漆黒の放浪者
今日も我と相棒は田舎街をつなぐこの街道を歩いている。
炎天下の中、漆黒のマントを羽織った黒髪黒目の相棒は既に足元が覚束ないほどフラフラしている。
そんなに暑いのなら脱げばいいのだと提言するが此奴は頑として従おうとしない。
この辺りをうろついて早一週間。
「今日こそは得物に会える予感がする」とかなんとか相棒はブツブツ呟いてはいるが、その目に生気が無くなって久しい。
大体にして此奴のそういった『予感』は当たった例がほとんど無い。
昼を過ぎ、陽もそろそろ傾いてくる頃になって諦めたのか相棒は街道脇に腰を下ろしぼやき出す。
「はぁ、今日もハズレかよ」
相棒はそんな事を言いながら右手に持ったペンをクルクル回し遊び始める。
相変わらず雑な扱いである。
目利きの人が見ていたならばそのペンはかなりの業物だと気づき、相棒のその杜撰な扱いに目を丸くするに違いない。
少し大ぶりなそのペンは、細い握りの部分から少し太くなった上部にかけて精密な翼の意匠が施されている。
さらに全体を包み込むのは光をも吸い込みそうな漆黒であり、その姿は誰が見ても美しいと言うに違いないと確信している。
自慢ではないが売値をつけろと言われても付けられはしないほど貴重なペンなのである。
だが相棒は、そんな天文学的な価値を持つ素晴らしいペンをクルクル回し暇つぶしの道具として扱っているのだから始末に負えない。
本当に此奴はそのように貴重なペンの価値を理解しているのであろうか?
だが此奴のそのだらけた姿も仕方のないことだと我は嘆息する。
なにせもう一週間も『獲物』に出会えていないせいで収入もなく、現状ろくなセキュリティも無い安宿と粗末な食事しか得られていないのだ。
「そろそろ別の街に移るべきかねぇ」
『うむ、我も同じ意見だ』
たしかにこの辺境は思った以上に平和過ぎて我らの『小遣い稼ぎ』には向かないと感じている。
このまま路銀が尽きる前にもう少し治安の『悪い』街へ移るべきだろう。
そんな事を我と相棒が考えていると街とは反対方向から土煙を上げて一台の馬車が走ってくるのが見えた。
『来たぞ相棒』
我が声をかけると、地面に『の』の字を書いていた相棒は顔を上げ土煙の方へ顔を向けた。
「おっ、やっと得物が来たか!」
相棒は喜色満面で立ち上がり、その土煙に目を凝らす
馬車は何かから逃げるように猛スピードで我らの方に向かって走って来ていた。
いくら街が近い場所でそれなりに整備されているとはいっても、王都ほど舗装されているわけでもない田舎道であんなスピードで走ったら車輪が持つまい。
我がそんな事を考えていると馬車は一瞬大きく跳ね、その勢いのまま地面に着地した瞬間、車軸が壊れた音がして斜めに車体をこすりつけるようにして止まった。
「こんな田舎道であんなにスピード出してちゃそうなるわな」
相棒が呆れたように呟くが、何かから逃げている最中にそんな事を考えられる人はそういないだろう。
それ以前に彼らにはそれ以外の選択肢は無かったのだろう。
我と相棒が馬車の様子を見ていると道の向こうからガラの悪そうな十人程度の男たちが馬を走らせてきているのが見えた。
見かけだけで判断するなら盗賊だろう。
しかしこのような田舎町の街道で馬を十頭も引き連れるほどの余裕ある盗賊団が出るとはおかしな話だ。
そんな考えが頭をよぎるが今は一刻の猶予もなさそうだ。
我は盗賊と馬車の距離をざっと計算し相棒を叱咤する。
『急げ相棒、このままでは手遅れになるぞ!』
「ちっ、もう少しこっちまで来てくれてれば楽だったのによ」
我の言葉を受け、相棒は何時もの様にぼやきながら少し遠くに土煙を立てて止まったままの馬車に向け走り出した。
「間に合えよっ、俺の得物ちゃん盗るんじゃねぇぞ」
