魔王城3
「遠くまで、すまなかったな。この城に来るのは不便であったろう?」
魔界の魔王こと、名をヴィンセントというらしいが……ムーアー諸島の王様は、姿に似合わず、いざ会話をしてみると思ったより気さくな雰囲気だった。
黒装束に、大きな黒いマント、ストレートの長い黒髪と黒い角、ほぼ黒一色ではあったが、唯一、その瞳だけが明るい金色だった。
眉間に刻まれた気難しそうなシワのせいで、黙って睨まれたら、つい「すみません」と謝りたくなるような迫力があるが、その声は、意外にも優し気なバリトンの心地のいい響きである。
「いえ、ここへ来るまでお祖母様にいろいろ気を使って頂いて、とても楽しく過ごさせて頂きました。興味深いもので溢れていて、退屈する暇がありません」
ここは、魔王城でも上部に位置するプライベートな一室だった。謁見の間ではなく、ごく親しい者と会見などするときに使う大きな部屋に案内されたのだ。
どうやら僕を、親族の一員として接してくれるようだ。
先ほどまで、ひととおり全員での顔を合わせをしたのだが、今は魔王様と二人きりである。
それぞれ簡単な自己紹介だけ済ませて、ニーナやエドガー達は別室へと案内された。今日は、ここに泊まることになりそうなので、夕食までは寛ぐようにとの気遣いだった。
ベアトリーチェも、一旦、みんなが退出した際に一緒に席を外した。その辺の分別は、きちんとあるようだ。
「そうか、気にいってくれてよかった。リュシアンにはいろいろと面倒をかけることになって、すまぬと思っておる。本当は、もっと時間をかけてゆっくりと、と思っておったのだがな」
……と言うことは、いずれはこういう話もあったということなのかな。
そんな僕の心の声を読んだように、彼はそのまま続けた。
「もともとコーデリアとリンから、お前のことをそれとなく聞いていた。そしてリンが、後に世界を変えることになるだろうと予見しておった。ほんの数年前のことだ」
「世界を……?」
そういえば、前に湖でそんなようなことを言われた気がする。あの日のことは、いまだに夢のように現実味のない記憶なんだけどね。
「コーデリアは、まだ幼いお前を政治に巻き込むのを躊躇ってな。たまに様子を見に行くだけに留めておったようだが、今回のように帝国や教会に知られては……」
眉間の皺を一段と深く刻んで、思わずチッと舌打ちするところみると、今回に限らずいろいろ腹に据えかねていることは多そうだ。
政治的なことはわからないが、下手を打てば僕は今頃、向こうの手に落ちていたということだ。その点では、本当に助かったけれど……。
「転移……空間系の魔法のことでしょうか?」
「それと魔法陣、だな」
魔王様はテーブルに指をトンとついて、鷹揚に頷いた。
「もともと空間系は魔法陣でしか再現できぬとされているが、リュシアンはリン同様、無詠唱で界渡りをしておるので、それ自体はおそらく固有のユニークスキルではないかと考えている」
それを聞いて僕は目からうろこが落ちた。てっきり魔法だと思っていたが、考えてみれば魔法陣は現れてないし、呪文も唱えてない。それに、僕が描ける転移魔法陣は、普通に陣から陣への転移であって、異界へ飛ぶものではない。
それとも両方の世界に設置すれば、その魔法陣でも飛べるのだろうか?
「帝国貴族院と教会は、その能力で要人を移動させようと画策しておるようだが、そんなことを一度でも許せば、お前は彼らの駒としていいように使われることになる」
なんだかんだと、うまく取り込まれて飼い殺されるということだ。
思わず息をのんだ僕に、魔王様はにやりと笑った。
「だから、こう言って黙らせた。俺に任せれば、新たな転移装置を完成させてみせるとな」
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