入学試験は?
あの時の出来事を、リュシアンはファビオに包み隠さず話した。
向こう側の特異性や、チョビのこと。そして、例の声のこと。
別に隠しているわけではないのだ。ただ客観的に信じられない出来事だと理解してるし、言い方は悪いが単純に説明が面倒くさい。信じられないことを、納得させるのは思った以上に手間がかかるのである。別にそこまでして…、ということだった。
けれど、ファビオにおいては直感的にその手間がいらない気がしたのである。
「あいつならあり得ると思えるから、本当に質が悪いな」
そう言って、無事を安心したり、それでも行方不明であることには変わりはないので心配したりと、なんとも忙しそうだった。
向こう側の状態はわからないが、少なくとも本人がすぐに危険になるような感じは受けなかった。リュシアンがそう言うと少しは安心したようだ。
そのあとはチョビの話に移り、その日は夕方まで話し込んでしまった。
兄弟の中でも関わりが浅かったファビオと、こんなにたくさん話したのは初めてだった。どちらかというと母に似た容姿のファビオは、どこか自分にも似ていて今日一日でずっと近い存在になった気がした。
※※※
すっかり夏も半ばになり、リュシアンは今年はもう仕方がないか、と諦めモードになっていた。
何がというと、入試である。
普通は春の終わりには願書を出し、夏のはじめには試験が始まる。試験は基本的に教養科のものだ。それさえクリアすれば、とりあえずは入学はできる。とはいえ、選択科目を少しでも上から進めたいものは追加で特別試験をうけるのだ。
どちらにしても、そろそろ試験も終了するころだろう。ドリスタンまでの距離を考えると、とても無理そうだ。第一、願書さえ出してないに違いない。エヴァリストは大反対していたのだから。
(来年に向けて頑張るしかないな……)
ガッカリはしたけど、そこは持ち前のネバーギブアップ精神だ。もとより来年でだって、年齢的には遅いわけではない。それまでにもっといろいろ知識をつけて万全を期すことに尽力しようと心に決めた。
各学科を専門に教えてくれる家庭教師をつけてもらって、あとは本だ。足りないものをリストアップして揃えて貰わないとならないだろう。
そんな数々のおねだりを引っ提げて、意気揚々と父親の部屋を訪ねたリュシアンは、そこで驚くべき話を聞くことになった。
「え? なんですって?」
「この秋、学園都市ドリスタンへの留学が決まった、と言ったんだ」
「……誰、の」
「お前に決まっているだろう」
リュシアンの口は開きっぱなしだった。
なにがどうなってそうなったのだろうか。だいたい試験さえ受けていないというのに。
「ああ、試験は免除だ。お前は推薦枠で入学が決まっていた」
……事になっている、と小さく付け加えて、あまつさえわざとらしい咳払いのオマケである。
(なんだろう……? なにか権力的な何かだろうか。学校へ行けるのは嬉しいんだけど、それはちょっと困るなあ。別に今となっては焦ってないし、来年でもいいんだけど)
リュシアンの複雑そうな顔を見たエヴァリストは、息子が何を言うかわかっているようだった。
「お前の気持ちはわかる。ただ推薦による試験免除は慣例でよくあることだ」
実のところ、入学の決定自体は本当に夏の初めころには出てたというのだ。
「……聞いておりませんが」
何を隠そう止めていたのはエヴァリストだった。それをこうして話すに至ったのは、ひとえにファビオの説得があったからである。
なにしろ手配した人物が問題だったのだ。言わずもがなであるが、王都にいる方の本当の父親の仕業である。
王都へ呼んでもリュシアンが動かないと見るや、裏でさっそく手を回したらしい。どうにかしてご機嫌を取りたいという下心が透け透けである。
とはいえ、よく留学を認めてくれたものだ。おそらくジーンとの会話を聞いていた隠密が、よけいな独り言までご丁寧に報告したってことだろう。
エドガーがいれば余計な手出しが出来ない、加えて監視がきびしくなったことでイザベラも身動きが取れないだろうと、それらの要素が態度の軟化に繋がったに違いない。
実際イザベラも、切り札であるエドガーを手放すのを認めるほどには、自分の立場を理解しているのだろう。
話をまとめると、王様のご威光が光りまくったとはいえ、事前に入学の手続きは推薦で取っていたということである。それをエヴァリストが止めていたが、ファビオの説得でこうして話が通ったというわけだ。
家庭教師の学力調査書を提出しての合格だったらしく、別に不正というわけではない。一度は断ったリュシアンだったが、その後ファビオの熱心な勧めもあって、迷った挙句、これを受け入れることにしたのである。
レールを敷くのは大人たちだけど、結局のところどう進むかは自分次第だと思ったからだ。
紆余曲折あったが、秋になったらいよいよ学園都市へ出発である。
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