相棒が意識を右手に集中し、走りながら先程まで暇つぶしにもてあそんでいた美しい漆黒のペンを使い魔法陣を空中に一瞬で描く。
ペンの中に前もって用意している魔法陣の一つだ。
魔法陣は常によく使うものを中心に十種類ほどペンの中にストックしているのだ。
ストックするにも魔力を使うのだが此奴の魔力を持ってすればそれほど問題はないだろう。
「セレクト!」
相棒がそう口にして手に持ったペンで空中に描かれた魔法陣の中心を刺し貫く。
すると空中に展開されたその魔法陣が一瞬黒く光ったかと思うと、相棒の走る速度が一気に跳ね上がった。
此奴が使ったのは簡単な身体能力強化の魔法だが今はそれで十分だろう。
この速度なら馬車の向こうからのんびりと舌なめずりしながらやってくる族どもより先に馬車にたどり着ける。
我らが向かう先、壊れた馬車から数人の人たちが外へ出てくるのが見える。
「盗賊共に襲われてるってのに不用意に馬車の外に出るんじゃねぇよ。死にてぇのか?」
相棒がぼやくのも仕方がない。
この状況で盗賊たちの前に身を晒すなど的にしてくれと言っているようなものなのだから。
『ここで恩を売っておくのも悪くない選択だぞ』
我の提案に相棒は一つ舌打ちをした後「しかたねぇ『漆黒の盾』も貼っとくか」と呟きつつもう一度ペンをはしらせる。
「セレクト!」
魔法陣の完成とともに馬車を中心に半円形の防御壁が立ち上がったのが『視』えた。
とは言ってもペンを持つことのない者や、そもそも魔法力の無い人たちには魔力の流れは感じられないので、視えているのは我らと野党の中に魔法使いが居た場合はその人物くらいだろう。
だが、どうやら盗賊共の中に魔法使いは居ないようだ。
その証拠に盗賊たちが馬車の外に出て立ちつくす男性にめがけて矢を射ってきたが、届く前に『漆黒の盾』に阻まれ矢がそのまま地面に落ちたことに驚いていた。
奴らの中に魔法使いがいればあのような無駄撃ちは行われるはずもない。
そもそも何処に行っても引く手数多な魔法使いが、野盗ごときに落ちぶれ仲間になっているとは思えないが。
そうこうしているうちに我と相棒は馬車までたどり着いていた。
「間に合ったっと。アンタ達盗賊に襲われてんだろ?」
相棒が馬車から出てきて呆然と盗賊と俺の方を見ている奴らに軽い調子で声をかける。
魔法の効果のお陰でかなりの速度で走ってきたと言うのに息も切らしていない相棒を見て馬車の外に居る男が訝しげな顔を我らに向けるがいつもの事だ。
「あ、ああ。突然襲ってきたんだ」
馬車の乗客の中で一番立派な服を着た男が応える。
どうやらこの馬車の乗客では彼が一番上の立場のようだ。
「護衛は雇わなかったのかい?」
「本来この街道沿いには弱い魔物程度で盗賊団なぞ現れたこともなかったから護衛は必要ないはずだったんだ……それにあの数相手では生半可に護衛を付けたとしても太刀打ちできたとは思えない」
男は悔しそうに下を向く。
相棒はその言葉を聞いて内心ニヤリとほくそ笑んでいるだろうが、そんなことを少しも表情に出さず一つの提案を男にする。
「オッサン、俺を雇わないか?」
「貴方を?」
唐突な相棒の言葉に男は怪訝そうな顔をする。
「そうだ、俺ならあんな盗賊どもなんざ、あっちゅーまに倒してやるぜ?」
「本当ですか?」
男が不安げにそう尋ねる。
相棒はそれほど良いガタイをしているわけでもなく、どちらかと言えば優男に見える風貌だ。
少し悪い目つきの原因である生まれつきの三白眼の迫力を除けばとても盗賊団に一人で立ち向かえるようには見えない。
そんな男の軽い言葉なぞ不安に思っても仕方がないだろう。
『相棒、少しこの男を安心させてやれ。そうすればすぐに首を縦に振るだろう』
我がアドバイスをすると相棒が一つ頷いてからその男の心配そうな目を見返してニヤリと笑い一言告げる。
「ああ、俺は無敵の『ペン使い』様だからな」