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ダンス

 長いドレスの裾を綺麗にさばきながら、ニーナが階段を下りてきた。濡れ羽色の黒髪は、白と淡いピンクの花をあしらった髪留めで一部を高く結い上げ、残りは毛先を緩く巻いて下ろしていた。

 いつもと違って軽く化粧をして、もともと長身の彼女はかなり大人っぽく見えた。

 ゆっくりと階段を降り切ると、公爵はすぐにニーナの手を恭しく外し、その手を胸元に添えて深く礼をした。

 そんな公爵の横を通り過ぎ、彼女は臆する様子もなく鷹揚とした態度で前に出た。


「本日は、わたくしのためのパーティに参加してくださってありがとうございます」


 あ、挨拶はニーナがするんだ。てっきり公爵がニーナを紹介する流れだと思ったけれど、考えてみたら立場的にはニーナの方が身分が上だから、それはできないってことか。

 ニーナは最後に公爵にお礼を述べて、招待客への挨拶を終えるとようやくスピーチを譲った。引き継いだ公爵が、型通りの主催者側の挨拶を一通り終えて、周りを見渡すような仕草をして一言付け加えた。


「……姫にもお許しを頂いたので、無礼講とまではいわないが、皆気軽に過ごして頂きたい」


 僕の方に目配せを送って来たので、答えるように頷いてニーナのエスコートに向かった。パートナーなので、一番最初に踊るのは僕ということになる。

 まだみんな踊ってないのに、ある意味これは強心臓が求められる。なんにしても経験値の足りない僕には、正直かなり敷居が高い。

 しかも、ニーナは七五三状態の僕の恰好に驚いたのか、何度も目を瞬いている。その後、俯いたままでそっと手を差し出してきた。指先がプルプルしているのは、もしかして笑っているのだろうか?


「笑わないでよ、僕だってちょっと盛り過ぎだと思ってるんだから」

「もう! ……リュシアンったら、違うわよバカ」


 心なしか頬を赤く染めて、いきなり怒鳴られた。あまりの剣幕に面食らったが、差し出された白い手袋に包まれたニーナの手を取ると、拗ねたように唇を尖らせながらも嬉しそうに微笑んだ。僕はそのままニーナの手をひいて、事前に指示されていた通り中央へ向かった。

 広い会場のど真ん中までゆっくりと進み、観衆に見守られながら僕達は向かい合った。平静を装ってはいたが、僕はこの時、割と頭が真っ白だった。

 周りからは「素敵ね」「可愛らしいわね」などと、賛辞の声が小さく囁かれていたが、ちょっと舞い上がった頭には何も入ってこない。けれどそんな時、僕の思考を現実に引き戻す、微かな兆しがあった。

 どこからか小さな舌打ちが聞こえたのだ。

 やがて曲が流れて、僕達は足を踏み出した。こっそりと視線を巡らせたが、観衆は皆微笑んでいてそれらしい姿は見当たらない。けれど、ターンの最中に見知った顔がチラリと目の端に映った。


「ほら、リュシアン。集中して」

「……ごめん」


 ステップや段取りを間違えることはなかったが、僕がちらちらと視線を動かしているのには気が付いたのか、ニーナが不満そうに頬を膨らませている。怒ったような顔をしているが、正直そんな顔をしても可愛いだけだなんだけど、そこは年の功(気分的には)として素直に従うことにした。

 僕にとってダンスは覚えた過程のせいか、感覚的には殺陣である。頭に叩き込まれた形を、そのまま順番どおりに熟しているに過ぎない。

 周りからガン見されての、ダンス。ニーナには申し訳ないけれど、実のところ無にならないとかなり辛いのも確かだ。

 果たして、これに慣れる日がやってくることがあるのだろうか。

お読みくださりありがとうございました。

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