準備と神子(エルマン視点)
数日後に神子のお披露目を兼ねた儀式を控え、にわかに大神殿全体が慌ただしい雰囲気になっていた。
遠方からも、この一大イベントに参加しようと信者たちが続々と集まってきている。ひと昔前に比べれば、それほど盲目的に信仰している人が少なくなったとはいえ、土地に根付いた女神信仰がまったく失われたわけではないのだ。
それも現人神ともいえる神子が姿を見せるとあっては、いささか不謹慎ともいえるが興味本位で訪れる者もいるだろう。
とはいえ件の神子本人はといえば、禊の儀を迎えるまでは、儀式の進行確認と、神子としての注意事項の最終確認、数回のお色直し用の衣装合わせくらいのもので、そのほかは普段と変わりがない。
儀式を迎える大神殿広間と、それを準備する人々が度々中庭を行き来するのを、白い衣装に身を包んだ少年が、少し退屈そうに眺めている。
ここは神子が住まう居住地で、普段は滅多に人が横切ることはない。
たとえあったとしても、特定の人物くらいなものだ。けれど、今は神子が使う道具や神具、衣装や身なりを整えるための神子の館への仮通路の建設など、普段見かけない人々が行き交うのだ。
かつて壁を取っ払った東屋には、上半身が隠れるほどの御簾がかかっている。角度の関係で、こちらからは見えるが、外からは陰になってみえない仕様になっている。
「神子様、ここは少々騒がしくないですか? お部屋に戻っては?」
神子の側に侍るようになった神官として、私こと……マリーアン枢機卿付エルマンは常に彼の後方に控えるようになった。今回のような神事は、初めてのことでそれなりに緊張している。
「いいえ、久しぶりに活気があって楽しいです」
そういってにっこりと笑うリュシアンに、私は不意を突かれたように毒気を抜かれた。どうやら彼はこの状況をそれなりに楽しんでいるようだった。
それに気のせいでなければ、物腰がかなり柔らかくなり、言葉遣いや雰囲気が変わったような印象を受けた。これも神事に向けての神子修業の賜物といえばそうかもしれないが。
「それならよかったです。以前よりお気が軽くなったようにお見受けしますが、何かありましたか?」
その問いかけに、リュシアンは一度瞬きして「そうみえますか?」と笑って前置きして、お茶の用意をしているペシュに向っておもむろに両手を伸ばした。
ペシュはすぐに了解して、手に持っていた茶器をおいてエプロンのポケットから何やら小さなものを出し、それをそっとリュシアンの手のひらに乗せた。
「ほら、これです」
こちらに差し出してきた手のひらには、ゴツゴツした石ころのようなものが一つ乗せられていた。
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