精霊の契約者
その辺に浮遊する微精霊。思考ともいえないような単純意思しか持たない小さな存在。好き嫌いという嗜好はあるので、ある一定の場所にばかり集まったり、お気に入りを見つけて付きまとったりする。
ただそれだけの存在。
「へえ、こんなに遠くに居てもわかるぐらいの力の持ち主なのに」
「今は、ね。たった百年そこらでこれだけ成熟するのも珍しいけど、あいつは図体ばっか育って、中身は子供のままだからな」
リンがそれを言うかとも思ったが、そこは大人の対応で「そうだね」と笑って頷いた。
「……アレはもとはといえば、私から派生したものだ」
「あ、え? そうなんだ」
それまで黙っていたミドリが、そこでようやく話に参加してきた。
上位精霊は基本的には細々したことにあまり干渉しない。人が森を開拓して住み着いても、動物を狩り、植物を採集して生活の糧にしたところで、よほどのことがない限り手を出さない。
だから自分の眷属が力を持とうが、人間に従属してこの森を出ようが、気に障るようなことさえしなければ放置していた。
「数年前、久しぶりに眠りから覚めると、取るに足りない雫の一つが、私のテリトリーの一部を占領していることに気が付いてな」
一部、なんて言ってるけど、いろいろな意味でエネルギーの塊のような大瀑布を取られたら、影響力とか、勢力図からすれば、半分くらい持っていかれたと言ってもいいかもしれない。
ちょっと軒先で寝てたら、母屋を乗っ取られた構図なのか。
僕が考えてることが分かったのか、ミドリに上からすごい目で睨みつけられた。
「それで君ほどの精霊が、人と契約したのか」
リンが「なるほど」と納得すると、ミドリは僕から視線を外して頷いた。
「人と契約した精霊に対抗できるのは、同じく契約精霊のみだからな」
いろいろ理由があるようだが、精霊は基本的に能力のほとんどが範囲全体に影響が及ぶらしい。何か行動をすれば、すなわち己の領界のあらゆる場所で、何かしらの多大なる現象が起こる可能性がある、とのことだ。
そんな中で、ようやく見つけたのが、精霊術師の素質を持ったアヴァだった。本人すら気が付かなかった能力だったため、術が使えるようになるまでに十年以上の月日がかかった。
そして、アヴァがこうして大神殿に来ることになったのも、ミドリが何かしら手を打ったからだろう。
「私がもっと優れた術者なら、ミドリはもっと力を発揮できたのでしょうけれど」
謙遜なのか、もともと控えめに過ぎる性格なのか、アヴァさんはそう言うが、そんなことはぜんぜんない。そもそも、精霊術を操れる自体がチートだし、彼女は稀なる能力者だ。
それでも契約精霊の能力は、契約者の力量に左右されてしまうことがあるようだ。アヴァさんの能力は決して低くはないが、それは飽くまで現代に於いて、である。
ひと昔前なら、精霊と契約できる能力者はもっといただろうから。
「まさに問題はそこ。契約精霊の力は、契約者の力」
まるで僕の心をよんだように、リンがおもむろに口を開いた。
「……例の雫の契約者は、前任の姫神子さ」
当時の神子制度廃止の直接的な原因になった最後の姫神子、その人が問題の精霊の契約者だった。
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