世界
異界と呼ばれるそこには、もともとこちらにあったとされる大陸が存在する。
そのせいなのか、今でもたびたび神隠しのような、まるで天が攫ったように人が消える現象――何らかのはずみで双方の世界の境界を越えてしまう、というようなことが起こっている。
通信での交流はあったので、すべてではないが、幾つかの事例は確認もできているようだ。
とはいえ、お互いに存在していることを知っていても、直接行くことも、物を送ることも出来なかったので、これらの事故が起こっても、元の世界には戻すことは出来なかったのである。
――今までは。
数年前に、その状況は変わった。世界を自由に跨ぐことができる麒麟が現れたからである。
神の使いの神獣だという理由で、女神を祀るソティナルドゥ教大神殿に預けられたリン。
リンという名は、教皇が名付け親らしい。
当時は、リンの所有権について大いに揉めたらしいが、麒麟のいななき一つで一蹴されたらしい。ちなみに名乗りを上げてきたのは前皇帝、今の皇帝の兄であるが、当人はすでに鬼籍となっている。なんでも恒例行事の凶鳥狩り(厄落としのような行事らしい)の最中に事故に遭ったとのことだ。
それはさておき、リンの存在を得て、こちらとあちらは限定的にではあるが、本当の意味で繋がった。物も、人も、一応は行き来できるようになったのである。
ただ、教会預りとはいっても、リンはどの組織にも属していない為、この能力は計画的に使える能力とは言えなかった。
そこで、どうやら僕の登場らしい。
前回、道案内こそリンに頼ったが、僕の能力のみでカエデと共にこちらの世界に戻って来た。
まだ不確実な事はたくさんあるけれど、とにかく人の行き来が可能となったという前提で、双方の世界は急ピッチで動き出してしまった。それぞれのトップ、即ち王国や教会、ギルドなどの上層部が数回に渡って、積極的に会議を行ったというのだ。
なんか、僕って道具扱い? と、ちょっと気分が悪かったけど、そのことで声を上げてくれた人がちゃんといた。誰あろう、お祖母様である。
実のところ、お祖母様はもちろん、教皇様、アリソンさん、そしてリンも、誰一人として、僕の能力の件は口外しなかったそうだ。
それがなぜ、このような事態になったのか。
どうやら教皇のあずかり知らぬところで、ソナ教とソティナルドゥ教の幹部である枢機卿ら数人が、所属国家、ギルドなどの組織へと、勝手に公表したようなのだ。
ある程度監視されていたようだし、どこかからか情報が漏れたのだろう。
お祖母様は、今の状態で一般公表をして、物事を進めるべきではないと強く反対した。
なにしろ、これはほぼ僕一人に頼った計画だからだ。
だが、これほど革新的な事案を、世界が放置してくれるはずがないのも事実で……。
そこから繋がるのが、この魔界留学というイベントだったわけだ。
祖母は兄である魔王の協力を得て、ひとまず僕を魔界預り、という建前で世界を黙らせたのである。
なにしろ、異界きっての経済大国であり、さらに軍事強国だ。いまや、最大の領地を持つ帝国といえど、容易に逆らえない大国なのである。
そして本日、僕達は魔界の地へと降り立ったのである。
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