漆黒の雇われ者
「ああ、俺は無敵の『ペン使い』だからな」
相棒はそう告げると、手に持った漆黒の美しいペンを見せつけるように突き出す。
商人風の男はその言葉を聞いて一瞬信じられないという様な表情を作った後、探るような目で我と相棒を見る。
「本当にペン使い様で?」
明らかに疑いが混じったその言葉に我はいつもの事とはいえ相棒にもう少し『威厳』でもあれば良いのだがと嘆息する。
「ああ、今も盗賊共の弓を俺のペン魔で防いでるのがその証拠だ」
相棒は馬車の周辺に散らばる盗賊の放った矢を指差して告げる。
男はしばしの逡巡の後に相棒の言葉を信じたのか、それとも今の状況ですがる物が他にないと思い至ったのか我らを信じる事にしたようだ。
「それで、護衛報酬はいかほどでございますか?」
商人らしく商談に一度入れば、それからの話はトントン拍子で進んでいく。
相棒は少し考えたふりをしてから「金貨五枚でどうだ?」と答えた。
「金貨五枚? それだけでよろしいのですか」
どうやら商人風の男が考えていた額と大きな開きがあったようで、彼はそんな驚きの声を上げた。
相棒は相変わらず金銭感覚が無いようだ。
だが、たしかにこの辺の用心棒相場は高くても金貨十枚も行かないと近くの街のギルド依頼表には書いてあったから仕方がない。
相棒の顔を見ると「しまった、安すぎたのか。損した」とでも言うような表情が浮かんでいたが時すでに遅しだ。
きっと「男が一度口に出した金額を変えるのもかっこわりぃ」とでも思ったのだろう。
「おぅ、それでいいぜ」
と、男に向かって親指を立てながら返事をした。
交渉成立である。
内心では「もう少し吹っかけてやればよかった」とでも思っているだろう事は長い付き合いの我にはバレバレだがな。
そんな交渉をしている間にも盗賊共は効きもしないのに矢を射ながらこちらへ向かってきていた。
流石に矢が通らない結界の存在に少し警戒しているのか、慎重にこちらの様子をうかがっている。
現状結界が破られることはないだろうが、あまり接近されて防御壁の内側に入られると厄介だ。
この結界は攻撃は防ぐが、人そのものは通してしまうのだ。
『そろそろ働け相棒』
我は未だ報酬額に未練があるのか不満そうな顔を我に見せていた。
いい歳をして子供じゃあるまいし、此奴。
「へいへい、わかりましたよっと」
相棒はそう適当な返事をして漆黒の盾の守備範囲外に飛び出す。
そのまま強化された身体能力で向かってくる盗賊の矢を躱しながらペンで空中に魔法陣を描く。
「セレクト! 漆黒の炎!」
相棒の言葉と共に魔法陣から複数の黒い炎が飛び出し盗賊たちの先鋒隊を襲う。
奴らも必死になってその炎を避けようとするが、急な動きの指示に乗っている馬たちが応じきれず制御を失い数人が落馬する。
「ぐわっ」
「ひいっ」
一方、落馬しなかった盗賊たちの内3人はその炎に包まれ結局落馬して転がる。
「これじゃあ『遊び』にもなりゃしねぇ」
『所詮盗賊と言ったところだな』
あまりの手応えのなさに我らが嘆息していると
「なんだ貴様ァ!」
盗賊の中でも一人レベルが違いそうな男が我らに向けて怒鳴ってきた。
こいつがこの盗賊共のカシラなのだろう。
様子見に差し向けた先鋒隊が一瞬で倒されたのを見て慌ててやって来たと言うところか。
度胸はあるようだがいかんせん頭の方は良くないようだ。
ここで一番正しい選択肢は『先鋒隊を見捨てて逃げる』である。
我がそんな感想を抱いている間に近寄ってきた族のカシラに向かって相棒が答える。
「俺か? 俺は今さっきあの馬車のオッサンに雇われたばかりの用心棒だよ」
その返答に男はニヤリと下卑た笑いを浮かべ「オメェ魔法使いのようだがどこのギルドのモンだ?」とさらに尋ねてきた。
相棒はその問いかけに「どこのモンでもねぇよ。俺はフリーだ」とニヤリとした笑みを浮かべながら即答する。
「フリーの魔法使いか……」
族のカシラは何やら少し思案した後、我らに一つ提案をしてきた。
「オメェ俺たちに雇われる気はねぇか? あの馬車のオッサンの倍、いや三倍は給料を出してやるぜ?」
どうやらこの男は我らをただの魔法使いだと思ったようだ。
遠目だとペンを使っている事はなかなかわからないものだから仕方がない。
扱う魔法もさっきから使っているものについては見かけ上はほぼ変わらないのも勘違いをした理由だろう。
「生憎と俺はもうすでにあのオッサンに雇われてる身なんでね、フリーの人間が契約を反故にしちゃあ信用問題になっちまうんでお断りさせていただくよ」
相棒の返答を男は特に驚くこともなく聞いていた。
「なるほどなぁ」
男は馬から降りると我らの方に向けて歩きながら
「残念だな、ちったぁデキそうな魔法使いだったからスカウトしたかったんだが……本当に残念だ」
男はそれほど残念そうでもないようすでそんなことを言った。
『来るぞ!』
我の声が相棒に届いたか届かないかの刹那、
「じゃあここで死ね」
そう叫ぶと男は一瞬で我らとの間合いを詰めて来る。
その予想以上の速さに相棒は一瞬目を見張る。
さすがにその実力はカシラを張るだけはあるということか。
だが一瞬だけ驚きの表情を浮かべた相棒は、刹那少し唇の端を歪めて右手に持つ漆黒のペンを握りしめる。
確かにこの男の動きはこの一瞬だけなら相棒の想像をも上回った。
だが……無知は罪だ。
次の瞬間、男の持つ大ぶりの剣が相棒に向かって振り下ろされた。
確かに男の動きに相棒は驚いてはいた、だが決して油断していたわけではない。
目の前の口の臭そうな男の実力を見誤っていたわけでもない。
ただ単に我らにとって剣の攻撃などは……。
キィィィィン!!!
