時の牢獄
それまでの神子としての功績もあり、また、多くの犠牲を出した信者からも、減刑を求める声があった。そのため、死罪は免れたが、ハイエルフの寿命は長く、終身刑は心を病んだ彼女には残酷である。
そうして取られた対策が、魔界の永久凍土を時の牢獄とした、無期限刑として収監するという方法だった。
「……冷凍睡眠みたいな感じかな」
「うん? まあ、そうかな」
彼女は望んでその刑を甘受した。すべての罪は己にあり、雫の精霊は巻き込まれただけだと主張した。もとより、精霊や自然現象を裁くことは出来ないので、元凶となった大瀑布に人の手が入ることはなかった。
新たに建てられた祠も、飽くまで女神を祀るものだ。
そして、それ以後は祠の手入れや礼拝以外で、大瀑布付近に関係者以外が立ち入るのを教会本部が禁じた。
「その後といえば、雫の精霊がシンシを探しているのは明確だが、永久凍土は強固な魔力と結界により、外部からではその存在を見つけることは不可能だ」
魔王以上の力の持ち主でない限り、とエルマンが言い切った。
どうやら僕の伯祖父はとんでもない人物らしい。いまでこそ平和な魔界だが、もともと何人もいた荒くれ魔王を捻り潰して唯一の王となったんだから、さもありなんである。
「でも、姫神子の居場所を知りたいなら、むしろ教皇様を寝込ませたら本末転倒な気がするけど」
「……精霊に猊下を攻撃しているつもりはない、とも考えられる」
「どういうこと?」
「マリーアン様も言っていたけど、猊下はすでに衰退期に入って長いし、なにより神子時代に身体を痛めており、最近では随分体調が悪かったからね」
「教皇様の状態が分かってないってこと?」
「精霊が契約者以外に何かを伝える手段はそれほど多くないんだ。教皇猊下も存在を感じることはできたが、離れた場所ではっきり言葉を受け取ることはできなかっただろうね」
「そうか、教皇様に向けられた強すぎる呼びかけが、無自覚の精神攻撃になっちゃったってことか」
エルマン様は、頷きながらも断言は避けた。
「マリーアン様の推測で、本当にそうかはわからないけどね」
ただ単に癇癪を起こしてる可能性もあるってことね。シンシも、あの場所でしか精霊と会わなかったようだし、力の源である場所に縛られてるのかもしれない。
どんなに強い力を持っていても、特定の場所や、条件に縛られた精霊は多いのだ。
「それで、何度か高位枢機卿が精霊との対話を試みたんだけど、まともに姿を見ることも出来ず、ましてや声を聞くことさえなかった」
アヴァ親子も行く予定だったらしいが、度重なる教皇様以外の来訪者につむじを曲げたらしく、あの辺りに近づくと異常な雨が降り、万一の事故を危惧して実行に移せなかったらしい。
っていうか、教皇様が動けなくなったの精霊のせいなんだけどね。
「そんな時に、新たな神子候補が現れた」
「……え? あ、僕か」
訳も分からず担ぎ込まれて、あれよあれよという間に神子に祭り上げられた。僕の与り知らぬことではあるが、精霊との対話というプロジェクトは、うやむやのうちに一時中断されたらしい。
もっとも、僕を連れ込んだ例の司教たちにしてみれば、この騒ぎに乗じて、対話できる可能性があるアヴァ親子を、万一にも精霊に会わせたくないという狙いがあったのかもしれない。
なにしろ、彼らにしてみれば教皇様が臥せってくれていた方が、いろいろ都合がいいからだ。
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