無関心
浅葱色の美しい艶やかな髪、澄んだ青空のような瞳、滑らかな象牙色の肌。
簡素な膝丈のワンピース姿の小さな女の子が、ニッコリ笑ってそこに立っていた。
「リィブ! ああ、よかった。無事だったんだね」
元気そうなリィブの姿に心からホッとすると、その様子を見たリィブが小さく首を傾げた。
「わらわはげんきなの。リュシアン、どうしてしんぱい?」
「だって、この水場が枯れてたから。リィブに何かあったと思うじゃないか」
リィブは了解したように頷いた。
「そんなことなの。これはあえてそうしているだけ、あんしんして」
「どういうこと?」
僕の問いに、リィブはもう一度首を傾げ、かみ砕くように「どういうこと?」と僕の台詞を繰り返した。
「うーんと、リュシアンはここのおみずつかっていいのよ。いくらでもすきなだけもっていけばいいの」
髪をなびかせてくるりと回って、水場を指差し楽しそうに笑っている。
ああ、そういうことか、と理解してしまった。
ここには、もはや誰に対しても無償で与えられる恵みはないのだ。当たり前だと思っていた恩恵、それが特別に与えられていたものだと、果たして村人たちは正しく気付けただろうか。
水場の近くには、遠慮がちに作られた小さな祠のようなものがあり、カゴに盛られた供え物らしきものがあった。けれど、リィブはそのことには一切触れなかった。単に気が付いていないのか、興味がないだけなのかわからないけれど。
まだリィブの怒りがとけてないのか……いや、そうならまだましだ。本当に怖いのはリィブの関心がまったくなくなってしまうことだ。
「まさか、村の井戸まで枯らして……?」
つい声に出して呟いてしまい、僕は慌てて口を閉じたが、リィブの笑顔はなんら変わらない。
「だいじょうぶ、なにもしてないの。わらわはなにもしないのよ」
前にも聞いたセリフだ。文字通り、リィブは何もしていないのだろう。
つまり、そういうことなのだ。湖畔のダンジョン地下に海水が流れ込んでいたように、きっと井戸にもかなり多い量の塩が混じっている。それに街道沿いのこの地域は埃っぽく、旅人や商人など通行の要所だけに、病を持ち込まれることも少なくなかっただろう。
本来ならばそういう土地なのだ。
数百年、たった数百年それがなかっただけで、人々は永遠だと思い込んでしまった。感謝することを忘れてしまった。
ここに祠を作った村人は、きっとそれに気が付いている人達なのだろう。
「ねえ、リュシアン。さっきから誰と話しているの?」
つい考え込んでしまった僕は、肩を叩かれてはっとなった。
これまでまったく会話に入ってこなかったので、ニーナを紹介しそびれたことに気が付いたのだ。うっかり失念していたが、リィブの姿は誰でも見えるわけではないとアリソンさんが言っていた。
「えっと、ここにリィブがいるんだけど……見えないよね」
「そ、そうなの?」
ニーナは目をこらすような仕草をして、僕が指差す方向に注意を向けていたが、しばらくするとふうっと息を吐いて顔を上げた。
「ダメ、無理みたい。そっか、精霊を視る素質がないと無理なんだっけ?」
「僕も忘れてた、ごめん」
カエデもゾラも普通に視えていたから、すっかり頭から抜け落ちていた。取りあえずリィブには、ニーナの事を紹介した。
ニーナは気が付かなかったが、リィブは彼女の周りを確認するようにゆっくりと歩いていた。
「リュシアンのだいじなこなら、わらわにもだいじ。まりょくはすくないけど、とってもきれい……うん、きにいったの」
対面は果たせなかったが、リィブはニーナのことを気にいったようなので、まずは一安心である。
「ちょっとまえまでは、わらわたちのこえがきこえたひとがいたの。そして、そのだいべんしゃをだれもがうやまい、しんじていた。だからわらわたちがそんざいすることをだれもうたがわなかった」
「へえ、そんな人がいたんだね」
「そんな方が……教会の巫女様かしら?」
リィブの声をニーナに伝えながら、僕も「そうかも」と頷いた。
「みこ……うん、そうよばれてたひともいたのよ……でも、いちばんよくはなしたこは、たしかひめかみさまとよばれていたの」
「ひめかみ、さま?」
「姫神様? お姫様だから、女性の神様ってことかしら」
そこまできて、ようやく僕には心当たりに行きついた。
「……リィブ、それってどのくらい前なの?」
リィブがちょっと前と言ったのですぐには思いつかなかったが、考えてみれば永遠のような時を生きる精霊の言葉だ。もしかしたら、それは――。
「ん……、たしかひゃくねんが、にかい、ううんさんかいくらいまえだったの」
思った通り、ざっと三百年くらいまえのことだ。
間違いない、今の教皇様が廃止したという生き神信仰の、きっと当時の生き神様だ。姫神様ってことは、最後は女の子だったってことだろう。
確かに間違いも多かった生き神信仰。
けれど、人の目に映らない精霊たちにとっては、大切な架け橋的存在だったのかもしれない。
お読みくださりありがとうございました。




