精霊
僕は、改めて教皇様の容態を聞いた。
なにごとも彼女が元気なら、ここまでややこしいことにならなかったに違いない。
『正直にいうと……よくない』
リンの声が珍しく沈んでいる。
「ご病気なんですか?」
『病気、というかもともと寿命が近く衰弱は進んでたんだ。彼女は今の魔王より長生きだしね。だけど、今回それは直接的な原因じゃないんだよ』
確か魔王様って、ものすごい年齢だったはずだけど……いやもう、考えまい。
「というと?」
『彼女は高齢ではあるけど、もっと長生きのハイエルフもいるし、そもそもあそこまで弱りはしない」
ハイエルフの老化は、寿命が近づくとだんだんと動きが鈍くなり、魔力の減少により弱っていく。けれど、人間のような老い方はしない。姿もそれほど変わらず、寝込むような弱り方をしないのだ。
「それなら、他に原因があるんですね」
『ああ、たぶんあれはソナ瀑布に棲む精霊による障りだと思う』
そういえば、ソナ瀑布には力のある精霊がいるってペシュも言ってたな。
「……障り? 祟りとかそういう感じでいいのかな」
悪影響を被っているということは、なにかに怒っているんだろうけど、果たして何に対して?
『ボクも何度かソナ瀑布まで行ったんだけど、どうにも気難しい精霊で一言も話してくれないんだ。教皇様の件はずいぶん前からだから、きっとずっと前から原因はあるんだろうけど』
仮にも神の使いと言われる神獣でさえその扱いらしい。
本来なら罰を与えるべきは、むろん悪事を働いたものだが、必ずしもそうならないのが、人ならざる存在の理不尽なところだ。精霊にしてみれば、自分たち以外は種族など関係なくひとくくりだ。単に、集合体の首長に怒りをぶつけているのかもしれない。
その短絡な行いのせいで、余計に事が悪い方に傾こうが、そんなことは知ったこっちゃないのだ。
ソナ瀑布に棲まう精霊の格は、それこそ神に等しい。古代エルフが女神になったように、精霊が神に昇華することさえある世界だ。
そして神格を得たものが、地上に住まう者に慈悲だけを与えるとは限らない。災いもまた、神が下すもののひとつなのだから。
「微精霊が騒がしいのも、そのせいだったのか」
僕がつぶやくとリンが頷いた。精霊たちすべてがソナ瀑布の精霊に従っているわけじゃない。か弱い精霊は、ただ戸惑っているだけなのだろう。
「とにかく、今回の式典は必ず成功させなくちゃいけないってことだね」
どちらに対しても隙を作るわけにはいかないのだ。
こんな時に、教皇猊下の権威を失墜させることが有ってはならない。彼女には、教会の頂点に立っていてもらわなければ困るのだ。そのためにも、余計なトラブルを起こすわけにはいかないのである。
個人的に教会にあまり良い印象は持っていないし、今回の誘拐に至っては、正直なところ許せることではない。だが、教会も一枚岩ではないし、その関係者がやったことでも、少なくとも組織の総意ではない。
なんかもう、こんがらがってきたが一つ一つ解決していくしかない。
『とりあえずリュシアンたちは、今回の式典に集中していいよ。精霊のことは今はこっちに任せて、おっと、長話が過ぎたね、ボクはもう行くよ。今からちょっと行くところがあるからさ』
「えっ、リン、どこか行くの?」
ちょっと心細さもあり、つい引き留めるようなことを言ってしまった。僕は慌てて口を押えて「何でもない」と笑った。
『そうそう、ニーナ達をこっちに連れてきてるよ』
「……え!?」
リンが何を言っているのか、一瞬わからなかった。
『神子のお披露目を見学に来たんだ。もちろん、今回は会うことはできないだろうし、神子がリュシアンだってことも知らされてない。こちらでの彼女たちの身分はただの学生で、すごく遠くからしか見れないけどね』
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