まきこまれ?
ハイエルフであること。神子の条件として、思い当たることはそれしかなかった。
そうでなければ、性別、能力の性質、どれをとっても精霊術師の親子の方が、よほど神子の条件に合っているからだ。
僕がもし、記憶障害でなかったらすぐに気が付いただろう。
なにしろ過去の神子たちは、数十年もの長きにわたり神子であり続けた。いずれも、成人前の子供の姿のままで。
それは、信仰する女神と同じ、古代エルフの特徴を受け継ぐ「現つ神」と言われる所以でもあった。
『ああ、その通りだ。かつて神子は、歴代幼い子供が担ってきた。もともとはエルフの中から成長の遅い、古代エルフの要素を持った子供を連れてきて、神子候補として養育したのだ』
マリーアン様の言葉のあとに、それまで黙っていたエルマン様が続いた。
「教皇猊下は、それを不憫に思って制度を廃止したわけだけど、それが結果的に女神信仰を衰退させてしまった。問題は、そのせいで人々が精霊の存在を忘れ、信じなくなったことだ。自然を敬い、精霊に敬意を払う、そんな当たり前なことをしなくなったんだよ」
この世界には、現実に精霊は存在する。独自の感情があり、人などが思いつかないことで怒り狂い、何百年もかけて培った文明さえも、一晩で灰燼に帰すこともあるのだ。
そんな精霊たちの声を聞き、仲介し、宥めることができるのが神子だった。
神子の役割は、ただ信仰の対象だけではなかったのだ。
『猊下はハイエルフです。かつては自らも神子を務め、その後は長く心の病を患いました。それだけではありません、今でも彼女はまっすぐ歩くことができないのです』
そういうことか。あの過酷な神子のしきたりを、経験された方だったんだ。おそらく幼い頃に、何十年も地面に足を付けなかったことで、骨や腱が正常に成長しなかったのかもしれない。
「教皇猊下のお気持ちは察するに余りあることだけど、これがきっかけで教皇の威光も弱まり、その地位も揺らぐこととなった。そうして、台頭してきたのが、帝国を神格化する皇帝派だ」
「え? 帝国って……」
「いうまでもなく、この世界の最大の国家、フォルティア帝国だ。最近では、皇帝がコロコロ変わって何とも落ち着かないことだけどね。つい最近も政権交代したばかりで、新しい皇帝は、その地位に着くまでにいろいろ暗躍してたみたいでね」
エルマン様の話では、政敵を始末する間、木偶の皇帝に椅子を暖めてもらって、待ちかねたように最近即位したようだ。世界会議の場で、それまでの意見を変えて、異界交流を是としたのはこの皇帝だったのだ。
女神信仰は、二つの世界共通のものだ。僕たちがいた世界のソナ教、そしてこちらのソティナルドゥ教。そんな教会の力は、この世界の最大国家のフォルティア帝国でさえ無視できない。
そのため、教会にも根回しを怠らなかった。
教皇が臥せっているのをいいことに、自らこそが神の使者であると宣言して憚らなかったのだ。
欲深い皇帝の考えていることはだいたい想像がつく。この世界だけでなく、あちらの世界をもその手に入れようというのだろう。
「皇帝は人間なので、精霊の力を借りることなどできない。女神の血脈への加護を受けた祖先から、久しく遠くなった彼らに、精霊の声が聴けるはずもないからね。だが、それでも権力に群がる者たちは教会の中にも数多くいた」
精霊を近しく感じない者が、それを恐れるはずはない。それは、悲しいことに教会の人間であっても例外ではなかったようだ。皇帝は確かに狡猾で頭のいい人間なのかもしれないが、教会を掌握しようとしているのに、その根幹となるものが何かわかってはいない。
とはいえ、大多数に押されれば正論や正義など塵芥も同然だった。彼らにとっては、その目に見える金貨や、現実に揮うことができる権力こそが、まごうことなき真実なのだから。
『ヤツの壮大な妄想がどこまで本気かは知らぬが、恐ろしいことに影響力は甚大と言わざるを得ない。すでに、教皇猊下が退陣されると仮定された権力争いが苛烈になっているからな』
あっちもこっちも尻に火が付いた状態で、大変なことは分かった。そして、いつの間にかなぜか渦中にいるのは、もはやマストなんだろうか。いや、待って。そもそも、なんの話してたっけ?
「ああ、そうだ。その教皇様のことだった」
ただ僕は、容態を聞いただけだったのに、えらいことに巻き込まれた気分だった。自分のことでいっぱいいっぱいだったはずなのに、なぜこうも知らないうちに渦の中心にいるのだろうか。
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