼も兼ねまして心ばかりのお食事をお召し上がりいただこうと思いましてご招待させていただきました」
美味いモン食わしてくれるなら願ったり叶ったりだ。
「おぅ。この街の名物料理とかまだ食ったことねぇんだよな」
「それは良かった。今日のメインディッシュはこの街の特産物でしてね。この地方以外では中々食せない物なのですよ」
そいつぁラッキーだ。
そう目を輝かす相棒。
表面上はクールにしているが微妙に蠢く口端が意地汚さを隠せていない。
「じゃあ十分堪能させて頂くとしようか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺とジアン一家は運ばれてくる料理を食べながら、その合間合間に会話を続けた。
ジアンの商会は我らが思っていたよりかなり大きく、今度王都に支店を出して本格的に王都進出するらしい。
そしてゆくゆくは本拠も王都に移し家族共々引っ越す予定だとの事。
今回はその王都進出のための重要な商談のために隣街へ出かけた帰り道、族に襲われたという事らしい。
「命が助かったとしてもあの証文を奪われていたらと考えると……」
ジアンが自身の想像に身震いする。
『どんな商談だったかはしらぬが、余程重大な商談だったのだろうか?』
「何にせよ全部無事だったから良かったじゃねぇか」
相棒は目の前の皿に置かれた大きな鳥もも肉をかじりながら言う。
「これもうめぇな」
食い物を前にすると、それ以外のことに無頓着になる相棒に我はすこし嘆息する。
しかし当のジアンは樹にした風もなく、それどころか提供した食事を「美味しい」と言ってもらえたことに喜んでいるようだ。
美味そうに肉を食べる相棒を見て、ジアンの娘のエリンが話しかけてくる。
「それはこの土地の北にある森林地帯に生息する大型鳥類『フチリ』の肉ですの。大型獣の肉は独特の臭みがあったり大雑把な味が多いのですがフチリの肉は臭みもなく引き締まっていて美味しいのですわ」
「ほう」
エリンは相棒の食している肉について語った後、おもむろに立ち上がり
「それではわたくし少しばかり失礼いたしまして、そろそろ準備をしてきますわね」
と言って部屋を出ていった。
「準備ってなんだ?」
相棒の疑問にジアンは笑みを浮かべたまま
「それは後のお楽しみですよ」
と答えたのみだった。
相棒は我にしか聞こえぬ程度の小さな声で「まさか、私が最後のメインディッシュよとか言わねぇよな」などとたわけたことを吐かす。
『いつの間にか守備範囲がずいぶん下がったものだな』
「ちげぇよ、冗談にきまってんだろ」
「いかが致しましたか?」
我と相棒がコソコソ話していたのを気にしたのかジアンが尋ねてくるが、それに相棒は何時ものニヤけた顔で「なんでもねぇよ」とだけ答えた。
そして「まぁ娘さんが何をしてくれるのか楽しみにしとくわ」と言ってから食事を再開した。