前日
大神殿がある地域は、昔から広大な水をたたえる大瀑布を中心に、安定した水と大地の恵みを享受してきた土地だった。その豊かな自然から生まれる精霊は、各地へと散らばり多くの祝福を与えた。
ペシュによると、滝に大きな力を持つ精霊がいるらしい。そして、その影響でこのあたりには意思を持たぬ小さな精霊もたくさん存在しているようだ。
今回の祭事は、そんな精霊たちを与えてくれる女神への感謝を示すものらしい。
ペシュが指さす先には、白い綿毛のようなものがふわふわ浮かんでいた。この大神殿周辺は特に微精霊の数が多いのだという。
あれって、精霊だったんだ。
部屋の中にまで綿毛が飛んでいるのでおかしいとは思ってたけど。
「神子様には、ここにいる微精霊の姿が見えているのですね」
「はい、この数日は特に多いですね。エルマン殿にも見えますか?」
「精霊を見ることはできませんが、私は魔力など、力の源のようなものを可視化することができます。その影響か、精霊が存在する場所は少し魔力のような反応があるんですよ。あまり小さな存在は無理ですが」
どうやら部屋に浮いている小さな存在は見えないようだ。ある程度力のある精霊なら、姿こそ見えないがぼんやりと影のように感知することができるらしい。
「そういえば、アイの姿を見かけませんが、どうされたんですか?」
「今は、マリーアン様のところに預けています」
「そう、なんですね……」
日課になった禊を終えてエルマン様と雑談をしていると、そこへ例の二人が現れた。
僕をここへ攫ってきた張本人、ベルモンドとサハだ。
「神子様、いよいよ明日です。ご準備のほうは順調に終えましたか?」
「……おかげさまで、滞りありません」
ベルモンドに答えたのはエルマン様だ。
そういえば、神子の代わりに答えるのは側使えの神官の仕事の一つだと言っていた。というか、それは人前での事だったような気がするけど、僕も彼らと仲良くするつもりはないので構わないけど。
それが気に入らなかったのか、サハがエルマン様に「しゃしゃりでるな」とばかりに睨みつけたが、本人はどこ吹く風で一顧だにしなかった。
「教皇様は体調が優れぬご様子ゆえ、ご出席なされるか不安視されておりますが、わたくしどもがおりますれば神子様にはご安心いただきたいと、こうして参った次第であります」
我々が後ろ盾です。そこのとこよろしく! と、言うところだろう。
記憶があいまいで、頼る者もいない身の上なら、この二人の言葉はそれなりに響いたかもしれない。まあ、今となっては、ただの誘拐犯の戯言だけどね。
「ありがとうございます。ご厚意により、側付きに優秀な人材を寄越してもらえたおかげで、なにごとも不足なく万全に整いました。お二人には、どうぞ安心していただきたく」
間に合ってるので帰ってね、と丁寧に返事をしてにっこりと笑顔で返した。
タイミングよくメリッサが、明日の装飾品の確認に現れたため、二人は出ていくしかなかったようだ。なんだかエルマン様を敵視しているようだったが、正確にはその後ろに居るだろう人物に、というところだろうか。
「メリッサ、悪いけどそれは後で見るよ。お茶を入れてきて、ゆっくりね」
「……かしこまりました」
僕の意図を理解して、メリッサはエレを連れて部屋を出て行った。さすがに部屋の外に控える神官たちはいるだろうけれど、よほどの大声で話さなければ聞こえないだろう。
「記憶は、もどっているようだね」
向かい合ってすぐ、エルマン様は微笑んだ。
「えーと……やっぱり気が付いてましたか?」
「確信したのはついさっきだけどね。さて、人払いまでして私になにか聞きたいことでもあるのかい?」
前置きは必要ないようなので、僕もズバリ本題から入った。
「教皇様に会うことはできないでしょうか?」
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