ドリスタン国王
謁見の間。
驚くほど天井の高い広間の中心に、王座までの赤い絨毯がまっすぐ敷いてある。そこを僕とエドガー、ニーナは、王座のすぐ近くまでゆっくり歩いて行った。
褒章の授与などもあるとニーナが言っていっていたので、通常なら大臣やら上位貴族やらがサイドにうじゃうじゃいるものだが、今回は題材自体が極秘事項なので、王座の両サイドに一人ずつ立っているだけだった。
そのうちの一人は、前にも会ったエイブラハム公爵だ。
僕達の前に、すでに陛下の前に跪いている人物が三人。その後ろ姿は、一人はキンバリー辺境伯、その横にバートン。そしてもう一人は、アンソニー王子の影武者だったという、名前は確かサム……だったかな。
数段高い王座に座るのは、ニーナの父でありドリスタン王国の国王だ。
ニーナにはあまり似てないが、思ったより若々しく逞しい姿の王様である。短く刈り揃えられた、イケてるヒゲがなんとも男前だった。
「……揃ったようだな」
ニーナはそのまま王座近くまで進み、その斜め前に立った。エドガーはこちらの貴族の礼に習って頭を軽く下げ、僕は片膝をつき同じように胸に手を当てて頭を下げた。国王は僕の身分を知っているが、一応キンバリー辺境伯の手前、ここでは他国の一貴族としての礼儀を通した。
「まずはエドガー王子、リュシアン殿、此度の働きに感謝する。私も国王である前に、一人の親だ。そなたたちは大切な我が子の命の恩人である。望みがあれば、何でも言うがよい」
「恐れ入れます、陛下。ですが、私たちは友人の兄を救いたかっただけです。そして、おと……私の学友である彼が、その手段を持っていたに過ぎません」
発言はエドガーが行い、それに頷く形で僕は答えた。
「ふむ、ニーナは果報者よな。よい、そなたたちへの褒美はこちらで考える。では、キンバリー辺境伯」
「……はっ」
面と向かって出会った時は、すごく大物臭を放っていたキンバリー辺境伯だったが、今はひと回りも二回りも小さく見える。ひときわ噴き出す脂、じゃなくて汗を拭き拭き忙しそうだ。
顔を上げたキンバリー辺境伯の表情は、いささか引きつっていた。もっとも息子の方は、どちらかと言うと不機嫌そうな表情だが、今の状況をあまり正しく理解していないかもしれない。もう一人の少年は、いまだ顔を上げていない。
「そなたには世話になった。王太子の不在を混乱なく、穏便に済ますことができた、感謝する」
僕達への言葉と同じ、感謝という言葉だったが、その声にまったく熱は感じられなかった。前にニーナに、この事故自体が図られたものではないかと聞いたことがあったが、結局何の証拠もなく、うやむやになっているらしい。また、混乱の最中、影武者をことさら本物の王子のように振る舞わせたことにも、国王は触れなかった。
「アンソニー……いや、サム」
「は、はい」
そう呼ばれて、ようやく顔を上げた少年は、確かにずっと前にこの王宮で会った、アンソニー王子だった。
本人よりかなり赤い髪だが、まだ幼く後宮住まいだった王子の顔を知る者が少なかったこともあり、入れ替わりも可能だったのだろう。
その後、立太子の儀式をしたのも影武者のサムだったが、幸いなことに、舞台が遠目だったこともあり、国民、臣下達からは、ほぼ顔が見えなかった。
というか、そのように細工したというのが事実だったに違いない。
「そなたには、静かな静養地に屋敷を与える。公式発表として、王太子は海外への留学をするという名目で、数年間王都を離れる。そなたも希望するなら、ドリスタン王国の貴族待遇で留学を手配してもよいぞ」
「……お心遣い、感謝します」
少々芝居がかったやり取りだが、これらはおそらく決められたやり取りなのだろう。実際、入れ替わりをしたのはまだ幼児だった頃で、それこそ父親の意に沿っただけだったはずだ。
ただ、やはりサムを王太子として見知ったものもいるので、近くへは置いておけないのだろう。
「キンバリー辺境伯、そなたにも無用な心配をかけたな。こうして無事に王子の怪我も治った。侍医の話では、まだ記憶の混乱はあるものの、順調に回復しているとのことだ」
「お、御喜び申し上げます。これで、わたくしも肩の荷が下りたというものです。王太子殿下には、是非健やかなる日々を送っていただきたく」
「うむ、さて貴殿へは、豊かな農地となりそうな広大な領地を授ける。多少面倒な土地で、いくらか開拓の必要はあるが、付近に居城をこしらえてやる故、しばらくはそなたが陣頭に立ってうまく運営してくれ」
これは、褒美と言うか、厄介な仕事を押し付けだけである。そして、僻地へ押し込める気満々だった。
「あ、……ありがたく頂戴します」
脂にまみれた眉間にシワが寄っていたが、受けるしかないのも事実。そして今回、ここに後継ぎであるバートンが呼ばれたのも頷ける。
結果的に、辺境伯は事実上の隠居、バートンに家督が譲られることになったのだ。
領民にとっては、まさに罰ゲームのような気もするが、もしかしたらぼんくら息子の不甲斐なさを理由に、体よく有益な領地を回収していくつもりなのかもしれない。王様、恐ろしい。
国王にしても、エイブラハム公爵にしても、すべての元凶がキンバリー辺境伯だと確信していた。
実際のところ、王太子のすげ替えで何らかの取引をして体よく独立、それこそうまくすれば乗っ取りまで考えていたフシがある。
もちろん、王子の事故に関してはなんの証拠もない。けれど、本当にそこからの計画だったならこれは謀反の案件だ。疑わしきは罰せよ、ではないが、まったくの無罪にすることはできなかったのだ。
けれど、すぐに取り潰すには影響力が大きすぎた。だから、この事件を公にもしなかったし、犯人として吊るし上げることもしなかった。
領地の運営はそれなりに出来る男だ。しかも、優秀な陪臣をいくらでも抱えている。彼を切ることにより、それらを失うことは多大なる損失なのだ。彼らには申し訳ないが、今しばらくはバートンの子守をしてもらいつつ、なんとかうまくやってもらうしかない。
ニーナはずっと不満そうに父親を見ているが、こればかりは仕方がない。
納得できないのは僕も同じだけれど、なかなか勧善懲悪で片付かないのはよくあることなのだから。
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