脳筋の恒例行事
武術科には、大きく分けて自らの身体を使う体術と、ナイフなどの小型の武器を使う短剣術(投擲やブーメランなども場合によってはここに入る)それから長物を使う大剣、長剣、槍などの剣術がある。
このように武術科と言っても多岐にわたるのだが、実際模擬戦となれば、どのスタイルの相手と当たっても文句は言えない。便宜上、それぞれ分けてはいるが基礎練習などは合同ですることが多いし、相手がどんな武器を持っていても戦えなければ実戦では役に立たない。
ニーナは体術がⅤではあるが、ナイフに関しては初心者なのでⅠの組み合わせに入っている。もちろんナイフを使うことが前提だ。ちなみに彼女の本来の武器は、素早さと長いリーチを誇る巧みな足技である。
「お?なんだ、結局一緒になるのか」
組み合わせ発表で張り出された結果を二人で見ていると、横からエドガーが話しかけてきた。確かに驚いた、ナイフはナイフ同士で戦うのかと思ったから。
でも考えてみたらそうだよね、有事に相手が同じ武器とは限らないのだから。
「模擬戦はⅠ・Ⅱ合同で、武器は全部ひっくるめてやるみたいだね」
「私も初めはびっくりだったわ。何しろ、こっちは素手なのに相手は長物持ってるんですもの」
当時を思い出すように、ニーナが苦笑している。
「武器は刃を潰してはいるけど、この武術科恒例の模擬戦は、怪我人必至の荒っぽい新人歓迎行事として有名なのよ」
本当に脳筋だな、武術科。しかも怪我人出しちゃって大丈夫なの?そんなの問題にならないのかな。
「ほら見て、あそこ」
リュシアンの微妙な表情を見て取ったニーナが、教師陣が集まる場所の一角に年長の学生らしき集団と、その横には例の獣人の保健医の青年がいた。
ということは、あの学生の集団はもしかして回復魔法が使える先輩たちだろうか。
「怪我のサポートはばっちりってことか」
エドガーが拳を手のひらに当てて、ますますやる気を出している。
そういうこと、と頷いたニーナは、私も以前お世話になったわと肩を竦めた。ある意味すごいね、お姫様でも容赦なしなんだ。
フィールドに出れば、否応なくモンスターが襲い掛かってくる世界なのだ。学校なのに、危険なことをしていいのか、などと甘いことは言ってはいられないのかもしれない。
組み合わせは、それぞれ知らない相手のようだ。これってまさか勝ち抜け?あくまで実力テストのようなものだから、適当なところで終わるんだろうけど。
「チョビって人ごみ苦手なのか?すごい丸まってないか」
「うーん、前に街に出たときもそうだったんだけど、まだちょっと苦手みたいだね」
「チョビって可愛いよね」
リュシアンの頭の上で、小さく体を丸めて髪の毛にうずくまるようにして身を隠しているチョビをエドガーが人差し指で撫でていると、ニーナが次は私、とばかりにうずうずして待っていた。
リュシアンとエドガーは、同時にえ?という顔でニーナを振り返った。
「なによ?」
もちろんリュシアンはチョビを可愛がっているし、今となってはちょっと怖い見た目さえも可愛く思う。でも、他人が見てそれを可愛いと感じるかどうかは別だと思っていた。だって、結構コワイよ顔。
女の子受けする要素は何一つないように思えたのだが、ニーナに聞くと結構女子の中でもチョビは噂になっているらしい。
そ、そうなの?
改めてチョビを下ろして、その厳つい顔を見る。つぶらな黒い瞳が、なあに?と言わんばかりに瞬きしている。
「……っ」
やばいっ、危うく頬ずりするところだったよ。ほんとにやったら顔が擦り傷だらけになっちゃうからやらないけど、指で顎の横あたりを撫でてやると、気持ち良さそうに目をつぶって角を擦りつけてくる。あいたた、嬉しそうに振っているギザギザのしっぽが、これがまたとげとげのムチのようなんだ。
いや…、もうね、全部ひっくるめて可愛いと思ってるわけだけど。
「あ、そこのきみ、従魔は置いてきてね」
え…?!
模擬戦会場へと移動しようと三人で歩いていると、手伝いをしている武術科の上級生らしき人物がリュシアンを引き留めた。
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