バートン
「……キンバリー辺境伯、のご子息でバートン・エヴルー・キンバリー様でいらっしゃいます」
表情を消したニーナが、平坦な声でそう紹介した。
辺境伯……なるほど、王族のニーナでさえ蔑ろに出来ない相手というわけか。僕など、たかだか田舎の地方伯爵の、それこそ三男坊だ。国際問題を考慮しても、鼻息で吹き飛ばすくらいの身分差なのだろう。
「この学園都市をはじめ、有力なダンジョンを数多く有する砂漠地帯など、すべては我が管轄領地だ」
まるで、その領地内にあるこの学園都市が自分のものだとでも言いたげに胸を反らせている。それを言うなら、全部ひっくるめて王国に帰するわけだけど……。
いやいや、そもそも君、その息子ってだけだよね?
それはともかく、理由はわからないけれどニーナは彼に良い感情を持っていないようで、時間が経つにつれますます不愉快そうになっている。
「そしてもう一つ、ニーナ姫の甥でもある」
「……!」
思わず驚いて目を見開いた僕に、ちょっとばかり気を良くした彼は、途端にべらべらと饒舌になる。
どうやら、ニーナの父、即ち現国王の亡兄の、長男がバートンの父ということらしい。
彼は王族との血のつながりを強調したかったのだろうが、僕としては単にニーナの甥ってところに驚いたんだけどね。
――そろそろ、頭上のチョビが爪を立て始めた。
さっきまで寝こけてたくせに、バートンの饒舌と共に機嫌が悪くなってきているようだ。騒々しいの嫌いだからね、チョビ……でもまあ、今回ばかりはちょっと共感できてしまう。
自分で言うのもなんだけど、僕はわりと煽り耐性は高いと思うんだ。けど、なんだろう。さっきから何故かすごくザワザワして気持ちが悪い。
その原因は、わりとすぐにわかった。
バートンは、さすがに良家の坊ちゃんらしく身なりが整い、姿勢がよく、姿だけなら紳士然としてる。その仕草が、まだ少年といってもいい年齢の姿とちぐはぐで、なんだか鼻持ちがならない印象を与えるが、顔は普通に整っているし、身分も高く、言うまでもなく裕福な彼は、たぶんめちゃくちゃモテる容姿といえよう。
まあ、ニーナには毛虫のように嫌われているようだけど……。
その、丁寧に撫でつけれられた髪の色が、赤銅色の少し鈍い赤色なのだ。
良家の子女にはさぞ魅力的に映るだろう。でも僕には、赤い髪はあまり印象が良くない。
ある人物を思い出すからだ。
そこでふと思い出した。確か、ニーナの兄、王太子の髪も赤だった。どこかで見たことがある気がしたのは、先日、アンソニー王子を見たからだろう。
ニーナとはあまり似てないと思ったが、同じ系統の髪色のせいか、アンソニー王子はどちらかというとバートンと似ている気がする。どこか人を見下ろす視線とか、ちょっと同じ匂いがする。
僕の背が低いからってだけじゃなくてね。……きっと、うん。
「ところで、バートン様。確か去年まで、王都の貴族院内の学校へ行っていたと思うのだけど、なぜこちらに?」
王都には、王立の魔法学校と騎士学校があるが、貴族院の学校というのはそれとは違う。
もとよりその場所は、貴族たちが議会や政治を行う場所であり、便宜上学校と呼ばれているだけで、要はその候補者たちが集うサロンのことである。
一応、十代から二十代に渡り、特定の指導者やOBにより教育や上流社会の嗜みなどを教わるが、少なくとも普通の学校とは違う。
全員が上級貴族で、通常の教育は家庭教師により終えているのが普通だ。ほとんどが跡取りで、世界情勢や経済や処世術が主流で、あまり武術や魔法などを好んで習得したりはしない。
この辺がモンフォールと違うところだ。必ずしも、魔術や武術に優れていることが当主の条件ではないのである。
武器は自らがなるものでも、持つものでもなく、使うものだというのは、ある意味、貴族らしい考え方とも言える。
「こっちにはいわゆる一年のみの留学のようなものですよ。ニーナ姫が教養科を終え、ようやく正式に社交界にデビューすると聞いたのでね」
……えっ!? そうなの?
思わず見上げた僕に、ニーナは少し困った顔をしている。というか、なんか怒ってる? 睨んでいる先がバートンなので、僕に怒っているわけではなそうだが。
ところで、僕が驚く顔をするたびにバートンが「どやぁ」って顔をするのが非常にうっとおしい。
「こんな所に居ては社交界にはさぞ疎かろうと、甥っ子としては心配になったのですよ。そもそも、こんな世の序列も守れない学校へ、なぜ何年も通っているのか不思議で仕方がない。数日間、在籍してみたが、平民が当然のように大きな顔をして、まったくもって不愉快極まりなかった」
「……あら、この学校は貴方の領の自慢なのじゃないの?」
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