アンソニー王子
「それで、ニーナ姫。例のなんとかいうクラスの、リーダーが作製したという神話級の傷薬だが、アンソニー殿下に有効かもしれないというのは本当か?」
公爵の質問に、ニーナは少し渋い顔をして首を振った。
「フラッグシップクラスよ。そのことですが、チームを組んでしばらくして、そのことを尋ねたのだけど……」
以前、学園でのダンジョン実習のアクシデントの際、リュシアン達はとあるパーティに絡まれ、イザコザの末、生徒の一人が上腕部をほぼ切断するほどの大怪我を負った。誰もが助からないと危惧した重傷だったが、なんとそれをリュシアンは傷薬で治療したのだ。
竜の目入りといわれる神話級の出来栄えの傷薬とはいえ、驚きの成果であった。
「あの時は、まだ怪我をした直後だったから可能だったって、リュシアンが」
「……あら? リュシアンというの? 王子様と同じお名前ね」
ニーナはしまった、と口走りそうになりながら「モンフォールではよくある名前なの」と嘯いた。同一人物だと知られて、変化のスキルのことまで悠長に説明している場合ではないのだ。
「アンソニー兄様のような状態では、その傷薬は効果はないかもしれないって言っていたわ」
ドリスタン王国の皇太子アンソニーは、6才の春に大怪我を負った。屋敷の玄関ホール、階段の踊り場に飾ってある二本の巨大な大剣が、いきなり頭の上に落ちてきたのだ。留め金は頑丈だったが、それを壁に固定してあった楔が錆びていたらしく留め金ごと落下してきた。
とっさに護衛の一人が王太子を身を挺して庇ったが、その重い刃は護衛の頭と幼い王太子の両足を同時に押しつぶした。すぐに治癒魔法師と薬剤師が呼ばれたが、勇敢な護衛の命とアンソニーの両足は失われた。
欠損部位を治癒する技術は失われたとされていて、優秀な治癒魔法師や薬師が付きっ切りとなっても、王子の延命がせいぜいであったのだ。
「そうか、ニーナ姫から薬の話を聞いた時はよもやと思ったのだが」
「実はその話をした時、リュシアンはモンフォールの王都でそれらしい魔法の書を見たと言っていたのだけど……」
「それは本当かっ!」
「あ、待って。ちゃんと話は最後まで聞いてください」
思わず立ち上がりそうな勢いの公爵に、ニーナは慌てて両手を上げて待ったを掛けた。
「その方法は使えないと説明するために話したの。なんでも、魔法陣自体は残ってないらしく、その構築原理、法則、そして魔法呪文の綴りのみが延々と記されただけの書物だったと言っていたわ。そして、それは禁書扱いだった。おそらく代償が大きすぎたのではないかと……」
ニーナはここで一つ、あえて言わなかったことがある。実は、リュシアンがそれを描く場所さえあれば、再現は出来るかもしれないと話していたことだ。もちろん、それは魔法陣が描けるかもしれないということで、発動が可能かどうかはわからない。どのくらいの魔力を食うのか想像がつかないからだ。
「なんとか命だけでも助けてあげられたら……」
スザンナはもう何年もアンソニーの姿すら見ていない。あまり王族が氷の塔を行き来するのは、万が一にも秘密が漏れる可能性があるからだ。
「……ええ、もう猶予はないもの。私、リュシアンに本当のことを話して、正式に力になって貰うわ」
公爵夫妻は、他国の人間にこちらの王家の極秘事項が漏れることを懸念したが、もちろんニーナはリュシアンに絶対の信頼を置いているし、なにより踏み込んだ話をしないと、薬にしろ魔法にしろこれ以上の相談は難しいと考えたのだ。
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