知らせ
氷穴ダンジョンは、数年に一回、入り口が完全に陸地になる期間、約数か月にわたって解放される。特殊な期限付きのダンジョンの為、入場する際、きちんと攻略計画を提出し、入出記録が残される。また、閉鎖間際になると、長期の入場はできなくなり、ダンジョン内に取り残されることのないように管理されているのだ。
とはいえ、そこは厳しい冒険者の掟。ダンジョンである以上、入ったまま帰らない者もいるし、閉鎖までに戻らない者がいても、閉鎖はされる。そこは、自己責任というやつである。
ニーナたちは、ダンジョン解放の初日に一度入場したが、滞在予定を大幅に短縮して二日間で脱出した。
「結構厳しいダンジョンよね」
アリスとニーナ、カエデが荷物の準備をしつつテーブルを囲んでいる。ため息をつきつつ呟いたのはアリスだ。
ここはダンジョンにほど近い宿屋の一室である。学園の寮から通うにはいささか距離があるため、一ヵ月の予定で滞在している。
「そうね、ダリルたちには迷惑かけちゃったわ。もっと防寒対策をしっかりしていかなくっちゃね」
と、ニーナ。
もともと北の寒冷地育ちのダリルは、準備万端、しかも寒さに強く、まったく堪えた様子はなかったが、他のメンバーが寒さにやられて進捗状況が悪く、大事を取ってたった二階層で引き返してきたのだ。
「床は滑るし、出てくるモンスターは氷を吐くし、フィールドは極寒、それなりに対策したつもりだったけど足りなかったわ。ちょっと甘く見てたわね」
「身体強化系の無属性とか使えれば、ある程度はマシなんでしょうけれど」
それが使えるのはリュシアンくらいで、あとは氷魔族のベアトリーチェやカトリーヌなどは寒さに強く、もっぱらここではニーナを始め、あちらの世界の人間の肩身が狭い。
ニーナ達が準備を整えている間、ダリルを始め、耐性のあるグループで少し先の階層の調査をしてくると、彼らは今日もダンジョンに潜っている。もともとこのダンジョンは、期間限定の為、それほど攻略されておらず、しかも、解放されるたびに海面差異や、氷の浸食具合によってルートが変わるため、もともとあった道や、行き止まり、果てはワープ装置が通行可能の場所に存在するかどうかさえ分からないのだ。
「すでに何枚か地図が販売されているけど、まだ数日しかたってないから三階層、それも部分的に虫食いの物しか出てないんだよね」
それらは冒険者が探索して、その情報をギルドに売ったり、自ら地図に起こして販売したりする代物だ。冒険者から直接買うのは、でたらめだったり、詐欺まがいのものもあるので、その辺は慎重に吟味するしかないが、ギルドの地図より早く出回ることが利点である。
「マッピングのスキル持ちもいるらしいけど、この氷穴ダンジョンは、上に伸びる氷塔ダンジョン込みで一つのダンジョンと見なされるせいで、ランクが神話級になるらしいのよね」
「うわ、そうなんだ。それは生半可なスキルではどうしようもないわね」
ニーナとカエデがそんな話していると「そういえば」とアリスが思い出したように口を開く。
「今日の偵察メンバーにベアトリーチェがいなかったね」
「ああ、それね。ダリルたちには今朝伝えたけど、ちょっと遅れるって知らせが来たのよ」
ベアトリーチェにとっては、魔王城が家なので、こちらに来てからは宿屋ではなく、もっぱらお城に帰っていたが、今朝早くに宿屋の女将さん伝手に連絡があったのだ。エドガーたちには部屋を回って知らせたが、居残りチームに詳しく説明していなかったと、ニーナは改めて事情を話した。
「詳しい理由までは告げられなかったようだけど、昨夜遅くにお城に要人の来訪者があったらしくてね。ベアトリーチェも王族の一人でしょ。だから挨拶だけは顔をだして、出来るだけ早く合流するつもりだって……あら?」
そんなことを話していると、部屋の窓を小さく叩く何かに気が付いた。
「……小鳥?」
アリスが窓を開けると、その小さな小鳥はすいっと部屋の中に入った。くるりと天井を一回りすると、テーブルに降り立ち、羽を広げ一枚のカードになった。中央に小さな魔石の付いた手紙である。
「わっ、これって伝言バード? 初めて見た」
そう言って、アリスは手に取ったそれをニーナに渡した。伝言バードは、塔が開発した近距離の通信手段である。使い切りの上、魔石も使う贅沢仕様で、正直なところとても不経済な代物である。
「魔王城から? よっぽどの急用かしら」
おそらくたった今、これを飛ばしたのだろう。少し遠いとはいえ、急ぎでなければ、昨夜のように人を寄越せばいい話なのだから。
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