リンとゾラ2
精霊は基本的に子供を育てることはない。
いまなお自然や大地より直接生を受けることの多い精霊は、生まれた時から一人で存在するのが普通だった。なので気まぐれに子供を攫ってきても、基本的には持て余して放置することがほとんどである。
「あ、ゾラを拾ったのはボクね」
もちろん初耳だったゾラは固まっている。
「ボクが自我を持ったのって、実は最近のことでさ。ボクがまだ、訳も分からず界渡りを繰り返してた時、シャーロットと出会って……あ、シャーロットってリュシアンの母親なんだけど」
当時のシャーロットは、まだモンフォール王家に嫁ぐずっと前で、周囲の偏見の目から逃れるため、わずかな使用人を連れて、人気のない湖畔の粗末な別荘に滞在することが度々あった。妹たちには気丈に振る舞っていたが、まだ幼い少女はここで密かに涙を流していたのだ。
そんな時、稀なる神獣に出会った。
エルフの血を色濃く受け継いだシャーロットに、女神の使者たる神獣ゆえに魅かれたのか、単に少女の悲しみの涙を仁獣として憐れんだのか、今となってはわからない。けれど、リンは彼女に何度も会いに行くようになった。
今のリンを形成している性格や性質は、シャーロットの影響を受けていると言っても過言ではない。
「ボクは、王家への嫁入りに大反対だったけどね」
それでもシャーロットが受ける差別がひどくなるのを見かねて、最後には了承するしかなかった。それが正解だったかはともかく、その時の彼女は心無い領民の悪い噂にかなり疲弊していたのだから。
実際に、彼女にとっての長男、リュシアンの兄となるミッシェルが産まれた時は幸せに包まれていた。
けれど、自我を持ったばかりで精神の幼かったリンは、彼女の愛情を独り占めにするミッシェルに嫉妬のような感情を持つようになった。
自分の感情に戸惑いつつも、リンは少しづつ彼女から距離を置くようになり、再び意識を閉じて界渡りに耽るようになった。
「そんな時、拾ったのがキミってわけ」
精霊に放置された精霊憑きの子供を、界渡りしていたリンが拾ったのはゾラだけではない。その頃には、シャーロットと会話することは少なくなっていたが、それでもリンが降り立つのは彼女の傍らだったのだ。
そうして各地から拾われた精霊憑きの子供は、シャーロットの私財で創設された孤児院で引き取られ、それぞれ将来への選択が出来るように手助けをした。
幾人かは、自ら望んで王家に仕える道を選ぶ者もいた。
ゾラは、その一人だった。
子供のころは親に迫害されるだけの精霊憑きも、必要な教育をきちんと受ければ、特殊な能力を持った魔法使いと条件は変わらない。一般人より有利なスキルを持ち得た、得難い優秀な人材なのだ。
「ま、ボクはなにもしてないけどね。すごいのは仕組みを作ったシャーロットだ」
実際にゾラは、孤児院でシャーロットにしか会ってないし、ずっと彼女を恩人だと慕っていた。拾ったのがリンだと聞いて驚いたが、結局のところゾラの認識は間違ってなかったようだ。
なにしろリンは、考えもなく拾って丸投げしただけである。ある意味、攫って捨てた精霊と大差のないかもしれない。
そんなある日、あの事件は起こった。
しばらく会いに行くのをやめると寂しそうにする彼女に、子供じみた優越感を感じて界渡りを繰り返していたリンは、シャーロットの周辺の不穏な変化にも気が付くことができなかった。
ただ、呑気にそんな平和な日がずっと続くと思っていた。
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