神事を控えて
禊を終えると、部屋ではメリッサとエレによってたくさんのお湯を準備してくれていた。
「ふわあ、生き返る。うう、禊の儀のときは、湯あみはできないんだよね」
「はい、さようでございます。そのまま直接神殿へ移動することになります。そのあと本来なら丸三日、神殿にて断食するのが本来の流れですが……」
熱いお湯を足しながら、エルマンはそこで一度言葉を切って、にこりと笑う。
「こちらへ戻っての湯あみはできませんが、お祈りは一日に短縮され、朝夕の二回、穀物の温かい粥が出されます」
本来行われていた神殿での断食と祈祷での三日間を、今回の新たな規定改正で一日限りの祈祷となった。食事も体調を壊さぬように温かい粥が出される。
そもそも絶食をするというプロセスは、女神であったエルフが食事を必要としなかったことに由来する。もちろん今のエルフは基本的に何でも食べるが、原初のエルフはほとんど食事をせず、口にするにしても花の蜜や木の実を時々食べるだけだったので、その名残なのだそうだ。
湯あみのついでに丸洗いされた僕は、お湯から上がり、今は髪を乾かしてもらっている。エルマン様の生活魔法による「ドライヤー」である。
要は、火魔法と風魔法の合わせ技なんだけど、こちらに来て長いエルマン様は、どうやら生活魔法をいくつか体得しているようだ。
複数の属性が必要な時点で困難な生活魔法を、器用にコントロールして使いこなすなんて、さすがとしかいいようがない。
――ここへ連れてこられて、そろそろ半年くらいか。
すっかり肩を越えて肩甲骨辺りまで伸びた髪は、毎日毎日メリッサの職人技によって念入りに手入れされ、眩いばかりのエンジェルリングが輝いている。
我ながら、なんとも神子って感じだな……
「……ん!? わ、っわ、こら!」
エルマン様やメイドたちによって完璧に仕上げられた僕に、従魔たちはいつもどおりお構いなしだった。さっそくピカピカに整えられた髪を、わしわしとチョビが遠慮なく登って行った。
なにしろ滑るものだから、いつもにまして足を踏ん張ってあっという間に髪はもみくちゃだ。登り切った頭の頂点で「やりきった」みたいな顔するのやめてもらえる? 相変わらず爪も痛いし。
ちなみにペシュも、ちゃっかり首筋辺りの髪の中に隠れた。エルマン様がいるときは、こうしてコウモリの姿のままでいることも増えてきた。
「神事の時はチョビを頭に乗せたままでははいけませんよ」
「わかってますよ、エルマン様。チョビたちには言い聞かせておきますので」
チョビはできるだけ小さくなってもらって隠れてもらうしかない。あまり小さくすると、万一にも他の、Gのつくヤバい生物と間違えられる可能性があるのでほどほどに、だけどね。
ペシュは人の姿に変われるので、そこは問題ないだろう。
ということで、二日後にはいよいよ「禊の儀」本番からの、神殿でのお祈り、そして神子のお披露目を兼ねた大神殿での神事が行われるのである。
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