知らせ(ベアトリーチェ)
昨夜遅くに来客があった。
門番が報告に飛んいったところを見ると、よほどの要人のようである。本来なら、夜間、魔王城は何人たりとも門をくぐることは出来ないからだ。
明朝、ベアトリーチェは、長い廊下を一人歩いていた。
彼女の宮は、後宮内にあるので、父である王の居城までは、そこそこ距離がある。ずっと続く回廊を越えて、ようやく本城の中に入り、またそこから階段を上がって……と、ともかく長い時間をかけてて、こうしてやって来たのは、もちろん来客に会うためだ。
本来なら、ベアトリーチェが呼ばれることはない。
王女と言ってもまだ幼く、末の姫であり、何の役職もないからだ。彼女にしたところで、今日は改めてダンジョンに潜るつもりだったので、全くの寝耳に水である。
けれど昨夜のうちに、朝に顔を見せるようにと伝言があり、仕方がなく皆には遅れる旨、宿屋に使いを出したのだ。
謁見の間ではなく、客室の一つに呼ばれたことに、違和感があった。要人を迎えるのに、なぜこんな早朝、しかも私的な客を迎える部屋にて会うのだろうと。
怪訝に思いながらも、ノックをして部屋に入る。
そこは城の中でも上等な客間で、とくに大事な来客にしか使わない部屋だった。そのため、些か緊張して入室したのだが、客を接待しているはずの国王夫妻の姿はなかった。
部屋には、昨夜到着したという客人のみだったのだ。
白い毛皮が敷かれたソファーにゆったり座っているのは、顔をベールで隠した小柄な人物。また、背の高い帽子の隙間からモゾモゾ動く黒い何かもちらりと見えた。
そして、その後ろに控えるように立っている、背の高い年若い神官。
「久しぶりだね、ベアトリーチェ」
小柄な神官は顔にかかったベールを持ち上げ、にっこりと笑った。
そう声を掛けられても、ベアトリーチェはしばらく言葉が出なかった。すぐに誰だかわからなかったこともあるが、どこか聞き覚えのある声と、その姿の記憶がうまく重ならずに混乱したのである。
「え……え、え? あ」
「あれ? 忘れちゃった。僕だよ、リュシアン」
忘れたわけではない。ただ、ベアトリーチェは驚きと戸惑いでなかなか言葉が出なかった。心の中では、ひたすらハテナマークと格闘していた。
「ああ、この格好? 知ってるよね、今は神子をやってるから、正式の場ではこんな格好なんだよね」
ちなみにリュシアンは、魔王夫妻には昨夜のうちに事情を話し、ツブテのことをすでに報告している。教皇ソフィアの許しを得ている旨を話すと、彼はすんなり鍵となるコインを渡してくれた。
「……と、いうことで彼女が囚われている牢へ行かないとなんだよね」
そう簡単に説明をして、そこまでの案内を頼みたいと話したところで、ようやくベアトリーチェが現実に戻ってきた。
「あ、え? 牢?」
「そう、氷の塔。魔王様がベアトリーチェなら場所がわかるようなこと言ってたけど、戒めの氷柱があるのは最上階だったかな」
「こ、氷の塔、まさか氷塔ダンジョン?!」
「そうそう……え? ダンジョン? ダンジョンって、なに」
百年前、上空にそびえる塔はきちんと管理されており、まだダンジョン化してなかったらしく、ただの氷で作られた見晴らしの塔だったらしい。それが教皇の依頼により、罪人を閉じ込め、立ち入りを禁じたため、長い年月の間に地下のダンジョンに侵食され、魔素や瘴気が溢れてモンスターが湧き、やがてダンジョンのようになってしまったのだ。
ベアトリーチェは、さらに、そこが特殊な環境によって、ほぼ攻略不可の状態になっていることを伝えた。
「魔王様、何も言ってなかったけど」
リュシアンは額を押さえ思わず苦笑したが、その辺は自己責任で解決しろってことなのかもしれない。
「そっか……じゃあ、せっかくだから、みんなの知恵も借りようかな」
ベアトリーチェの話では、ちょうど学校の長期休暇中で氷穴ダンジョンの攻略にやってきているという。ここで会えるとは思ってなかったが、魔王城まで来るとなれば、皆との再会を多少なりとも期待しなかったわけでない。
耳飾りの御仁には悪いけれど、思いがけず懐かしい再会を果たすのは、リュシアンが先になりそうだった。
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