それぞれの研究
「だめだー……、これ以上何をすればいいかわからない」
朝っぱらからしまりのない声を上げて、万歳状態でテーブルに突っ伏したのは、情けないことに僕だ。
ここは、寮の談話室。
「どうしたの、今日は塔へいかないの?」
「あれ? 本当だ。学校はクラブ休暇だけど、塔の方は関係ないもんね」
ニーナとアリスは、これから教室棟の地下実習室にいくようだ。
クラブ休暇とは、休暇と銘打ってはいるが課外授業の一貫だ。一か月に三日ほど枠があり、クラブ活動を行っていない生徒は登校の必要がないのでそう呼ばれているが、もちろん本当の意味で休暇ではない。
慣例として、クラブのOBや、知識の塔の研究員に教えを乞うこともできるし、時間もまとめて使えるのでとても有意義な時間だ。研究員側も、新たな着目点などを得る機会となるため、有望なクラブへの参加は結構盛んらしい。
クラブ不参加の生徒にはなにかしら課題も用意されているが、クラブ活動には昇級チャンスも多いため、ほぼ全員がどこかのクラブに所属している。
「なんじゃリュシアン、なにか行き詰まっておるのか?」
「……あれ以来、なにも進展なしなんだよ」
男子棟のエドガー達と待ち合わせをしているらしく、ベアトリーチェとカエデも談話室へやってきた。ベアトリーチェに続いて、カエデも心配そうに声を掛けてきた。
「打ち込むのは悪くないけど、たまには他のこともやって気分転換したら? 学校の授業も受けていいんでしょ?」
「うん、ここ最近は塔に籠ってたから、魔法陣研究室のトマさんにも言われた」
ようやく起き上がった僕は、苦笑しつつテーブルに肘をついて顎を乗せた。
「エドガーとダリルを待っているようだけど、今日は一緒なの? 二人は鍛冶とか錬金に入り浸っているって聞いてたけど」
「ああ、それね。実は、私たちのクラブって今は連携して活動してるのよ」
やがてエドガーたちが合流して、みんなは教室棟へと移動することになった。僕も、ちょっとだけ興味を引かれたので、そんな彼らに同行することに決めた。
いつも通り、広い実習室の後ろの方のテーブルにベアトリーチェが席を取る。
この辺りは空席が多い場所だが、さすがに今日は一日中作業が出来るということで、教室はめちゃくちゃ混んでいた。何とか二つのクラブが入れるだけのスペースを確保して、まずはミーティングを開始する。
談話室で少しだけ話を聞いたが、どうやら二つのクラブが臨時に手を組んで、鉱石に一定の魔力を込める実験をしているらしい。
一年くらい前に、僕もマイブームだった武器に魔石を埋めこんで魔法付加をつける手法と、基本的な考え方は同じだ。魔石の代わりに、蓄魔電池を使って鉱石に魔力を付加するようだ。
僕の場合は、魔石を使ったのでちょっとした呪式で補助するだけで、狙いどおりの魔法付加をつけた武器を作成できたが、魔石自体が高価なので普通はそんなに簡単ではない。
そこで代用品として挙がったのが蓄魔電池だ。
当然ながら、電池の大きさが最大のネックである。ラムネットさんのように魔石を使えば今すぐに解決だけど、それでは本末転倒なので意味はない。
魔石と蓄魔技術の併用で、常に小さな電池に充電し続けるという手法が、ラムネットさんの小型チョーカーの仕組みだ。これは魔力のまったくないラムネットさんが、魔法陣キーや、魔道具を扱うための微力の魔力を得るために、少量の魔力を備蓄しているに過ぎない。
ベアトリーチェたちが求めるのは、普通なら魔石を使わないと機能しない代物に、魔石を使わず蓄魔電池だけで完結させるのが最終目的だ。
「へえ、面白そうだね」
話を聞いているうちに、僕もワクワクして来た。
「大きさか……ああ、そうだ。戦闘用の武器じゃなくて、例えば作業用のものだったら、魔力を通すもので双方を繋いで、蓄魔電池は腰のベルトにでも下げれるようにすればいいんじゃないの?」
「……!?」
ベアトリーチェがスゴイ勢いで振り向いたような気がしたが、僕はそのままニーナに話しかけた。
「ほら、ニーナ。あの時の薬草採取の時みたいな、作業用ナイフなら十分だと思うけど」
「そっか、ホントね。あのナイフすごく便利だったもの」
「よくそんなこと思い着くな、リュシアン。武器じゃないのは残念だけど、どのみち試作品だし、いいじゃねーの?」
ニーナが頷くと、続いてエドガーが感心しつつ同意する。
「魔力を通すっていうと錬金した金属が一番いいかな……あ、ダメか。金属じゃ曲がらないよね」
ジャンが興奮したように後に続き、いろいろ素材を上げては自分でダメ出ししている。
「形成魔法なら糸のように細く丈夫に出来るよね。それを何本も束にすれば、それこそ糸束のようにしなやかに曲がるよ」
当たり前のように答えを出す僕に、皆の視線が集まる。何か言いたげに口が開き、驚き半分呆れ半分で唖然としていた。
「……あれほど悩んでおったのが嘘のようじゃ。リュシアンが加わるだけで、こんなポンポンと案が出てくるとは」
ベアトリーチェの熱のこもった眼差しに、僕はちょっとだけ後ろめたくもあった。こういう案は、ほぼすべてが記憶の中にあるものの応用なのだ。もちろん役に立つ情報は使わない手はないのだが、僕の手柄にされるのはなんとも複雑な気持ちになってしまう。
そんな時、すぐ真横からいきなり声が掛けられた。
「ねえ、ウチのクラブも参加させてよ」
教室の前方でクラブの仲間と一緒にいたカトリーヌが、いつのまにかすぐ近くのテーブルの空席に座っており、ちゃっかり僕らの話を聞いていたようだ。
「今の話、私はきっと役に立つと思うわよ」
おもむろに立ち上がったカトリーヌは、そう断言して僕の座る椅子のすぐ近くまで歩いて来た。
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