一方で
問題の精霊と会うべく、一人で大瀑布に続く洞窟に立ち入った僕は、ほんの二時間ほどで元の場所へ戻った。ほんの、という感想はもちろん僕にとってということで、外で待っていたエルマン様はいても立ってもいられなかったようだ。洞窟の入り口を覗き込んでは、何度もミドリがいる馬車を往復していたらしい。
彼が加護としてつけた精霊を通じて、何事も起こってはいないかと安否を確認していたのだろう。
僕を見るなり、濡れた足元で滑りそうになりながら、一目散に走ってきた。
「リュ……、神子様! ご無事でなによりです」
入った時同様、一人での帰還だった。
もちろんエルマン様は無事を喜んでくれたが、その後、合流した他の皆の表情には明らかな落胆の色が見えた。馬車に戻った僕の姿を見たミドリは、何か言いたげに怪訝な表情をしたが、すぐに周りに集まってきた神殿関係者に阻まれて、アヴァともども脇へと追いやられてしまう。
押しやられた拍子に、アヴァ様がつんのめって転びそうになっていることにすら気が付く様子もない。
どうしてこう、当事者である現場の人間を軽んじる輩が多いのだろうか。
そうして前に割り込んできた神官は、両手を胸のあたりで組んで、まるで祈るような芝居じみた仕草をした。やたら横幅が大きい神官だった。丸い顔は一見すると柔和そうな面差しだが、いつも笑っているかのような糸目がどこか抜け目ない印象を受けた。
「ああ、これは神子様。よもや、なにも成果を得られなかったと……いえ、申し訳ありません。まさかそのようなことは、神子様に限ってありますまい」
大げさな身振りできょろきょろと辺りを見回し、僕を上から下まで眺めた。
彼は、アヴァ様の護衛兼、付き添い神官たちのまとめ役である高位神官だ。ことさら頭を抱え、悲壮感をたっぷりに大げさに首を振った。
名前など知らないが、アヴァ様がミドリという大精霊の契約者と知ってから、常に精霊術師のアヴァを持ち上げるような言動をするようになった神官である。
いやまあ、たった今、そのアヴァ様を押しのけて、ミドリにムッとした顔をされたんだけどね。
神殿を離れるつもりの僕からしたら、むしろアヴァ様を推す派閥には頑張ってもらいたいところではあるけれど……肝心のアヴァ様を押しのけ、何か言おうとしていたミドリ様を遮ってまで、僕に嫌味を言いに来るとか。ちょっと空気読めない人なのかもしれない。
何も言い返さないのを、言葉に詰まったのだろうと勝手に勘違いしたのか、彼はここぞとばかり意気揚々と提案した。
「やはりここは、大精霊ミドリ様と、稀なる精霊使いであるアヴァ様のお力を……」
『気安いぞ、人間……よもや私に命令する気なのか』
今回のアヴァ護衛隊の最高責任者である彼は、彼女の契約精霊ミドリの力さえも、まるで自分の持つ手札のように語り始めたが、それはすぐに不機嫌そうな声によって遮られた。
「いっ、いえ、そのような! 誤解でございます、ミドリ様。わたくしめはただ、此度の作戦を失敗した神子様に代わり、アヴァ様に……」
『ごちゃごちゃと煩いわ。それに小僧は失敗などしておらん。まったく、おぬしもいつまで傍観しておるつもりだ、いい加減にソレの説明をしろ』
平伏した神官を睥睨しつつため息をついたミドリは、今度は馬車の座席に座る僕を睨みつけた。
「やっぱり、気が付いてたんだね」
『気が付かぬわけがないだろう。なにしろ私の力の大半が戻ってきたのだからな』
そう言ってミドリは、眉根を寄せ、フンと顎を上げて先を促した。もったいぶるつもりはなかったが、そんな大精霊の拗ねた様子がおかしくて、僕はちょっとだけ笑って振り返った。
軽く手を添えたその耳には、透き通った青い涙型の耳飾りが揺れていた。
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