閑話 冒険者王女3
魔物避けは、魔物が嫌いな匂いだが、すでに向かい合って興奮している個体には、かえって怒りを煽る結果になりかねない。誰だってイヤな匂いを正面からぶっかけられれば気分を害するだろう。
ざっと数えて十匹以上はいる。これって普通なのかな? そもそも街道沿いってあまりモンスターは出ないものだから、ちまちま一匹ずつ倒していかないといけないと思ってたんだけど。
「なんだっけ、討伐証明の品……あれかな、しっぽの先にある毒針」
「そう、グリーンワームは素材としてはあまり美味しくないから、基本的には証明部位だけ持って帰るように、って書いてあったよ」
毒針は、ワームの唯一の換金素材だから、害獣ならぬ、害モンスター駆除の報酬を払う代わりに、換金素材回収で、ウィンウィンってとこなのかな。
「針は頑丈だから、一気にやっちゃっても大丈夫かな? チョビ、いく?」
久々の指名に、頭の上のチョビはジャンプで答えた。爪が当たって地味に痛かったが、まあ喜んでるならいいか。チョビを手のひらに置いて、前方のワームの集団をロックオン。
「ニーナ、その人を安全なところへ。誰もいないね、右よし、左よしっと」
避難させた商人さんを、しっかりニーナに見ていてもらって、近くに人がいないことを確かめた。ついでにペシュにも飛ばして確認を取った。グリーンワームはウゾウゾとゆっくりな動きで近づいて来る。怒らせると飛びかかって来るが、普段は動きののろいモンスターだ。
注意事項は近づきすぎると糸を吐くこと。
「くれぐれも最大火力とかはやめてね、じゃあ……」
行け、という僕の言葉をかき消すように、ゴバァッ! と、紅蓮の炎が地面を一舐めした。
後には、チリチリチリチリ……という炭化した土が爆ぜる微かな音。
「――ふぁ!?」
「ちょっと、なに今の、リュシアン? 毒針は!?」
僕の指示で離れていたニーナが走って来て、前方に広がる惨状を見て呆気に取られていた。
「……ごめん、やっちゃった」
すでにチョビは、すごすごと僕の頭の上に登って丸まっている。あまりの嬉しさに、セーブが効かなかったのか、ともかくチョビも「やっちゃった」感はあるようだ。
「見事に炭も残ってないわね。地面も焦げてるし……この辺りは砂漠地帯の手前で、草木が少なかったのは幸いだったわね」
「せっかくの獲物だったのに、ごめんね」
「あら、いいのよ。今回の依頼は、もともと間引き依頼なんだから、たくさん倒すこと自体は責められることじゃないんだもの」
どうやらニーナはぜんぜん気にしてないようだ。チョビのジョリジョリの頭を撫でて、ポジティブ思考全開でそう言った。
商人さんには、むやみに魔物避けを使わないように注意して別れた。足に糸を吐かれて、パニックを起こしたという事だったが、捕まって身動きが取れなくなれば低ランクのモンスターでも大変なことになりかねない。
「ニーナの言葉じゃないけど、確かに倒す分には問題なさそうだ」
その後は、単体でエンカウントしたら直接攻撃で、大量に湧いたらニーナの炎魔法で一掃した。あまり魔法が得意でないニーナでも、これくらいの雑魚モンスターなら十分に戦力になった。
「夕方になっちゃったわね。みんな待ってたらどうしよう、私ったらつい夢中になっちゃって」
「大丈夫、書き置きを持たせたペシュを、ずいぶん前に飛ばしておいたから。今日は、薬草畑と研究室はどちらもお休み、ってね」
「よかった、ありがとう」
ニーナは両手に小さく収まる巾着袋を、大事そうに握りしめて本当に嬉しそうに笑った。ほんの少しの銅貨が入った巾着袋を、いつまでも眺めているニーナに、僕はつい笑いそうになってしまう。
「そんな風に持ってたら、危ないんじゃなかったっけ?」
「あら? そ、そうね……って、意地悪ね、リュシアン」
初めてお金を手にした僕を、以前ニーナがそう注意したのを揶揄ったのだと気が付いて、彼女はぷくっと頬を膨らませた。
ニーナにとっては、初めてのクエストだったのだから嬉しくて当然だろう。
「そうそう、みんなといえば!」
学園の門まで戻って来た時、ニーナが思い出したように軽く両手を叩いた。
「この間のお披露目の時、各国から珍しい特産品をたくさんもらったし、お料理も準備してあるのよ。しばらくバタバタしてたけど、アリス達とも約束してたし、みんなで集まりましょうよ」
そういえば、そんな約束もしてたね。
本当にここのところいろいろあって、なかなか全員が集まる機会もなかったし、チームの親睦のためにもちょうど良いもしれない。
なにより、僕達ばっかりパーティーを満喫(?)してるのもなんだしね。
「そうだね、みんなには僕のほうから伝えるよ」
ニーナが嬉しそうに頷くのを見て、僕もみんなが集まれる日をいくつか候補をあげた。そして、僕達の歩く先には、木々に見え隠れしながらも、ようやく寮の明かりが見えてきたのである。
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