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豪雨

 大瀑布が近づくと、途端に激しい雨音が馬車の屋根を叩いた。騎馬の護衛が雨具を装着するため、しばし馬車が止まったので、窓の外をのぞくと、激しく落ちる雨水で地面付近が白くもやがかかっていた。


「うーん、これって癇癪おこしてるよね」

「ここ最近は、祠の管理も行えないと上層部がぼやいていたよ」


 僕の問いに、エルマン様はため息を隠せない。そうこうしている間に、馬車はゆっくりではあるが再び動き出した。


「教皇様が返事を返さないのは今に始まったことじゃないのに、どうして急に」

「……リンがこの辺をうろちょろしていたのが気に障ったのかもしれないな」


 さらに親ともいえるミドリが、動き出したことも察知しているに違いない。どんなに力をつけようが、やはり自らの根源であるミドリには、最終的には抗えない現実がある。

 余計な邪魔をされたくないという感情が、上位の位を持つリンや、ミドリを警戒して過剰反応しているのだろう。

 こんなに暴れられると、それこそ教皇様にも悪影響があるかもだし、早いとこ話をつける必要がありそうだ。

 

「祠ってあれか」


 足の長い椅子のような形とは聞いていたが、まさにその通りの形状だった。少し離れた位置にある大瀑布を望むためとはいえ、めちゃくちゃ高い位置まではしごで登っていくのは骨が折れそうである。

 祠を過ぎると本格的に滝の轟音が、耳というより身体にまで響いてくる。地面が振動しているかのように、足元をすくわれるような感覚さえある。


「ここからは歩きです。お足元にご注意ください、滑りますので」


 この言葉はもちろんエルマン様に向けてである。

 何しろ僕は、例にもれず護衛の一人に抱きかかえられて馬車を降りることになった。いつもならエルマン様が、というところだが、何しろ足場の悪い場所なので大人の護衛が代行したわけだ。


「天候が良ければ、もっと奥の滝の近くまで行けるらしいね」


 神官になってすぐにマリーアン様直属になったエルマン様は、下級神官が本来行うお勤めの一つである大瀑布の祠管理のあれこれはやったことがない。そのため、これほど大瀑布の近くに来たのは始めてなのだ。


「この岩場の細道を奥まで進むと、歴代神子が巡回の前にお祈りするために設けられた祭壇が用意されているはず、なんだけど……」

「見事に浸水してるね」


 バケツをひっくり返したような雨の中、僕たちが呆然と突っ立っていると、後方からやっとアヴァ一行が到着した。ミドリは馬車の上に座っており、車輪が止まったのを見ると立ち上がった。

 当然というかさすがというか、周囲が濡れネズミのなか、一滴たりとも濡れることなく涼し気な顔で地面に降り立った。


「気配を消したか……」


 それまでうるさいほど自己主張していた豪雨が、ぴたりとやんだ。

 激しい雨に打ち消されていた大瀑布の濃い霧が、今は静かに空間を包み込んでいる。高い位置から落ちてくる大量の水が霧散した重い霧は、それを浴びるだけで身体はびっしょりと濡れるほどだった。


「エルマン様」


 何を言うわけでもなく腕を伸ばして声を掛けると、彼は頷いて護衛と交代して僕を抱きかかえた。


「アヴァ様、ミドリ様以外は、馬車に戻ってお待ちください」


 いきなり人払いの指示を出した僕に、同行してきた面々は一様にぽかんとなった。ある意味、身内以外を排除する格好になるので、当然起こるだろう反論を封じるため、すぐに続けて口を開く。


「事は、かつてこの地を荒野にした大精霊との対話。必ずしも平穏に終わるとも限らない。どんな事態になるやもしれぬため、身を守る術のない神官たちには避難していてもらいたい」


 慈悲深き神子の心遣い、と思わせるセリフだが、もちろんこれは建前だ。

 正直なところ、不測の事態が起こった時に足手まといはマジで勘弁してほしい。

 マリーアン様を面白く思わない派閥の神官は難色を示したが、ミドリがじろりと睨むとさっさとしっぽを撒いて去って行った。

 ほとんどの神官に霊感はないが、それでも精霊の発する不快感や威圧は、大気の気圧に影響を与えるため、ひどい悪寒や頭痛など、下手をすると意識を失わせる程度のことは簡単に出来るのだ。


「さてと、誰もいなくなったかな」


 祠の近くまで神官たちが退避するのを、エルマン様の肩越しに確認した。

 水しぶきと、深い霧のせいで、馬車や人影がほとんどシルエットのように見える。おそらく向こう側からこちらは、真っ白で何も見えないだろう。

 こちらの意図をくみ取ったのか、エルマン様はそっと僕の足を地面に下ろした。


「冷たくないか?」


 ひたひたと素足で岩場を歩く僕に、エルマン様は少し心配そうだったが、なぜか今はぜんぜん冷たく感じなかった。

 そのまま巨大な滝壺近くの祭壇に続く浸水した洞に足を向ける。

 すぐ横に降り立ったミドリが何かしたのか、先ほどまで濡れそぼっていた身体がすっかり乾いて、水に浸かっているはずの足も、何かに包まれているように全く濡れることはなかった。


「私の眷属精霊を守護に付けた。時間は限定的だが、これで大半の影響から距離を置けるだろう。どうやら私は警戒されているようだからな。神子であるお前の方が、あやつも油断するだろう」


 ミドリはそう言って、契約者のアヴァの元へと戻った。

 ここから支援するから、心配せずに行ってこい! とでも言いたげに。

 これって、僕に丸投げってことかな。まあね、行くつもりだったよ。でもね、なんか釈然としないのは気のせいじゃないよね。

 とはいえ、このままぐずぐずしていると、居ても立ってもいられないとばかりに心配そうに身を乗り出すエルマン様が、今にも僕に付いてくると言い出しかねない。

 さすがに精霊との親和性がないと、ミドリも眷属を補助に付けることが出来ないので、とてもじゃないが同行させるのはこっちが不安すぎる。


「話し合いが無理そうならすぐに戻って来るから心配しないで」


 まあ、僕の役目なんて教皇様との意思疎通の誤解だけ伝えて、可能ならメッセンジャーになれれば御の字だ。ミドリがどこまで期待してるかしらないが、あとは精霊同士のいざこざなんだから、それこそ精霊同士でゆっくり解決してもらおう。

お読みくださりありがとうございました!

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