一方で
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大神殿のとある一室。
一見すると質素なつくりのこじんまりとした部屋だが、注意深く見れば高価な材質で作られた机や本棚、決して質素なだけの代物であるといえないことがわかる。そんな密室に、二人の男が額を寄せ合って話していた。
人払いはしているようで、ほかに人はいない。
「いかがいたしましょうか? 明らかに言動がおかしいように思えます。記憶も混乱しているようで……そう、まるで自分を別人だと思っているようですな」
大神殿付き司教は、少し寂しくなった頭髪を撫でて、いささか困ったように上司にお伺いを立てている。ちなみに、この男はサハと呼ばれている。本名かどうかはわからないが、幼いころから神殿に仕えているものは、通名のようなものがあるらしい。上司のほうはベルモンド、こちらは本名である。
「まあよい。記憶がないなら、むしろおあつらえ向きかもしれん。当分はお披露目はせず、内部の事実固めから始めたほうがよさそうだ。そうだな、例の精霊術師の親子の親類、とでも言っておくがいいだろう。より、相応しい人材がおったとな」
「教皇派は、どちらにしても納得しないと思いますが」
「なに、今や起き上がれもせぬ教皇に何ができる。今回のことにしても、もろもろの手段はともかく、祭事復活に関しては正式に会議で承認されたこと。日和見の輩のほとんどは、すでにこちらに傾いている。だが、一応報告はしておけよ。形式を無視すると、のちに面倒だからな」
「……は」
恭しく首を垂れて踵をかえしたサハの耳に、やがて枢機卿ベルモンドの聞えよがしの独り言が小さく届いた。
「この祭事復活は、教会にとって重要かつ有益なものになる。それは、次期教皇の候補選にも少なからぬ影響を与えるだろう」
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