幕間ー魔界ではー
「其方たちが来て、もう一年が過ぎたの。妾は次年度は塔へ入所する予定じゃが、其方たちはどうするのじゃ?」
もともとニーナ達は一年間の留学だった。リュシアンは研究の進展次第でどうなるかは不明ではあったが、一応の期限としてはその予定だった。
けれど約束の一年が過ぎ、とっくに年度末の長い休暇に入っている。そのため、このままここにとどまるなら、それなりの手続きと準備が必要になるのだ。
一方、ピンクベリーの巻き髪に、黒のゴスロリ風のフレアスカート、白いブラウスのベアトリーチェは、最近ようやく望み通りの塔への入所が決まり、かなり嬉しそうだった。
「あら、ビーチェ。まるで正式に研究員になったかのような物言いね。あなたの身分は、仮。研究員の前に、仮、が付くことをちゃんと言いなさいよ」
寮の談話室で話すニーナ達の後ろに、いつの間に来たのか、背の高いショートヘアーの少女が腕を組んで立っていた。すらっとしたスレンダーの身体に、細い顎、つんと高い鼻に、紅を差したような赤い唇。なにより目尻から髪の生え際に煌めく細かい鱗が、まるでアクセサリーのように彼女を美しく彩っていた。
見るからに勝気で、気の強そうな容姿の上に、早熟な人魚族の特性で十代後半に見えるが、ベアトリーチェと同い年で、まだ十四歳になったばかりの少女だ。
「……カトリーヌ」
そんな彼女を、握りこぶしをプルプル震わせ、ベアトリーチェは「ぐぬぬ」と悔しそうに見上げた。
ニーナ達とは比較的親し気に話したり、それなりに仲間意識を感じているカトリーヌだったが、どうにもベアトリーチェ相手では、こういった物言いになってしまうらしい。もっとも周りからすれば、もはやじゃれ合いのようにも見えるので、最近では誰も止めることはなかった。
「ええい、それでも塔への入所許可を貰ったことには変わりないのじゃ」
「ええ、そうね。私の助手として、ですわね」
「う、うるさいのじゃ! だいたい、其方とて妾と大して変わらないじゃろ。なにせ、妾の道具無くして、まともに実験も出来ぬであろうに」
そう言われて、こんどはカトリーヌが言葉に詰まった。けれど、すぐにコホンと咳払いをして。
「相応の魔力量を持つ適任者が見つかれば、あのようなものに頼る必要はないのよ。だいたい、私の研究だけというならむしろラムネットの魔道具で事足りるのに……」
彼女らしくもなく、つい最後はむにゃむにゃと言葉を濁した。実は、塔に入る条件としてベアトリーチェの蓄魔電池の開発と抱き込みでという条件を出されての採用だったのだ。なにしろ、ラムネットの研究で使う魔石は高価すぎて、新人研究員の実験ごときで使える代物ではない。そういう意味で、カトリーヌもある意味で「仮」研究員という扱いに近いのかもしれない。
そのもどかしさもあり、ついつい絡んでしまうのだろう。
ベアトリーチェの畜魔電池。それなりの魔力を蓄えるようにはなったが、とにかく小型化ができない。いまだに持ち運びするのに自分の身体と同じくらいの大きさの箱を背中に背負う必要がある。もちろん、魔石を使えば小型化できるが、その貴重な魔石の代用品なのだから、それこそ何の意味もなくなる。
「仕方が無かろう。あれ以上どうにもならんのじゃ。それにわかっておろう、無尽蔵な魔力持ちなぞ、そうゴロゴロいるわけないのじゃからな! それこそリュシ……っ」
ヒートアップしたベアトリーチェだったが、すぐに慌てて口をふさいだ。ちらっとニーナ達を見て、その後カトリーヌに目をやった。
「そんなに気を使わないで。私達なら大丈夫よ。言ったでしょ、ちゃんと安否は確認してるし、リュシアンは元気にやってるわ。ただ、今は事情があってすぐに戻ってこれないだけなの」
詳しい事情までは聞いてないが、リュシアンの情報は逐一入ってくる。当初はいろいろあったようだが、今はあえて望んで滞在していて、ある程度の片がついたら戻ってくるつもりだとのこと。
多少じれったいが、今は信じて待つしかなかった。
とはいえ、あれからすでに一年が経過した。ベアトリーチェの言うように、いわゆる学年末になってしまい、ニーナ達も今後の進路を考えなくてはならない時期になっているのだ。
先日、リュシアンの祖母で、学園の理事長であるコーデリアは、ニーナ達が望むなら、リンに頼んで元の世界へ送り届けてくれるとも言っていた。
「来年度をどうするかはまだ決めてないけど、今のところ戻る気はないわよ」
もともと学園への留学とはいっても、ほとんどベアトリーチェやカトリーヌの研究の手伝いばかりやっていた。ノルマのような課題や必要な単位もなかったので、個々でこちらの冒険者ギルドで簡単な依頼を熟したり、興味のある学科に参加したりと、自由気ままに過ごしていたのだ。
「あっちの学校についても、ほぼ全員、基本学科の過程は終わっているから、数年休学しても問題ないしね」
ともかく、こんな中途半端な状態で帰るつもりなど毛頭なかった。ニーナにしてもエドガーにしても、リュシアンを含めて全員まとまって帰るという選択肢以外、頭の片隅でも考えたことがなかった。
もっとも、ほんの数日後――。
割と唐突に、彼らの再会の時が、なんの前触れもなく訪れようとは、今の彼女たちは知る由もなかった。
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