神事を終えて
約百年ぶりの神子のお披露目を兼ねた祭事は、思った以上の信仰心と、信者の満足度を上げる結果となり、無事に大成功を収めた。
丸一日、お色直しの時間以外、人々からの視線を一心に浴び、ちょっとばかり人酔いを起こしたが、どうやら無難にやり遂げたようだ。
残念ながらニーナ達を見つけることが出来なかったが、会場のどこかに居てくれていると思うだけでも十分に励ましになった。リンを始め、魔王様たちが乗り込んでこない判断をしたのは、教会と表立って対立するのを避けたためだろう。
前日リンと話をしたことで、少なくとも魔王様やお祖母様には、こちらの状況を把握していることがわかって少しは安心した。
少なくとも、人知れずここで神子様をやり続けなくてはならない、なんてことにはならずに済みそうだ。
「神子様、お疲れさまでした。これですべての神事の工程は終わりました。しばらくは通常通りのお勤めとなります」
翌朝さっそくエルマン様があいさつに訪れた。
祭事が終わると、その足でマリーアン様、エルマン様の上司である枢機卿に報告へ行ったっきり、この部屋には戻ってこなかった。慣れない行事を終えて疲れていたせいもあり、ちょっぴり心細く思ったことは内緒である。
「……あ、そうか。エルマン様は祭事のための側付きだったよね。それなら、今日でお役御免ですか?」
無意識にしょんぼりした声が出たのか、エルマン様は少し遠慮するように口元に拳を当てて笑った。朝食の準備をするメリッサがいるので、僕に対する態度は飽くまで役職のない神官の態度を貫いている。
「いいえ、実はマリーアン様より、もうしばらくはこちらでお仕えするよう仰せつかってます。あ、それと……」
エルマン様はそこまで言って、ちらっとメリッサとエレを見た。僕は小さく頷いて、彼女たちに声を掛けた。
「……メリッサ、エレ、食べ終わったらまた知らせるよ」
「かしこまりました。では、のちほど参ります」
メリッサは特に何も聞くことなく、エレを連れて部屋を出た。それを確認してから、それまで横に立っていたエルマン様に、向かいの椅子に座るように促した。
「ありがとう。ああ、食事はしてていいからね。なにしろ、君のそんなに痩せ衰えた姿を見たら最後、やっとの思いで我慢している魔王軍が攻め込んでこないとも限らないからな」
「冗談でもそんなこというのやめてくださいよ。これでもずいぶん体力は戻ったんですから」
もともと小さかったうえに、意識不明からの魔力の自家中毒で長い間まともに食事を取れなかったことで、かなり体力と体重が落ちたのは確かだ。今は魔力が気力を支えているが、体力という点ではまだまだ回復しきれてない。
というか! 今現在ちょっとぐったりしているのは、いろんな意味で精神力を使う大きな行事のせいで、新たに気力と体力を削がれたせいなんだけどね!
「そうそう、マリーアン様から伝言だよ。どうやら、リンが君のところの隠密と合流したらしい」
「……ん?! 隠密、って……んぐ、ごほっ、うっ! み、水っ」
口に詰め込んだパンを喉に詰まらせ、胸をたたきながらジタバタしていると、エルマン様が手前にある飲み物を手渡してくれた。そのコップを両手で鷲掴み、すこしぬるくなったミルクでなんとかパンを流し込み、ふうっと胸を撫でおろした。
「大丈夫か? よく噛んで、ゆっくり食べないとだめだぞ」
「エルマン様が急にびっくりさせるからでしょう? もう……」
ちょっと涙目になりながら、もう一口、落ち着くためにミルクを飲んでから、ゆっくり顔を上げた。
「それで、ゾラがどうしたんですか?」
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