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留学生の実力(カトリーヌ視点)

「……誰よ、あのチビッコが魔法使えないなんて言ったのは」


 でも、結局は出来そこないの初級火魔法。あれくらい誰だって出来て普通なのだから、それで実力を見せたと思わないことね。

 ビーチェは彼らを連れ出そうとしたみたいだけど、どうやらテストを受ける気になったみたい。当然よ、魔王の娘だからって、なんでも思い通りになんてさせるもんですか。

 私は、カトリーヌ。ベアトリーチェとは幼馴染で、同い年である。余談だが、人魚族は成人までの成長が他種族に比べてかなり早く、私の方がいつも年上に見られるが、れっきとした十三歳だ。

 この会場で留学生たちが、新入生たちと一緒に審査やテストを受けると聞いたのは、ほんのついさっき。塔の予備研究員として呼ばれた生徒が、まだ幼い子供であることは先日研究棟で見たので知っていたが、その後の噂で聞き捨てならない話を聞いて、居ても立っても居られなくなったのだ。

 簡単な魔法の一つも道具なしでは使えない。

 しかも、子供のような見かけもさることながら、本当の年齢にしてもまだ十二歳だということも。


「私とたいして変わらない年齢の子供が、研究員として呼ばれるなんてありえないわ」


 人魚族は総じて好戦的な性格で、氷魔族の中でも戦闘能力において圧倒的存在感を誇っていた。おまけに海を制することは、戦争時の兵糧の運搬、人材や兵器の動きなど、ほぼ完全にコントロールすることが出来た。

 そのおかげで魔王の地位が力での奪い合いだった時代、人魚族は数代に渡って王者の名をほしいままにしていたこともあった。もっともその時代は魔王は一人ではなく、交代も激しい時代ではあったのだが。

 けれど、それはすでに過去の話。

 陸にあっては、海での戦闘力の半分も発揮できず、戦争時は推奨された海賊行為も、当然ながら今は国際法でも国内法でも犯罪だ。現存する人魚族の中で一番裕福な一族は、こともあろうに海辺のリゾート地で観光客相手に数世代に渡って商売している生粋の商人だ。

 

「……海の覇者たる人魚族の恥だわ」


 カトリーヌの一族は、本島の港町の一つを領地に持っていた。

 とても小さな領地で、実際それほど裕福ではないが、今でも何人もの優秀な騎士や魔導士を輩出している名家である。

 そんな我が一族が、魔王の後添えにと幾度となく花嫁の候補を出したが、結局選ばれたのはなんの後ろ盾もない町娘だった。


「おっ、あれって例の留学生か?」


 すっかり思考の中にあった私は、そんな周りの声に顔を上げた。

 どうやら新人スカウトに来ていた武闘派クラブの一団らしい。その中の一人が、会場の方を指差している。他の生徒たちも、その指先に一斉に注目した。

 いつの間にか、例の彼らの順番になっていたようだ。見ると、長い黒髪の少女が、人の形をした木偶の前に立っている。

 彼女の選択は、魔法ではなく体術のようだ。

 スッと膝を上げ、独特のスタイルから風を切るような音と共に、ムチのようにしなやかな動きで足が木偶を蹴り上げ、ヒラリと身体を回転させてもう一撃、それこそ数秒の出来事だった。気が付いた時には、木偶の首がコロコロと地面を転がっていた。

 一瞬、しぃんと静まり返り、その後にワッと沸いた。

 私としたことが、思わず見とれてしまった。やったこと自体は、それほどすごいことではない。ただ、なんというか、すごく華がある動きなのだ。


「な、なかなかやるわね。でも、動きは派手だけど、別に取り立ててすごいってわけじゃないわ」


 彼女はあのグループのまとめ役っていうか、リーダーって感じだし、たぶん一番強いに違いない。そう自分を納得させながらも、知らず知らずのうちに他の観客同様、食い入るように身を乗り出していた。

 続いて、前に出たのは少し小柄な少女。彼女は、自分の身長ほどの巨大な大剣を担いで、ブンブンと振り回していた。もちろん、身体強化のスキルがあれば容易いことだが、彼女の場合は体幹がいいことに加え、天性のカンというか身体の使い方がとてもうまい。

 まるで大剣が羽根で出来ているかのように軽々と扱う剣士だった。これもまた意外性があり、加えて可愛い容姿も相まって会場を沸かせた。

 他にも鉄扇を操る舞のような格闘技を見せる魔族の少女、多彩な回復術に光の攻撃魔法まで使う少年に、強力な火炎魔法を使う防御特化の盾使い。

 いつの間にか、テスト会場は留学生の独壇場になっていた。

 私の口はバカみたいに開きっぱなしになっていた。それでもなんとか気を取り直したのは、下の会場にいるベアトリーチェが、同じように唖然とした間抜けな姿を晒しているのを目にしたからである。


「……なんでアンタまで驚いてんのよ」


 思わず突っ込んだが、そんなこんなで会場中の注目を集めるだけ集めた状態で、ついに例のチビッコが魔法用の標的ボードの前に立った。どうやら魔法を披露するらしい。

 あんなヘロヘロ魔法で、よく魔法実技でテスト受けようと思ったわね。

 どういうつもりか知らないが、せいぜい恥をかくといいわ。いくらお友達がすごくたって、あんな出来そこないの魔法なんか認められるはずないんだからね。

 私は人混みに見え隠れしてしまう小さな姿を追うように、目を皿のようにしてその少年に注目した。


「――ッ!?」


 次の瞬間、真っ白になった視界に驚いて、思わず目を強く瞑った。前かがみになっていた私は、無音の圧力に押されたかのように仰け反ってしまった。

 気が付いた時には、床に手をつき地べたに座り込んでいた。


「え? ……な、なに?」


 周りもざわつき、あれは誰だという騒ぎになっている。

 そんな騒然とする中、私は四つん這いになりながらも移動して手摺の横から、思わず身を隠すようにして、そっと会場をのぞき込んだ。

 例の少年は、何やらぺこぺこと記録係に謝っていた。

 的として設置されていた幾つかの標的ボードは隣り合った二つが粉砕され、さらに背後にあるドームの壁の一部を黒こげにして、近くにいた数人の生徒が腰を抜かして座り込んでいたのだ。


「ちょ、ちょっと何よこれ。とんだ危ない奴じゃないの。上級魔法を使う時はちゃんと試験官に告げて準備をするのが常識でしょ……」


 とはいえ、あの魔法には違和感を感じた。

 なぜなら、あれだけの眩い閃光とおびただしい威圧をまき散らした割には、対象物に対する被害はどう見ても光系ではなく炎系の損壊で、しかも軽微なものだったのだ。

 もちろん「軽微」というのは放出された魔力に対して、という意味である。


「なんなのよ、あのめちゃくちゃな魔力の使い方は。しかも、あれだけの魔力を放出してケロッとしているのがムカつく」


 口の中でブツブツ文句を言いながらも観察していると、ふいに彼がこちらを振り向いた気がしたので、とっさに隠れて身をかがめた。


「な、なんで私が隠れなきゃなんないのよっ……」


 負けたみたいで悔しくて愚痴ってはみたものの、なぜだか心臓はいつまでもバカみたいに早鐘を打ち、一向に足に力が入らず立ち上がることが出来なかった。

お読みくださりありがとうございました。

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