男が思いっきり振り落とした剣は、甲高い音を響かせ相棒の目の前で弾き飛ばされた。
そのまま男は反動で尻餅をつき、次に手の中から弾き飛ばされた剣を見てから驚いたように相棒を見やる。
「お、お前まさか」
男の声が先程までの自信に満ちたものと違って震えていた。
『ほぅ、無教養な脳筋かと思っていたが少しは知識があるようだな』
「そうだな。盗賊の癖になかなか察しがいいじゃねぇか」
相棒はそう言いながら男の目の前に右手に持った漆黒のペンを突き出す。
「そう、俺は魔法使いじゃねぇ。『ペン使い』だ」
その言葉に男は目を見開き相棒に向かって指を突きつけて叫ぶ。
「なんでこんなど田舎でペン使いが流れの用心棒なんてしてやがんだよ!!」
「してちゃいけねぇのかよ」
相棒は腰を抜かして怯える男をそのまま放置して空中に新たな魔法陣を描く。
黒く輝くその軌跡を見て男は更なる絶望の表情を浮かべた。
「こ、殺さないでくれっ」
先程までの威勢はどこえやら。
怯えきった震えた声が響く。
相棒はその声を完全に無視して、少し離れた所で様子を見ていた盗賊たちが逃げ出そうとしているのを見ながら魔法陣を完成させる。
「殺さねぇよ。拘束」
その言葉とともに魔法陣から無数の帯が飛び出し族のカシラを置いて逃げようとしていた盗賊たちを全て絡め取り動けなくする。
「お前らは俺の飯の種なんだから逃がすわけねぇだろ」
そんな相棒の言葉は失禁して気絶してしまっていた族のカシラには届いては居なかっただろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
全員を拘束し終えた所で相棒が馬車の人々を呼んだ。
「馬車はこわれちまってるから使えねぇだろ? 代わりにこいつらの馬を貰ってそれに乗って街まで行こうぜ」
聞いてみると数人の客が馬に乗ることが出来るらしい。
乗り方を知らない客も乗馬経験のある人の後ろにのせて貰えば全員が街まで馬で行くことが可能だ。
盗賊と馬車の荷物については我らが『浮遊』の魔法をかけてから馬に曳かせることで全て運ぶことが出来るだろう。
魔法使いの居ないこいつらには拘束の術を解く術はない。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
商人の男が我らに禿げた頭を下げてきた。
「俺はアンタに雇われたんだ。雇われたからには仕事はキッチリこなすのが俺の流儀だからな」
そう言って相棒は男が差し出してきた金貨五枚を受け取る。
「とりあえず契約は街までの護衛でいいな?」
「はい、よろしくお願いします」
「あと、この盗賊どもは俺が報酬代わりにもらっていいか?」
「ええ、構いません。そのままギルドへ突き出せば報奨金もいただけると思います」
「俺もそれほど裕福な身じゃないんでね」」
相棒はニヤリと悪い笑みを浮かべながら馬に飛び乗る。
馬車の御者をしていた者を先頭に街への道を進む。
「今日は久々にうまい飯といい宿に泊まれそうだ」
相棒が一週間ぶりに手に入れたの収入の使いみちに想像を馳せている。
口の端から少し涎も垂らしているところを見ると主に飯の想像をしているようだ。
やれやれ、この男はなぜにこう食い意地が張っているのやら。
彼の名はアネッサ・バールレイ。
三白眼で目付きの悪い黒髪黒目の優男。
黒いコートを羽織り腰には剣ではなく漆黒のペンを挿し、今は世界を巡るただの旅人だ。
そしてそんな彼の相棒である我は、その素晴らしく美しい『漆黒のペン』自身である。
ペンである我に名はない。
あるのは『製造番号No.3』という名前とは呼べない代物だけだ。
人々はそんな我らのことを、その黒い見かけと相棒のペンである我の姿にかけてこう呼んだ。
『漆黒のペン使い』と。




