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後悔

「ちょっと…、やだ。うそでしょう?目をあけてよリュシアン!」

「…くそっ、無茶しやがって」


 ずり落ちそうになっているリュシアンの頭を、アリスは自分の膝に抱えるようにして仰向けにすると出血の場所が分かった。ナイフを身体の前に構えていたので攻撃の直撃は避けられたものの、どうやら脇腹を掠っていたようだ。

 気を失っているのは、脳震盪と失血のためだろう。

 居残り組のメンバーたちが、ようやくパニックから醒めて騒ぎの中心に集まってきた。


「どうして、……どうしてこんな酷い怪我を? だって、さっきはあの攻撃の直撃を弾いてたのよ」


 最初にアリスを庇った時のことである。魔法レジスト、無属性の防御だ。あの時は、意識的に効果を上げてはいたが、パッシブ状態だけでも、リュシアンならかなりの抵抗力は発揮するはずである。

 それが、ほぼ無抵抗で受けたかのような深手を負ったのだ。


「そんなことより、治療。治癒魔法、それか傷薬を!」


 生徒たちが差し出したのは、下級傷薬ばかり。おそらく上級以上の薬を持っているとしたらリュシアンだけだろう。ただ、フリーバッグは盗難防止のため、普通は本人しか取り出せないよう仕掛けがしてあるのだ。


「ああん、もうっ! 肝心な時にリュシアンったら」


 それでも下級傷薬を目いっぱい振りかけた。おそらくHP3~5づつくらいしか回復してないイメージだろうか。アリスは滲む涙を振り払いながら、イライラと意識のない怪我人に八つ当たりをする。


「魔法っ!それで治癒魔法は? 誰か使えないの?!」


 全員が、一斉にリュシアンを指さす。


「ああー……っ、そうよ、そうだった! もう、やだっ! リュシアン」


 アリスは、それこそ半泣きである。

 それでもその手は傷口を手拭いで強く押さえ、リュシアンの意識を取り戻そうとピシャピシャと頬を軽くたたいている。致命傷に近い傷をうけ、おそらく無属性の自動回復も追いつかないほど出血も多く、このままではショック症状を起こしかねなかった。


「俺が、やってみる……」


 真っ青な顔でリュシアンを見下ろしていたエドガーが、けれど自信なさげに名乗りを挙げた。


「エドガー? でも……」

「やらないよりはマシだろう、試してみる」


 アリスが座っている近くにしゃがみこみ、エドガーはどこかなれない様子で呪文を唱え始めた。


「癒しの風よ、女神の息吹……、ヒール」


 初級風魔法のヒール。

 治癒魔法使いが圧倒的に少ない理由は、熟練度を上げにくいことにある。実際に治療しないと、経験値を積んだことにならない。よって戦争でも起きない限り、治癒魔法使いは医療関係者くらいにしかなれず、また戦国時代のように桁外れの魔法を編み出すことも、またその必要もなくなったのである。

 これはすべての呪文魔法に共通することだが、実際に呪文を使い熟練度を上げないと、上の段階の魔法は使えない。もっとも特殊魔法や、固有魔法のように一部の例外はあるけれど。

 錬金術の薬調合が、この世界に置いて重要視されているのはまさにそのためでもあった。

 そして、王様をはじめエドガーの母親が、何としてもエドガーに治癒魔法のエキスパートになってほしかった理由でもある。エドガーが覚えられるであろう治癒魔法をもってすれば、確かにさぞかし戦争には役に立つだろう。

 だからこそ、エドガーは覚えたくなかった。道具にされるのもごめんだった。

 ――だけど!


「ヒールッ! ……、っ女神の息吹、ヒールッ! 癒しのっ、くそっ!」


 熟練度が上がれば、無詠唱だって簡単にできる初級魔法。それを自分は、いちいち詠唱しないといけない上に、発動される魔法も下級傷薬と大差ない。いくら重ね掛けしても、たかだか知れている。


「くそっ……、クソ……は俺だ! くそったれ、なんでもっと治癒魔法を勉強してなかったんだよっ」


 傷口を押さえる手拭いはすでに重く濡れ、端からポタポタと血が滴っていた。

 まだ血が止まってない。とにかく早く傷口を塞がないとならないが、エドガーは気ばかり焦って、先ほどから簡単な詠唱さえ噛む始末。

 アリスも意識のないリュシアンの口元に薬を含ませ、なんとか無理矢理飲ませていた。飲む方が効果が高いからだ。

 そして、どのくらい奮闘していただろうか、ふとリュシアンの瞼がかすかに震えた。


「……っ! リ、リュシアンっ!? リュシアン!」


 ぼんやりと視線を動かしたリュシアンは、泣きべそをかくアリスを見上げた。


(……あれぇ、なんで膝枕?)


 記憶が白く飛んで、リュシアンには自分が寝転がっている理由すらすぐには理解できなかった。土を噛んだ口がじゃりじゃりするのか、眉根を歪めつつ唇がぱくぱく動かしたが、すぐには声もうまく出ず、ますます混乱している様子であった。

お読みくださりありがとうございました。


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