密談
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先日のきらびやかな舞踏会とはうって変わって、本日は畑の草むしり。朝一番の、まだ清々しい時間から黙々と草をむしりをしていた。
アリソンさんから貰った薬草はいずれもすくすくと成長している。
向こうの土を貰って来たのもよかったのだろう。なにより、あのミミズもどきのモンスターのアレが効いているに違いない。
濃い緑のギザギザの葉に赤いつぼみを付けているのは、こちらではすでに絶滅されたとされるマナ草、そしてなにより向こうでも貴重な白いつぼみを付けたソティナ草。この二つは、簡単に育たないとされていたが、ソティナ草がソナ瀑布の近くでしか育たたないとされていることから、高純度の魔力、もしくは魔水が必要なのではないかと考えたのだ。
単純に魔水を撒いただけの一回目は、芽は出たものの無残にも枯らしてしまった。
そこで自動散水機をイメージした常に霧状に魔水が噴霧する魔道具を作り、そこへ魔力濃度を高めた状態を保つために特別な膜状のシートを錬金で作った。前に作ったビニールのような素材を、更にこれに見合うように改良したものである。
そこへ持続的に場を安定させるための結界魔法を施し、いわゆる五芒星を描くように魔法陣を定着させた魔石を置いた。
これらは僕の魔法陣の研究の成果もさることながら、実家の結界魔法に使われていた手法をちょこっと参考にさせて貰った。
ここまで手を掛け、細やかに気を使って、ようやく一つ二つ無事に育ったのである。空気中に魔力が豊富に含まれている異界でも、これらの栽培が難しく、また自生している場所が限定されるのも頷ける。
成果が著しく、諸々の実験も成功し、まさに学業は(農業?)は順風満帆で、そのことについてはもろ手をあげて喜びたい心持ちではあったが、僕の頭の中には常に別のことが占めていて集中しきれないでいた。
危うく貴重なソティナ草を抜きそうになって、僕は作業の手を止めて大きなため息を付いた。
あの日――。
パーティ終了後、公爵のご厚意でお屋敷で一泊ののち、翌朝ゆっくり帰路につくことになった。
会場でも軽食は出たが、着替えを済ませ部屋で一息ついていると、軽い夜食とお茶を提供された。
「……ゾラ、ごめん。エドガーもう限界みたいだから、部屋まで運んでくれる?」
エドガーはひどく疲れていたようで、子供のように食べながら寝るという器用な真似をしていたので、さすがに見過ごせなくなった。屋敷の人を呼んでもよかったが、何しろもう深夜といっていい時間である。エドガーは隣の部屋なので、ちょこっとだけゾラに頼んだ。
姿を消していたゾラが、いつもながらどこから現れたのかスッとエドガーの横に立って「失礼します」と一言かけてあっという間にお姫様だっこで持ち上げた。
そうやって運ぶんだ……よかった、エドガー寝てて。
僕が運んでもよかったが、たぶんずるずる引き摺ることになる。それに今は、姿が通常モードになっているので、下手に人に見られると面倒なことになるのだ。
たたき起こしてもよかったんだけど、今日は僕のためにエドガーも巻き込んじゃったようなものだし、実際いろいろ助かったのも本当だしね。
すると、エドガーを抱えて廊下へ出たゾラが、ほんのひと時ですぐにまた戻って来た。
「あれ? どうしたの、何かあった?」
「……エドガー殿下は護衛の方にお願いしました。それで……あの、ニーナ様がおいでです」
エドガーにはもともと護衛が二人ついて来ており、どうやら交代で部屋の前に立っていたようだ。それよりも、ニーナ? でも、ゾラが少し警戒したような顔をしているのはなぜだろうか。
確かに時間は遅いけれど、たぶん今日のお礼かなにか言いにきたのだろう。すぐに通せばいいのに。
「ニーナでしょ? いいよ、入って貰って」
「いえ、あの……しかし」
らしくなく言いよどんで、ゾラはもう一度後ろを振り返る。すると、ゾラと扉の隙間から白い手が伸びて、少しだけ開いていた扉が大きく開かれた。
そこには、いつもの普段着に着替えたニーナが立っていた。
「ごめんね、無理を言っているのは承知してるのよ。でも、ゾラお願い。私を信じて、リュシアンと二人だけにして頂戴」
なるほど、ニーナが人払いをしたのでゾラが警戒していたのか。
「……ゾラ、少し部屋から離れて待機してて」
僕がそう言うと、ゾラはとっさに何か言いかけたが、もう一度ニーナを顧みてゆっくり目を伏せると、そのまま何も言わずに後ろに下がった。
ニーナが僕に何かをするとは考えていなかっただろうけれど、なにしろここは学園でもなく、他国の他人の領域なのである。
しかもニーナの深刻そうな顔を見れば、なにかしら不安に思っても仕方がないかもしれない。
お読みくださりありがとうございました。




