無双?
アリス・エキューデ、剣術Ⅱクラスのトップの女生徒だ。
少しきつめの瞳はアーモンド型できりりと凛々しく、ぷっくりとした赤い唇はまだ幼さを残している。栗色のゆるく巻いた髪は一つに結い上げ、肩甲骨あたりまでそのまま垂らしていた。いわゆるポニーテールだ。
十一才になったばかりのかなり小柄な少女だった。巻き毛を結い上げた髪が、ふわふわと揺らめくさまは子供らしくとても可愛らしい。
年若い女の子には珍しく、扱う武器は大剣だった。自分の身長とあまり変わらない武器だが、彼女の強みは筋力強化のスキルと、巧みな体重移動による大剣さばきである。今も、重そうな大剣をくるくると軽やかに回してデモンストレーションしている。周りからも、歓声が上がっていた。
それに引き換え、小柄な彼女よりさらに小柄なリュシアンは、小さなナイフ一つという頼りなさだった。
心許なくもあるが、全体的な試合の様子を見ていたリュシアンは、周りの生徒たちがいつも見てきた兄の動きとは違って、初心者同様の印象を受けた。新入生なのだからこんなものかとも思ったが、上級生を見てもそれほど驚くような違いがない。
ニーナのように、明らかに戦闘スキルをもつような生徒は格が違ったが、半分以上の生徒は素人同然に思えた。
リュシアンにしたところで、ロランにほんのちょっと基礎を習っただけだったが、彼の指導がどれだけ実戦形式だったかということがよくわかった。
そして一つだけ確かなのは、ロランを基準に考えてはいけないということだ。
「始め!」
審判の学生の声が響く中、リュシアンはどう動いたものかと悩んだ。
気が付くと、半円を描いた巨大な大剣が押しつぶす勢いで頭上から降ってきた。迷った挙句、リュシアンは避けもせず真正面からナイフで受け止める。
ざわっと周囲が驚きの声を上げた。
小さなナイフに受け止められ、ビクとも動かない大剣を握りしめたアリスは、驚いたように慌てて後ろへ飛び退った。
確かにアリスの力は強いし、動きもかなり早い。
けれど、一撃の隙が大きすぎてリュシアンが避けるなり、いなすなりしていたらその場で勝負がついていただろう。
リュシアンは、今までまともな対戦はロドルクとしかしたことはなかった。あとは、ロランに軽く型を教えてもらう際に、ちょっと組手をしたくらいだ。
(知らなかった、兄様ってすごく強かったんだね)
まともに受けたのは最初の一撃だけで、あとはひたすらナイフと革製の小手を使って、重いはずの大剣を軽く撫でるようにいなしていった。
ロドルクやロランを相手にしているときは、あまりにも必死すぎて気が付かなかったけれど、こうして戯れのように打ち合って駆け引きをするのは、なんだか競技のようで楽しい。
もちろん、それにはアリスの技能がそれなりに高くないと実現しない。
とんでもない重量のある巨大な大剣が、まるで彼女の身体の一部のように自由自在に宙を舞っている。
(スゴイ技量だ。この子、かなり強い)
ますますワクワクして、リュシアンは楽しくて仕方がなかった。
リュシアンはこの時、すっかり失念していた。アリスは強い。確かにこれならクラスでトップだろう。その彼女の攻撃をことごとく簡単にあしらっている姿が、果たして他人にどう映るかなどまったく頓着していなかったのだ。
「…っ、……くっ!」
この試験に関係なく、アリスはすでに剣術Ⅳクラスへのスキップが決まっていた。
それだけに、許せなかった。新入生で、しかも自分より小さな子供に、こんな風にいいようにされるなどあっていいはずがない、と。
アリスは、頭に血が上るのを抑えられなかった。
そうして放った渾身の攻撃が、なんなくナイフで弾かれアリスは大剣ごと身体を浮かせた。その瞬間、空中で身を捩りながら、遠心力を使って刃先を横にして横一文字に振りぬいた。
受けるにしてもいなすにしても、小型の武器では防ぎにくい攻撃だった。
今まであえて使わなかったのは、まともに受ければ大怪我をさせてしまうと危惧したからだ。
目の端に、おっ? という表情のリュシアンが映って、いきなり頭が冷えた。
アリスは、しまったと後悔したがもう刃は止まらなかった。身体が勝手に反応して、手加減なしにカウンターを決めてしまったのだ。
剣を握る手に衝撃が走るのを覚悟して、思わず目をつぶってしまった。
が、手ごたえはなかった。
かわりに剣を支える腕に、変な重みが加わるような違和感を覚えた。確認しようとおそるおそる顔を上げたアリスの瞳が見開かれる。
横になった刃先に、ちょこんとしゃがみこむようにリュシアンが乗っていたのだ。
「……はあっ?! ちょっ、どこに乗ってんのよ」
にっこり笑ったリュシアンがすっくと立ちあがると、彼女が大剣を動かす暇を与えず、振動もなくその上を走って来て、あっという間に喉元にナイフを突き付けた。
「はい、勝負あり」
アリスは凍り付いたように大剣を持ったまま固まってしまった。
彼女にしてみれば、まるで天使のような見かけの、けれど悪魔のような凶悪な強さの少年に、なんだかわからないうちに負かされてしまったのだ。
(……なによ、これ)
「あっ、…そ、そこまで!」
すっかり見入ってしまっていた審判の間抜けな声が、止まっていた時をようやく動かした。
少女の剣がゆっくり降ろされると、乗っていたリュシアンはぴょんっと降りて、小さくお辞儀をした。そのままなんの未練もなく踵を返し、リングの外へと歩き出した。
ざわめく周りの観衆の反応が思った以上だったのか、少し戸惑いながら困ったようにきょろきょろしているリュシアンを、アリスは呆然と見つめていた。
ちょっとオドオドしながら観客たちにへらへらしている姿に、なんだかふつふつと怒りが込み上げてくる。
「まっ、待ちなさいよ!」
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